A Yen for Change:円高と日本の自動車産業

THORBECKE, Willem 上席研究員

Sato, Shimizu, Shrestha and Zhang (2013)、Chinn (2013) などによると、円の下落によって日本の輸出は増加するという。しかしながら、2012年第3四半期に安倍政権が実施した景気刺激策によって円は30%以上も下落したにもかかわらず、日本の輸出は増加していない。

日本の輸出全体の25%以上は部品などの中間財であるため、為替レートが日本の輸出に及ぼす影響を検証するにあたって留意が必要である。日本製部品を輸入する川下の国の通貨が下落すれば(つまり円高)、川下の国から他地域への最終財輸出、ひいては輸出品に使用される日本製部品の輸入を増加させる可能性がある。したがって、輸入国の通貨下落と円高は、日本製部品の輸出拡大につながる可能性がある。この効果は為替レート弾力性の推定を不透明にしてしまう可能性がある。

この問題を回避する方法の1つは、最終財の輸出を検証することである。日本はグローバルバリューチェーンのなかでは川上に位置することから、日本の最終財輸出の付加価値のほとんどは日本で加えられている。円が輸出全体に及ぼす影響ではなく、円が最終財輸出に及ぼす影響を調べるほうが、日本の輸出に為替レートがもたらす影響をより明確に検証できるだろう。

為替レートが日本の自動車産業に及ぼす影響

1990年以降、国際標準産業分類(ISIC)の小分類(4桁分類)水準において、日本の輸出の主力産業は常に自動車であり、2014年には、日本の輸出全体の16%以上が自動車関連であった。そこで筆者は、為替レートが日本の自動車産業に及ぼす影響について検証した。

Mark and Sul (2003) のパネルダイナミック最小二乗法 (DOLS) を用いて、日本の自動車輸出の貿易弾力性を30カ国について推定した。この推定モデルは、個別の固定効果とあわせて個別の時点トレンドが含まれる場合に適している。

この結果、1992-2015年の間、円相場が自動車輸出に大きな影響を与えており、弾力性は1以上であり、GDPの弾力性も1.8-2.4と大きいことがわかった。

2012年第3四半期に安倍政権による景気刺激策が実施されて以来、日本の実質実効為替レートは35%以上も下落した。それに伴い、自動車輸出は約35%増加するはずだが、実際には自動車の輸出は増えていない。

この原因を探るため、2013年まで遡ってモデルを再評価し、2014年、2015年の独立変数の実績値についてサンプル外観測を行い、両年の輸出を予測した。この結果、2014年、2015年の実際の輸出は予測値を大きく下回り、下回った輸出のうち71-75%が北米向けだとわかった。また、現在、NAFTA域内で販売されている日本車は、世界金融危機以前と比べて増加しており、域内で製造される日本車の割合は、2006-2014年の間に62%から74%へと12ポイント上昇していることがわかった。これは日本のメーカーが生産拠点を北米に移転したことによるもので、2012年第3四半期以降の円下落にもかかわらず、日本の自動車輸出が回復しなかった理由である(注1)。

日本から輸出される自動車の輸出価格は、円の変動にどう反応したのだろうか。輸出企業はPTM(pricing-to-market)行動をとる可能性がある。これは、円の上昇によって円建ての輸出価格が下がり、企業の利益幅が圧迫されることを意味する。他方、輸出企業は、為替レートの変動を外貨建ての輸出価格にパススルーすることもできる。この場合、利益幅は維持できるが、輸出数量は減少する。

筆者は、輸出価格が企業の限界費用とそのマークアップ率に左右される場合の単一方程式モデルを使い、パススルー率を調べた。具体的には、輸出価格の第1階差を、為替レート、外貨建て価格、国内コスト、輸出先市場における経済活動の第1階差の現行値と遅行値で回帰分析を行った。為替レートを、(1) 日本銀行により算出された名目実効為替レート、(2) 名目円ドル為替レート、(3)自動車産業に関して、インボイス通貨建ての輸出価格に対する円建て輸出価格の比率として、それぞれ測定した。

円の上昇によって下がる円建て輸出価格

いずれのケースにおいても、円の上昇によって円建て輸出価格は下がることがわかった。調査の結果、円が10%上昇すると、自動車の円建て輸出価格は5.9-9.4%低下することがわかった。つまり、自動車を輸出する日本の企業が外貨建ての価格にパススルーしているのは、為替レートの上昇分のほんの一部に限られているのである。

