学校外教育バウチャーの効果分析とEBPMへの示唆

小林 庸平
コンサルティングフェロー

近年、海外ではエビデンスに基づく政策形成(Evidence-Based Policy Making、以下EBPM)が進んできている(注1)。日本でも、2017年5月に統計改革推進会議が最終取りまとめを公表し、日本におけるEBPM推進の基本方針が示された。それを受けて、2017年8月にEBPM推進委員会が発足し、今年度からは政策立案総括審議官が各省におけるEBPM推進の局長級ポストとして設置されてきている。

経済産業研究所(RIETI)においても、この政府方針を踏まえ、政策実務者と研究員とのハブ機能として、政策形成過程におけるコンサルティング、事後評価などを実施するためのEBPM 推進体制を新たに整備し、EBPMに関する取り組みが強化されている。また、山口一男RIETI客員研究員をリーダーとする「日本におけるエビデンスに基づく政策の推進」プロジェクト(https://www.rieti.go.jp/jp/projects/program_2016/pg-09/004.html)の研究会では、さまざまな研究機関や省庁等から参加者が集って活発な議論を行っており、国内外の事例を踏まえながら日本におけるEBPMの進め方について研究を進めている。昨年12月にはRIETI EBPMシンポジウム「エビデンスに基づく政策立案を推進するために」(https://www.rieti.go.jp/jp/events/17121901/info.html)を開催し、国内外の実例を紹介しながら、日本での普及、活用の進め方について各機関の専門家と意見を交わした。

RIETIにおけるEBPMに関する研究は上記プロジェクトに留まるものではない。例えば、鶴光太郎RIETIファカルティフェローをリーダーとする「労働市場制度改革」プロジェクト(https://www.rieti.go.jp/jp/projects/program_2016/pg-07/001.html)の一環として、筆者は先日「The Effect of Shadow Education Vouchers after the Great East Japan Earthquake: Evidence from regression discontinuity design」というディスカッション・ペーパーを執筆した(https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/18050007.html)。この論文の目的は、公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン(https://cfc.or.jp/、以下CFC)が東日本大震災後に被災地で実施している「学校外教育バウチャー」の効果を測定することにあった。

EBPMを推進していくためには、さまざまな施策の効果を可能な限り精緻な方法で効率的に測定していくことが重要となる。そこで本稿では、同論文の分析概要を紹介するとともに、効果分析の中で明らかになったEBPMへの示唆を整理したい。

学校外教育バウチャーの仕組みと分析の考え方

CFCは2011年に設立された組織であり、東日本大震災や熊本地震の被災地等において「学校外教育バウチャー」事業を行っている。学校外教育バウチャーの仕組みを整理したものが図表1である。CFCはバウチャー希望者の中から、経済状況や学年などを考慮して、予算の範囲内でバウチャー受給者を選定している。

受給者は、学習塾や習い事など幅広い教育サービスに対してバウチャーを使用することができる。バウチャーの使途は教育目的に限定されてはいるものの、個人のニーズに合わせて自由に利用先を選択できる非常に柔軟な仕組みであることが特徴である。バウチャーの金額は学年によって異なっているが、例えば受験を控える中学3年生や高校3年生の場合、年間で30万円となっている。

金銭的な支援に加えて、バウチャー受給者は大学生ボランティアからのアドバイスや進路相談等のカウンセリング支援を受けられるようになっている。CFCは研修等によって、大学生ボランティアの育成を行っている。

図表1:学校外教育バウチャーの仕組み
図表1:学校外教育バウチャーの仕組み

一般に、子どもたちに対するこうした事業による効果を測定することは簡単ではないが(注2)、CFCは予算の制約上、経済状況や学年に基づいて支援の必要性をスコア化し、必要性の高い順に支援対象としており、今回はこの仕組みを活用して効果分析を行った。

今回用いた分析手法は、RD(Regression Discontinuity)デザインと呼ばれるものである。RDデザインのイメージを示したのが図表2である。図表の横軸は、経済状況や学年などから算出されるスコアであり、縦軸は学力や勉強時間といったアウトカム・アウトプット指標である。また、採択・非採択の境目となるスコアのことは「カットオフ」と呼ばれる。今回のケースでは、カットオフの右側の子どもたちにはバウチャーが支給されるが、左側の子どもたちにはバウチャーは支給されない。

バウチャーの採択者と非採択者は、さまざまな属性が異なっているため、両者を単純に比較したとしてもバウチャーの効果を測定することはできない。しかし、今回のような制度設計の場合、カットオフ前後の子どもたちは非常に似通った特性を持っていると考えることができるため、効果測定が可能となる。これがRDデザインの基本的な考え方である。図表2に示されているように、バウチャー受給後にカットオフの前後で学力に差が生まれている場合、それをバウチャーの効果だとみなすことが可能となる。

図表2:効果分析の考え方:RDデザイン
図表2:効果分析の考え方:RDデザイン

学校外教育バウチャーの効果

偏差値に換算した学力について、分析結果をまとめたものが図表3である。分析結果から分かるのは、「バウチャーなし」の場合、偏差値の上昇は0.1とほとんど横ばいであるのに対して、「バウチャーあり」の場合、偏差値が4.5上昇している。また、バウチャーの効果を経済状況別に見ると、相対的貧困状態にない子どもと比較して、相対的貧困状態ある子どもに対するバウチャーの効果が大きくなっていることが示唆される。

