ジャンプ! 企業はたまに跳ぶ

荒田 禎之 研究員

「イノベーションによって企業の成長を促進し、日本経済の更なる活性化を!」このような議論はいたるところにある(注1)。最近では新聞でもテレビでもイノベーションという語は頻繁に使われている。もちろん、学術的な研究の方でもイノベーションは重要な概念であり、イノベーションは企業成長の源泉と見なされている。通常このテーマを実証的に議論する際には、研究開発投資と企業成長の関係を統計的に検証するということが多いが、このコラムではちょっと変わった視点でこのテーマを扱ってみよう。手がかりになるのは企業成長率の「分布」である。

企業成長率の分布

企業の成長と一言で言っても、それぞれの企業にはそれぞれの事情があり、具体的な成長の理由は種々様々だろう。しかしその一方で、企業の成長率の分布をプロットしてみると、どの国や産業でも観察される、変わった統計的な性質があることが知られている。図1は日本の上場企業の成長率をヒストグラムでとったものだが、この分布は正規分布(図中の点線)に比べて真ん中が尖っており、裾野(tail)部分の方が厚い分布になっている。中心部分の尖りはほとんどの成長率が0周辺であるということなので、ほとんどのケースでは企業は拡大も縮小もしない。その一方、裾野が厚いということは大きく変化する確率は正規分布で想定するより高いので、拡大・縮小する時にはその拡大・縮小幅は大きいことを意味している。簡単に言うと、変化するときには一気に変化するのである。

図1
図1

もちろん1つ1つの企業は、この分布のことなんて気にしてはいない。各自がそれぞれの直面する状況に応じて、企業努力を続けているのである。それにも関わらず、集めてみると特徴的な分布が勝手に現れてくる。一体どのようなメカニズムがこのような分布を生み出しているのだろうか。実はこの分布と、企業の成長率と規模が独立であるという観察事実(ジブラ則)とを組み合わせると、この分布を生じさせている企業の成長プロセスを特定することが出来る(注2)。その成長プロセスとは、図2に示しているようなジャンプで決まるプロセスである。つまり、ジャンプのタイミングが来るまではほとんど何も変化せず、ある時急にジャンプして成長し、変化しない時期が続いたと思ったらまたジャンプ、という繰り返しによるものなのである。言い換えると、企業の成長というものは、こつこつと小さい成功を積み重ねるのではなく、一発当てるかどうかで決まってしまうのである。もちろん、どの企業がいつジャンプするかは一般には分からない。しかし、このようなジャンプのプロセスで成長をしていくというのが、観察される分布の議論から出てくる結論なのである。

図2
図2

ラディカル・イノベーション

先に述べたように、企業成長とイノベーションは密接に絡んでいる。上記に述べた成長プロセスの議論とイノベーションの議論とを関連させる際、ラディカル・イノベーションとインクリメンタル・イノベーションという2つの区分が役に立つ。ラディカル・イノベーションとは、従来のマーケットの構造や企業の優位性を根底からひっくり返したり、全く新しいマーケットを生み出したりするようなイノベーションのことを指し、インクリメンタル・イノベーションはその対義語で、従来の製品の漸次的な改良のことを指す。

この2つの概念は相対的なものであるが、どちらがより企業成長に重要なものであるのだろうか? 上記に述べた企業成長のジャンプのプロセスを考えると、ちょっとした改良を繰り返すインクリメンタル・イノベーションの役割は小さく、ラディカル・イノベーションの方が企業成長には決定的に重要であり、インクリメンタル・イノベーションを繰り返して大企業になるというプロセスはほとんど考えられないという結論になる。つまり、ラディカル・イノベーションの成否が企業の命運を握っており、たとえば一旦ライバル企業にラディカル・イノベーションで先を越されてしまうと、もうインクリメンタル・イノベーションではどうしようもないのである。

しかし、このラディカル・イノベーションは技術的な事以外にもさまざまな困難に直面する(注3)。ラディカルであるが故にリスクは大きく見通しも立たないが、時間やコストは大きい。それ以外にも、その企業が作っている従来の製品とイノベーションによる新しい製品が競合する場合には、同じ企業の既存の製品に関わっている人間からも抵抗される。また、そもそもそのイノベーションに関して理解が得られていないので、そのプロジェクトに資金を出す経営陣を説得しなければならない。純粋にプロジェクトを成功させるという技術的な部分以外にも、ラディカル・イノベーションのために乗り越えなければならない課題は多いのである。

このような困難を乗り越え、ラディカル・イノベーションを成し遂げた人は間違いなくかっこいいだろう。もしかしたらドラマか映画になるかもしれない。しかし、これを一視聴者として楽しんでいるわけにはいかない。ラディカル・イノベーションが企業の成長に決定的に重要という結論は、分布という現実に観察されるデータから出てきたものである。言い換えると、それは決して例外的なことではなく現実に目の前で起こっていることであり、将来の成長のために企業が今要求されていることなのである。

まとめ

よくイノベーションの促進の議論で「独創的な...」「常識にとらわれない...」人材が必要だという話を耳にする(注4)。もちろん、ラディカル・イノベーションはそれまでの常識をひっくり返すことになるのだから、その人材が常識にとらえられていては不可能だろう。しかし、果たしてこのような話を文字通りに捉え、実行に移す人はどのぐらいいるのだろうか。単なるかけ声だけのスローガンのように思われていないだろうか。というのも、小さいながらも確実なリターンをもたらす「常識的」な人材と、あまりに野心的で先の見通しも全くたたないような「非常識」に思える人材を目の前にして、後者を評価するというのは決して簡単なことではないからだ。しかし、実はこの「常識にとらわれない...」人材が必要という話は、ラディカル・イノベーションのみが決定的に重要である以上、理想論でも建前の話でもなく、むしろごく当たり前の現実的な話なのである。

脚注
  1. ^ たとえば、経済財政運営と改革の基本方針2016(骨太方針)
  2. ^ RIETI Discussion Paper, 14-E-033
  3. ^ Leifer, R. Radical innovation: How mature companies can outsmart upstarts. Harvard Business Press, 2000.
    McDermott, C.M., and G.C. O'Connor. "Managing radical innovation: an overview of emergent strategy issues." JPIM, 19.6 (2002): 424-438.
    Tellis, G.J., J.C. Prabhu, and R.K. Chandy. "Radical innovation across nations: The preeminence of corporate culture." JM, 73.1 (2009): 3-23.
  4. ^ 第5期科学技術基本計画、イノベーション25

2017年3月8日掲載

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