「TPP11」の実現と暫定適用

川瀬 剛志
ファカルティフェロー

当サイトの2月16日付コラムにおいて、筆者は米国抜きのTPP協定発効、つまり「TPP11」を追求する可能性について論じた。その後の3月15日のチリにおけるTPP閣僚会合(米・中はオブザーバー参加)の共同声明では、今後の方向性を明確にできなかった。しかし、わが国では4月に入って重要閣僚から相次いでTPP11の可能性を滲ませる発言が相次ぎ(毎日2017.4.19朝刊、日経新聞2017.4.15朝刊、千葉日報2017.4.15)、政府がTPP11への積極姿勢に転換した潮目が明らかになりつつあった。そして、遂に19日、麻生財務相がニューヨークでの講演で5月のAPEC会合でその可能性を議論することを明言し(日経2017.4.20夕刊)、方針転換は決定的となった。ひたすら米国の翻意を促すという、およそ非現実的かつ楽観的な数カ月前のオプションから、短期間で柔軟かつ大胆に方針転換を図った政府の判断を高く評価したい。

TPP協定暫定適用の可能性と利点

これに関して、一部報道によれば、わが国がWTO協定の前身である「関税及び貿易に関する一般協定」(GATT1947)の暫定適用を参考にしてTPP11構想を進める方式を検討しているとされる(産経ニュース2017.4.1)。既に昨秋のトランプ次期大統領(当時)のTPP 離脱宣言直後からこの可能性が指摘されていたが(Schott [2016])、筆者としては、このオプションはTPP11の実現可能性をより高めるものとして、検討に値すると考える。

その理由はいくつか挙げられるが、まず前述のコラムで説明したように、米国の「脱退」の結果、TPP11の実現には発効要件(TPP協定30.5条)の改正を要する。しかし、暫定適用であれば、政治的に困難な協定本体の改正を必要としない。

また、日豪ほかTPP11に積極的な署名国は現在の合意内容を変えないことを基本とする。他方、ベトナムやマレーシアは米国抜きの結果、譲許バランスを調整する合意見直しを要求し、南米は米国に代わる大市場として中国の加入を追求する可能性が指摘される(日経2017.4.21朝刊)。この点についても、暫定適用であれば、後述のように祖父権(grandfather rights)を認めることで、取り敢えず各国がそれぞれTPP11の下で譲許バランスが取れていると考える程度で実施すればよい。この結果、協定本体を再交渉することなしにTPP11に慎重な署名国の参加を促すことができ、最悪でも、有志国のみの暫定適用も可能となる。

条約の暫定適用とは

暫定適用についてはウィーン条約法条約25条に定めがあり、ある条約の全体またはその一部が、(a) 当該条約に定めがある場合、あるいは(b) 交渉国が他の方法により合意した場合に、その発効前に暫定的に適用される。しかし、国連国際法委員会(ILC)が指摘するように、条約法条約にはこれ以上の暫定適用の定義はなく、その条件や法的効果については必ずしも国際的に明確な合意があるわけでない(注1)。

特に同じく国際経済法の領域では、エネルギー憲章条約45条1項に暫定適用の定めがあるが(「署名国は、前条の規定に従ってこの条約が自国について効力を生ずるまでの間、自国の憲法又は法令に 抵触しない範囲でこの条約を暫定的に適用することに合意する」)、この条項をめぐって、数件の投資家対国家紛争解決手続(ISDS)の仲裁が提起され、その判断をめぐって、改めて暫定適用の定義と実質のあり方が問われるようになった(Arsanjani & Reisman [2011]; Ishikawa [2016])。こうした事態を受けたILCは、2012年以降モデル条項の作成を視野に入れつつ、暫定適用に関する国家実行の研究を行っているが、議論は一定の成果に収斂していない(詳細はILCの関連ウェブサイトを参照)。

