米中貿易摩擦の行方

張 紅咏 研究員

最近の動向

アメリカと中国の間に通貨と貿易をめぐる経済的な摩擦が数年ぶりに高まっている。特に、中国鉄鋼の過剰生産が問題視されている。2016年5月、アメリカ政府は中国製耐食鋼へのアンチダンピング関税を最終決定し、宝山鋼鉄(バオスチール)など一部大手メーカーには最高の241%を課している。また、2016年12月、2001年世界貿易機関(WTO)加盟から15年を迎えた中国は「市場経済国」に認定されるよう要請していたが、アメリカをはじめ、欧州連合(EU)や日本政府は認定しない方針を決めた。これにより、貿易相手国は中国の輸出をダンピング(不当廉売)と判断した場合関税引き上げなどのアンチダンピング措置を取りやすい状況を続ける(注1)。

アンチダンピング調査のマクロ経済的要因

アンチダンピングの調査と発動は、主にマクロ経済的要因と報復的要因があると指摘されている。マクロ経済的要因として、国内GDPの成長率、実質為替レートの変動、輸入浸透度 (鉱工業の供給全体に占める輸入品の割合)や雇用などがあると指摘されている。アメリカと中国の現状をみると、まさにその通りである。2008年国際金融危機以降アメリカ経済がなかなか回復できず、2010年以降中国経済が減速し、GDP成長率が6%台までに低下している。また、人民元の対ドル相場は5年ぶりの安値に下落し、アメリカは中国政府が為替操作で自国製品の国際競争力を強化していると激しく批判している。

世界銀行のアンチダンピング・データベース(Global Antidumping Database)を整備したことで有名であるChad Bown氏は、アメリカやEUなどの先進国、1988年から2010年までの四半期データを用いてアンチダンピングを含む一時的な貿易障壁措置(temporary trade barriers)のマクロ経済的要因を分析した(Bown and Crowley, 2013)。彼らの試算によれば、ドルが1標準偏差 (約16%) 増価すると一時的な貿易障壁措置にかけられる輸入品目の数が約21%増加し、貿易相手国の実質GDP成長率が1標準偏差低下するとアメリカの輸入規制の件数が25%も増加する。中国に対するアンチダンピング件数もほかの国に比べて非常に多いと報告している。

輸入競争と国内雇用の保護といった要因も重要である。実際、輸入浸透度の高い産業ほどアンチダンピング調査を開始する確率が高いと指摘されている。業種別に見ると、鉄鋼、化学製品などの素材産業ではアンチダンピング調査の件数が多くて確率も高い。また、政府がアンチダンピング調査あるいは措置を決定する際、雇用問題を重視する場合、雇用規模の大きい産業ではアンチダンピング調査を開始する確率が高いと考えられる。実際、Bown and Crowley (2013)はアメリカ国内の失業率が上がるとアンチダンピング措置の件数が統計的に有意に増加することを示している。

中国のアンチダンピング調査がアメリカのそれより報復的なのか?

米中両国はアンチダンピングの調査件数と被調査件数とも多い国である。Bao and Qiu (2011)はアンチダンピングの報復的要因に注目し、1991年から2005年にかけてアメリカと中国それぞれ貿易相手国を提訴したアンチダンピング案件のデータを用いて米中両国の行ったアンチダンピングの要因を分析した。彼らによれば、米中両国ともに報復的な動機があるものの、中国の行ったアンチダンピングは必ずしもアメリカのそれより報復的なものではない。また、Bown (2010) は、2001年中国WTO加盟から2005年までの間、関税削減の大きかった製品では中国の行ったアンチダンピングの調査件数が増加したが、特定の国に対して差別的あるいはしっぺ返しをするような行動をとっていないと報告している。