最大の効果がみられるのは、為替レートを、契約通貨建ての輸出価格に対する円建て輸出価格の比率として計測したケースである。Shimizu and Sato (2015)によると、この測定値はパススルー方程式に含めるのに適した測定であるという。事実であれば、この結果、円の上昇に伴って自動車の輸出価格が大幅に低下することになる。こうしたPTM行動は、通貨が大幅に上昇した場合、輸出企業の利益幅にとって厳しい状況であることを意味する。

図1はこの問題を示しており、円建ての輸出価格を自動車の国内生産者価格指数と比較している。国内生産者価格指数は、生産者が負担するコストの代替指標である。この図は、円建てのコストに比べて円建ての輸出価格が大きく低下していること、また輸出価格指数が為替レートとかなり近い動きをみせていることを示している。このことは、円の上昇によって自動車輸出企業の利益幅が縮小していることを示している。ローリング回帰分析の結果からも、2012年以後の円安を受け、自動車輸出企業は輸出価格を引き上げることで利益幅を拡大したことが示された。

為替レートが企業の収益性に及ぼす影響についてさらに調査するため、為替相場の変化が株式リターンに及ぼす影響に着目した。自動車および部品産業の日次株式リターンを、2001年9月26日から2016年9月23日の期間の円ドル相場の日次推移とTOPIXの日次変化で回帰分析を行った。この結果、円が1%上昇すると、自動車メーカーの株式リターンは0.39%、部品メーカーの株式リターンは0.3%低下することがわかった。2007年6月末から2011年9月末にかけて、円は対数的に47%上昇した。この結果、自動車メーカーの株価は18.5%、自動車部品メーカーの株価は14%低下した。このように、自動車関連産業は円高によって大きな影響を受ける。

ローリング回帰分析の結果、現在、日本の自動車メーカーは、2004年以後のどの時期よりも為替レートの影響を強く受けていることが示された。また、日本の部品メーカーも自動車メーカーと同様に為替レートの影響をうけていることがわかった。

なぜ自動車産業は円高の影響を最も強く受けているのか?

2016年においてもなお、円の上昇によって日本の自動車メーカーの株式リターンがこれほど大きく落ち込んだのはなぜだろうか。第1に、円高が進むと、米国などから送金される利益の円建て価値が低下する。第2に、日本の自動車メーカーの海外生産設備の円建て価値が円の上昇によって低下する。第3に、円高による輸出への影響がある。第4に、各社がPTM行動をとることにより、収益性と為替レートが密接に関連しているからである。現在、自動車メーカーの株式リターンが、過去12年間で円高の影響をもっとも強く受けていることの原因について、今後研究を進めるべきである。以上の問いに対する答えが出れば、日本の自動車メーカーは来るべき将来の円高に伴うリスクに対して備えることができるだろう。

図1:円建て輸出価格、円建て生産者価格指数、自動車に関する名目実効為替レート
図1:円建て輸出価格、円建て生産者価格指数、自動車に関する名目実効為替レート
出典:日本銀行および筆者による算出
注:自動車に関する名目実効為替レートは、自動車に関する円建て輸出価格と、インボイス通貨で測定した輸出価格と比較して計算。

本コラムの原文(英語:2017年6月13日掲載)を読む

脚注
  1. ^ 2016年にcars.comが発表した「純米国産の割合ランキング」(国内付加価値などの変数によるランク付け)上位5車種は、トヨタ「カムリ」、ホンダ「アコード」、トヨタ「シエナ」、ホンダ「オデッセイ」、ホンダ「パイロット」であった。cars.comは、米国で販売されているすべての米国ブランド、外国ブランドの自動車をランクづけしている。
    URL: https://www.cars.com/.
参考文献
  • Chinn, M., 2013. "Export and import elasticities for Japan: new estimates," La Follette School Working Paper No. 2013-004, University of Wisconsin, Madison.
  • Sato, K., Shimizu, J., Shrestha, N. and Zhang, S., 2013. "Industry-specific real effective exchange rates and export price competitiveness," Asia Economic Policy Review 8, 298-325.
  • Shimizu, J., Sato, K., 2015. "Abenomics, Yen Depreciation, Trade Deficit, and Export Competitiveness," RIETI Discussion Paper 15-E-020, Research Institute of Economy, Trade and Industry, Tokyo.

2017年7月4日掲載

この著者の記事