GATT1947の暫定適用

暫定適用の一般原則が確立していないことを踏まえて、TPP協定への参考とすべく、ここでは一部報道で言及されているGATTの暫定適用に絞って概観しておきたい。

第二次世界大戦後、米英を中心とした連合国は、国際通貨基金(IMF)、国際復興開発銀行(IBRD)と共にブレトン・ウッズ体制の一翼を担う国際貿易機関(ITO)の設立を試み、その設立条約であるハバナ憲章を起草した。これに付随して、世界大恐慌後の保護主義によって導入された高関税や特恵税率の引き下げ交渉が実施され、その成果の実効性確保および実施のためにハバナ憲章の貿易関連ルール部分を中心とした別協定がGATTとして起草された(Irwin et al [2008])。GATTはハバナ憲章に先駆けて1947年のジュネーブ起草会合終了後の発効を予定していたが、交渉参加各国はそれまでに特に非関税障壁のための国内法改正が困難であることを危惧し、その解決策として合意されたのが暫定適用である(Jackson [1969] pp.60–63)。

GATTの「暫定適用に関する議定書(Protocol of Provisional Application)によれば、一般最恵国待遇(1条)および関税譲許の拘束(2条)からなる第1部と主に手続規定からなる第3部(24条以下)はそのまま適用されるが、第2部(3 条〜23条)については、祖父権条項により各国の現行法令に反しない最大限度で(“to the fullest extent not inconsistent with existing legislation”)適用すればよい。この第2部には、内国民待遇原則(3条)、数量制限の一般的禁止(11条)などの主要原則、ダンピング防止税(6条)、セーフガード(19条)、一般的例外(20条)といった重要な例外、そして紛争解決手続(22条、23条)が含まれる。祖父権を認められる国内法令については、GATT暫定適用後も改正を要さず、これら第2部の規定への違反も問われない。暫定適用議定書は、脱退に通告から要する期間、海外領土の適用開始時期といった細かい点を除き、それ以外の複雑な条件を定めるものではない。

よって、暫定的性質の中心はやはり祖父権であるが、その解釈・運用については以後GATT下の関連組織や紛争解決パネルで明らかにされてきた(Hansen and Vermulst [1989]; WTO [1995] vol.II, pp.1071–84)。たとえば、ノルウェー・リンゴ及び梨輸入制限事件パネル(1989)は、祖父権の対象となる「現行法令」は、a) 正式の立法であり、b) 暫定適用議定書の日付以前に立法され(注2)、c) 羈束的である(つまり行政府にGATT整合的に適用する裁量がない)ものでなければならないことを明らかにした。また、米国・著作権法製造条項事件パネル(1984)は、祖父権を有する法令の改正は妨げられないが、よりGATT整合的に改正された法令は、改正前の水準を超えないとしても、再びよりGATT不整合的に再改正すること許されないと説示した。

TPP協定の暫定適用に向けて

TPP協定については、同じ通商協定であること、また条約本体の即時発効の困難を暫定適用で乗り切った事情から、上記のGATTの例が参考になる。他方、条約の暫定適用に関する国際法は条約法条約25条の極めて限定的な要件を除けば未発達である。よって、TPP協定固有の事情に合わせた制度設計を柔軟に模索すればよい。その際の考慮要素は枚挙にいとまがないが、とりあえず思いつく主要な留意点として、以下を挙げておく。

暫定適用の期限:原則として、米国が批准し、30.5条の発効要件が充足されるまで、となろう。しかし、いつまでも暫定適用のままでは正式発効へのモメンタムが失われる恐れがあり、また米国の復帰を促す必要もある。一定期間後に、暫定適用の見直しおよびTPP協定30.5条改正による正式発効の是非を問う旨を定めておく必要がある。

祖父権:TPP11の目的が米国の脱退にもかかわらずアジア大洋州における日米中心の自由貿易秩序形成のモメンタムを維持することにあるなら、柔軟に祖父権を認め、できるだけ早期かつ全11カ国での暫定適用の実現が重要である。その意味では、祖父権条項はエネルギー憲章条約45条1項のような簡素な規定が望ましい。細かい条件設定は条件闘争を招き、暫定適用の交渉を長引かせるおそれがある。