アンチダンピング調査の政治経済学的要因

これまでの研究では、マクロ経済的要因と報復的要因に関するものが多いが、政治経済学的要因についてはまだ十分分析されていない。なぜなら、政治経済学的な要因や変数は経済学者にとって直接観察できない(unobservable)場合が多いからである。とくに、企業は政府の保護を求める際、企業の政治的な繋がり(たとえば、議員からの支持、政治的に敏感な業界など)が政府の保護を受けられるかどうかに影響するだろうと指摘されている(Pierce, 2011)。

アメリカでは保護主義が台頭している。マサチューセッツ工科大学のオウター教授らの一連の研究によれば、2001年中国WTO加盟以降中国からの輸入競争はアメリカ製造業の生産と雇用を圧迫した結果、1999〜2011年の間に約200〜240万人の雇用が減少した。中国製品の輸入増加で大きな打撃を受けている地域の有権者の多くは、中国の通商政策を厳しく批判してきたトランプ氏を強く支持し、アメリカ大統領選の結果にも大きな影響を与えたと指摘されている(Autor, Dorn and Hanson, 2016)(注2)。トランプ氏は大統領就任後中国からの輸入に高い関税をかけると警告している。

今回アメリカが引き続き中国を「市場経済国」として認めないことの影響もこれから出るかもしれない。アンチダンピング研究の権威である米オレゴン大学のBlonigen教授らの研究によれば、1980〜1994年の期間「非市場経済国」と認定された国に対して、アメリカからのアンチダンピング調査と措置の確率が非常に高く、アンチダンピング関税も統計的に有意に高い(Blonigen and Park, 2004)。

一方、中国の場合、国有企業(state-owned enterprises)は従来から政府との結びつきが強く、大きな影響力を持っているといわれている。国有企業のアンチダンピング調査との関係については、筆者が中国の行ったアンチダンピング調査案件と中国製造業の企業データを接続し、企業特性を考慮した分析を試みた(Zhang, 2017)。分析結果から、(1)非国有企業と比べてより生産性の低い国有企業がアンチダンピング調査を申請する確率が高いこと、(2)国有資本比率が高いほどその傾向が顕著であること、(3)中央政府あるいは省政府によって管理されている国有企業がアンチダンピング調査を申請する確率が統計的に有意に高いことが明らかになった。

まとめに

米中ともに弱い経済成長を背景に国内政治でさまざまな圧力が強まっているため、鉄鋼、化学製品などの一部の産業において貿易摩擦は深刻化する恐れがある。アンチダンピングが実際貿易や企業にどのような影響を与えるのかについては、今後関連の研究を紹介する予定である。

脚注
  1. ^ アンチダンピングを巡る最近の世界動向及び日本の現状については2015年11月に開かれたMETI-RIETIセミナーhttp://www.rieti.go.jp/jp/events/15110401/summary.htmlを参照。
  2. ^ 中国からの輸入がアメリカに与える影響については、RIETI国際貿易と貿易政策研究メモhttp://www.rieti.go.jp/users/tanaka-ayumu/serial/028.htmlを参照。
参考文献
  • Autor, D., D. Dorn, and G. Hanson, 2016. The China shock: learning from labor market adjustment to large changes in trade, Annual Review of Economics, 8, 205-240.
  • Bao, X. and L. Qiu. 2011. Is China's antidumping more retaliatory than that of the US? Review of International Economics, 19(2), 374-389.
  • Blonigen, B. and J.-H. Park, 2004. Dynamic pricing in the presence of antidumping policy: theory and evidence, American Economic Review, 94(1), 134-154.
  • Bown, C., 2010. China's WTO entry: antidumping, safeguards, and dispute settlement, in R. Feenstra and S.-J. Wei (eds.) China's Growing Role in World Trade, The University of Chicago Press.
  • Bown, C. and M. Crowley, 2013. Import protection, business cycles, and exchange rates: evidence from the Great Recession, Journal of International Economics, 90, 50-64.
  • Pierce, J., 2011. Plant-level responses to antidumping duties: evidence from U.S. manufacturers, Journal of International Economics, 85, 371-383.
  • Zhang, H., 2017. Political connections, antidumping investigations and firm performance, Working paper.

2017年1月16日掲載

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