論文中にも記載しているように今回の分析結果は暫定的なものだが、学校外教育バウチャーの効果が確認された背景としては以下の4点が考えられる。

第一に、制度設計の柔軟性である。前述の通り、学校外教育バウチャーの使途は教育目的に限定されているものの、個人のニーズにあわせて利用先を柔軟に選択することができるため、個々人に適したサービスが供給された可能性がある。第二に、民間の教育サービスを活用する形であったため、子どもたちは質の高い教育サービスを受けられた可能性がある。第三に、バウチャーを利用して学習塾に来ている子どもと、バウチャーを利用せずに学習塾に来ている子どもは、外形的には区別がつかないため、スティグマが発生しにくい制度であったことが考えられる。第四に、バウチャーによる経済的な支援に留まらず、大学生ボランティアによるカウンセリング支援がセットになっていることが、子どものやる気や精神的な安定性を高め、経済的支援をより効果的にした可能性がある。

図表3:学校外教育バウチャー受給前後における学力の変化
図表3:学校外教育バウチャー受給前後における学力の変化

EBPMへの示唆

以上が今回の分析結果のまとめだが、学校外教育バウチャーの効果を測定する過程で見えてきたEBPMの対する示唆を整理したい。

第一が、施策対象者・非対象者双方のデータを取り組みの事前・事後で収集しておくことの重要性である。学校外教育バウチャーの効果分析が可能だったのは、受給者だけではなく非受給者のデータをCFCが取得していたことが非常に大きい。政策現場で往々にしてあるのが、施策対象者のデータは豊富に保有しているものの、非対象者のデータを収集していないことである。また、施策実施後だけではなく実施前のデータも併せて収集しておくことも重要である。事前のデータがあれば、個人・企業属性等をコントロールすることが可能となり、効果測定の精度を高められる。

第二に、第一点目とも関連するが、施策によって改善を目指しているアウトカム指標(今回の分析では学力や勉強時間等)を施策実施前に合意しておくことが重要である。それによって、必要な指標を漏れなくデータ収集すること可能となる。

第三に、効果測定手法を事前に検討しておくことが重要である。今回はRDデザインを用いて分析したが、この手法を用いることが出来たのは偶然であり事前に意図したものではない。しかしながら、例えば企業に対する補助金政策の場合、補助金の採択基準が不明確だと効果検証は難しいが、基準を明確化しておけばRDデザイン等を用いた分析が可能となる。

以上から明らかになるのが、施策実施前の準備の重要性である。データ収集にせよ分析手法の検討にせよ、施策実施前に準備をしておくことによって、効果分析のコストや手間を大きく低減させることが可能である。

EBPMとはエビデンス「だけ」に基づいて政策立案を行うことではない。EBPMの源流は「エビデンスに基づく医療(Evidence-Based Medicine、以下EBM)」にあるが、例えばSackett et al.(1996)は、「その時点における最良のエビデンスを用いて意思決定すること」をEBMと定義しており、エビデンスに基づく医療の実践は、医療従事者の専門性とエビデンスを統合することを意味すると述べている。

前述の通り、今回の分析結果は暫定的なものであり、分析結果が妥当なものだったとしてもそのメカニズムは明らかになっていない。バウチャーという柔軟な仕組みが良かったのかもしれないし、民間サービスを活用したことが良かったのかもしれないし、カウンセリング支援が功を奏しているのかもしれないが、そのあたりはまだ明らかになっていない。そして実証研究の多くもその結果は暫定的なものであり、EBPMが進展したとしても専門家の知見や実務家の経験は決して軽視されるべきものではない。

しかしながらエビデンスが蓄積されていけば、政策立案時の意思決定の不確実性を減らしていくことが可能であるし、効果が明らかになれば施策の改善を行うこともできる。政治家、行政官、外部研究者が連携しながら、より良い仕組みを構築していくべきフェーズにある。

脚注
  1. ^ EBPMに関する国内外の動向については、家子・小林他(2016)、山口他(2017)、小林(2017)等を参照されたい。
  2. ^ 効果測定の難しさについては、小林(2014)、伊藤(2017)、中室・津川(2017)などを参照されたい。
文献
  • 家子直幸・小林庸平・松岡夏子・西尾真治(2016)「エビデンスで変わる政策形成 〜イギリスにおける「エビデンスに基づく政策」の動向、ランダム化比較試験による実証、及び日本への示唆〜」『MURC政策研究レポート』 http://www.murc.jp/thinktank/rc/politics/politics_detail/seiken_160212
  • 伊藤公一朗(2017)『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』光文社新書
  • 小林庸平(2014)「政策効果分析の潮流とランダム化比較実験を用いたアンケート督促効果の推定」『MURC政策研究レポート』 http://www.murc.jp/thinktank/rc/politics/politics_detail/seiken_141010
  • 小林庸平(2017)「英米が「思いつき」「ばらまき競争」の政策から脱却できたワケ――「機能的で賢い政府」になるために」文春オンライン http://bunshun.jp/articles/-/4580
  • 中室牧子・津川友介(2017)『「原因と結果」の経済学:データから真実を見抜く思考法』ダイヤモンド社
  • 山口一男・中室牧子・小林庸平(2017)「日本においてエビデンスに基づく政策をどう進めていくべきか-「日本におけるエビデンスに基づく政策の推進」プロジェクト中間経過報告-」RIETIコラム http://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0484.html
  • Sackett,D.L., Rosenberg, W.M.C, Gray, J.A.M, Haynes,R.B, and Richardson, W. S.(1996)"Evidence-based medicine: what it is and what it isn't" British Medical Journal

2018年7月25日掲載

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