上記のとおりGATTの暫定適用では最恵国待遇と関税譲許義務の実施は祖父権の対象外であり、無差別の市場アクセス改善は暫定適用の間も進められた。しかし、1947年当時のGATTとは異なり、TPP協定では関税引き下げはその他さまざまなルールやサービス・投資の自由化等と一体で複雑なパッケージ・ディールを形成しているため、それのみの先行実施は現実的ではない。その意味でも、やはり祖父権条項はGATT1947以上に簡素なものにならざるを得ない。

他方、TPP協定の暫定適用によって貿易・投資の自由化の現状維持(stand still)だけは確保することが肝要である。よって、GATT1947と同様、祖父権対象の法令の将来における改正には一定のラチェットがかかっていることを明確にすべきであろう。

実施確保:仮に簡素な祖父権条項を挿入するとなれば、ともすれば暫定的な協定義務の実施は単なる努力目標に終わってしまうおそれがある。そのような事態に陥らないよう、祖父権を柔軟に認める一方で、祖父権の範囲外はもとより、範囲内の義務についても自主的な実施状況について常に11カ国間で情報提供・意見交換を継続し、特に祖父権の範囲外の義務については、加えて紛争解決手続によって実施を確保する必要がある。

他方、TPP協定では、GATT1947のように一部の特定義務を当初から祖父権の範囲外として即時履行を求めることは難しいことは先に述べた。そこで、交渉によって徐々に祖父権の範囲を縮小し、一部義務を即時履行に移行していくことも一案であろう。

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18日の日米経済対話において米国は日米FTAへの意欲を明確にした。今後の日米交渉の有利な展開のためにも、TPP11を実現可能な形で早期に発効させることが望まれる。その場合でも、TPP合意が出発点となる日米FTAは、その内容においてTPP11の実現と矛盾するものではない。また、日米FTAを経由する、しないにかかわらず、日米関係がTPPに収斂する可能性は常に開かれている。

脚注
  1. ^ Report of the International Law Commission: Sixty-third Session (26 April–3 June and 4 July–12 August 2011), 330–35, U.N. Doc. A/66/10 (2011).
  2. ^ 米国、イギリスなどGATT1947の原初締約国にとっては1947年10月30日であり、その他後に加入した締約国(日本も含む)については、各国の加入議定書の日付となる。
文献
  • 川瀬剛志 [2017]「米国のTPP離脱をめぐる法的視座と「TPP11」の可能性」RIETIコラム
  • Arsanjani, Mahnoush H., and W. Michael Reisman [2011] "Provisional Application of Treaties in International Law: The Energy Charter Treaty Awards." In Enzo Cannizzaro (ed.), The Law of Treaties Beyond the Vienna Convention. Oxford University Press.
  • Hansen, Marc, and Edwin Vermulst [1989] "The GATT Protocol of Provisional Application: A Dying Grandfather?" Columbia Journal of Transnational Law Vol.27: 263–308.
  • Irwin, Douglas A., Petros C. Mavroidis, and Alan O. Sykes [2008] Genesis of the GATT. Cambridge University Press.
  • Ishikawa, Tomoko [2016] "Provisional Application of Treaties at the Crossroads between International and Domestic Law." ICSID Review Vol.31(2): 270-289.
  • Jackson, John H. [1969] World Trade and the Law of GATT. The Bobbs-Merrill Company.
  • Lefeber, René [2012] "Treaties, Provisional Application." Max Planck Encyclopedia of Public International Law Vol.X: 1–5.
  • Schott, Jeffrey [2016] "TPP Could Go Forward without the United States." Trade and Investment Policy Watch (Peterson Institute for International Economics, Nov. 15, 2016).
  • WTO [1995] GATT Analytical Index: Guide to GATT Law and Practice 1947-1994, 6th ed, 2 vols. WTO.

2017年4月26日掲載