連携強化と人事改革で企業支援力の向上を目指せ
―地域金融機関支店長3000人へのアンケート調査から―

家森 信善
ファカルティフェロー

現場のことは支店長に聞こう

地域金融の実態を知るために、金融機関の本店に対するアンケート調査がしばしば実施されている。しかし、多くの問題は「現場」で起こっている。すると、「現場」の事は「現場」に聞けば、現状を打開する大きなヒントが得られるかもしれない。そう思って、私は、経済産業研究所の研究プロジェクトとして、全国の地域金融機関の支店長に対するアンケート調査を実施することにした。

具体的には、2017年1〜2月に、7000人の支店長に対して調査票を送ってみたところ、約3000人(2858人 回答率40.8%)の方が協力して下さった。これほど多くの支店長から地域金融の現場の状況を詳細に聞いた調査は他にはない。それをまとめたのが、『地方創生のための地域金融機関の役割』(家森信善編著、中央経済社、2018年)である。

不足する営業現場の助言提供の経験

地域金融機関の量的拡大を志向した従来型のビジネスモデルが行き詰まっており、多くの地域金融機関は、顧客企業の事業の内容や将来性、課題をしっかりと理解して、必要な助言を行い、金融だけではない幅広い支援を行っていくビジネスモデル(筆者は「育てる金融」と呼んでいる)への転換を目指している。

それでは、実際に、支店長はどの程度、顧客に対して助言を行っているのであろうか。この点を尋ねてみたところ、「新しい販売先」を紹介したことがあるというのが1576人であった。全体が約3000人であるので、半分ほどの支店長しか顧客に販売先を紹介したことがないということになる。さらに、この「新しい販売先」の紹介が顧客企業の経営に効果があったという支店長の数は804人であったので、助言したことのある支店長の半分程度ということになる。そして、このことが金融機関自身の取引や収益の拡大にまでつながったことがあるという支店長は624人だけであった。顧客企業の企業価値を高めて、それによって金融機関の収益拡大をはかることを「共通価値の創造」と呼んでいるが、そこまで出来たことのある支店長はおおよそ2割なのである。支店において最も経験の豊富なはずの支店長ですらこの程度の水準であることからすると、顧客への助言能力を持っている金融機関職員は現場にはそれほど多くはないということが予想される。

つまり、金融機関の本部が現場に対して「共通価値の創造」を目指すように号令をかけたとしても、それを実践するための経験を持つ人材が現場に不足しているのである。実際、本調査によると、コンサルティング能力の向上の障害を尋ねてみたところ、「中堅職員が不足して、若手への指導が手薄になっている」(「非常に深刻」との回答が22.3%)や「経営支援実行のための担当者育成・教育が不十分」(同12.2%)が最も深刻なものだとされている。

ここから得られる示唆は、金融機関は新しいビジネスモデルの下で必要とされる人材を育てる仕組みを作る必要があるし、人材を内部で育成できるまでには時間がかかるので、その間、外部と適切に連携して企業を支援していくことが不可欠である。また、こうした外部連携は、人材育成の面でも効果があると期待される。筆者は現在、地域経済活性化支援機構の社外取締役を兼務していることもあるが、地域経済活性化支援機構の特定専門家派遣事業や機構への短期トレーニーの派遣などの活用を是非検討して欲しいと考えている。

現場での連携を厚くする取り組みを

筆者は、かねてから、中小企業支援における地域金融機関の連携先として企業の顧問税理士が最も有力であると考えてきた。今回の調査で、支店の重要な顧客の顧問税理士との間でどのような関係を築いているかを尋ねてみた。支店長自身が「定期的に連絡を取っている」のはわずか9.1%しかなく、日常的に連携しながら支援している事例はまだまだ少ないことがわかる。さらに、「本格的な企業支援が必要になった場合、協力して実施できる」という回答が31.8%にとどまっており、いざという場合に連携して支援することも十分に期待できない状況だということがわかる。

こうした日常的な連携関係が構築できていない理由は、税理士の能力への支店長の評価が非常に低いためである。今回の調査では、税務以外の面で中小企業経営に効果的な助言ができる税理士の割合はどの程度だと思うかを尋ねてみたところ、約7割の支店長が、そうしたことのできる税理士は4割未満だと回答している。また、企業再建の支援において障害になったことのある主体として、税理士をあげる支店長も多かった。このように現場では、税理士との連携の気運が十分に高まっていないことが分かる。

中小企業を支えるべき地域金融機関と顧問税理士が相互に協力し合える関係にないことは、非常に不幸なことであり、早急な改善が必要である。そのためには、例えば、各地の信用保証協会などが中心になって各地域金融機関や専門家団体の本部レベルの交流を実現している地域中小企業金融フォーラム(具体的な名称は様々)を母体にして、現場・支店レベルでの金融機関と税理士などの専門家との日常的な交流の場を作ることが考えられる。

また、最近、政府は事業承継の推進を重要な課題として、事業承継税制の大規模改正などの様々な施策を打ち出している。そこで、例えば、取引先に対する事業承継プランの提案力を高めることを支店の目標にして、取引先顧客の顧問税理士の先生方と一緒に、金融機関側が講師になったり、逆に税理士が講師になったりしながら、事業承継の勉強会を定期的に開催してみてはどうであろうか。

思い切った人事制度の改革を

以上述べてきたように、地域金融機関の課題は、新しいビジネスモデルに転換しなければいけないが、それに人材面から対応できていなかったり、そうした業務に時間を割いたりできていないことである。もし地域金融機関の職員がやる気を持たない人ばかりであれば、どんな改革も不可能であろうが、本調査によると、「経営に問題を抱えた企業を支えるのは金融機関の使命である」に共感する支店長がほとんど(97.6%)である事実から、現場は新しいビジネスモデルに変わることへの意欲を持っているといえる。その意欲を実際の行動に移せないのは経営の責任である。

端的に言えば、従来の減点主義的な評価システムでは、手間のかかる顧客支援に奔走して、今期の収益目標を達成できなければ大きなマイナス評価となってしまう。それでは、現場は、目先の利益を確保する行動を取らざるを得ない。当然、こうした問題意識は各金融機関で共有されるようになっており、各金融機関は人事評価制度の見直しに着手しているといわれている。ところが、本調査で、「過去3年以内に人事評価にどのような変化があったか」を尋ねたところ、「変化していない」という回答が半分を超えていた。つまり、本店では変えているつもりでも、そのことが現場には伝わっておらず、現場の行動は従前のままということになっているのである。これでは、いつまでたってもビジネスモデルの転換はできない。

今、地域金融機関に求められているのは抜本的なビジネスモデルの見直しであり、それに応じた新しい人事制度の構築である。多くの銀行や信金・信組のトップは顧客支援を最優先で取り組むとしているが、現実には、現場は目先のボリュームの維持のために職員が時間とエネルギーを使っているのである。それでは、顧客の事業価値を高める活動に力を注げないのはもちろんのこと、そういったことを続けていては将来、地域金融機関が強みであるとしてきた「親身な姿勢」を失ってしまい、地域金融機関としての強みのない職員ばかりになってしまう。号令だけではなく、組織改革を実際に進めて、かつその組織改革が永続するものであると現場まで浸透させなければ、実際にビジネスモデルの変革はできない。

繰り返しになるが、地方創生の実現において地域金融機関に期待される役割は大きい。逆に、その期待に答えられなければ、当該地域金融機関は地元の顧客から選ばれなくなり、存続できなくなるであろう。厳しい収益環境の下、地域金融機関にとって改革のために残された時間は少なくなりつつある。「育てる金融」に向けて、地域金融機関のトップのリーダーシップの発揮を期待したい。

2018年7月20日掲載

この著者の記事