公的データのプラットフォームが拓くエビデンスに基づく政策形成プロセスの未来

池内 健太
研究員

近年、産業界では「ビジネス・インテリジェンス(BI)ツール」の開発・導入が進み、「ビッグデータ」をビジネスの意思決定に活用する仕組み作りも進んでいます。一方、政府・行政においては、「エビデンスに基づく政策形成(evidence-based policy making)」の重要性が認識され、各省庁あるいは省庁横断の政府全体でさまざまな取り組みが始まっています。たとえば、文部科学省では2011年度から「科学技術イノベーション政策における政策のための科学推進事業(SciREX)」が開始されています。本コラムでは、エビデンスに基づく政策形成の発展の観点から、公的データの利用環境の革新の方向性について考えてみたいと思います。

日本の公的統計データの強みを生かした分析環境の実現

政策研究における日本の強みの1つは、長年に渡って地道に蓄積された統計データとその利用制度が充実していることです。特に、最近では統計調査の個票データ(調査票情報)の二次利用制度が整備され、多くの研究者によって統計調査の個票データを用いたさまざまな政策課題に関する実証的な研究が盛んに行われています(その中にはRIETIのディスカッション・ペーパーも多く含まれています)。一方、日本の政策研究における大きな課題は、各統計調査で収集されたミクロデータがそれぞれの担当省庁あるいは担当課に分散しており、複数のデータをミクロレベル(企業・機関・個人の単位)で連携した分析に障害があることだと感じます。また、研究課題によっては、公的統計データのみならず行政機関や民間企業が保有するデータ(たとえば、特許データや公的補助金の受給企業のリストなど)と相互に連携させた分析が必要になる場合がありますが、これらのデータを精度良く連携させるにも困難があります。

データ活用の利便性の観点から見るとは、公的統計データは可能な限り一元的に保管・管理されていることが理想です。産業分類や地域分類のみならず、企業・機関・個人などの個票レベルのIDの情報を複数の統計データで共通したものとし、公的統計以外のデータにも接続が行いやすい共通の名簿データの整備も容易になると考えられるからです。このような公的統計データと官民の保有するさまざまなデータを連携させたビッグデータが多くの研究者に利用可能になれば、日本のデータを用いた質の高い政策研究がより一層多く行われるようになると考えられます。

ただし、公的統計データの一元化には安全性の確保が第一です。暗号化技術・個人認証技術・高精度な不正アクセスの検知・予防技術など、データを安全に管理する技術の発展や最新技術を積極的に活用していくことが必要です。一方、大規模のデータを取り扱うためには高度な計算速度や通信速度を備えたコンピュータも必要です。しかし、日本の産学官の情報通信技術の粋を集めれば、安全かつ利便性の高いデータの利用環境を実現できる可能性は十分あると思われます。行政機関や政策シンクタンク、大学などの学術研究機関の間の広域連携と官邸の強いリーダーシップのもと、エビデンスに基づく政策形成プロセスの実現に向けて、政府全体が一元的にシステム構築を行っていくことが期待されます。たとえば、科学技術イノベーション政策の分野では、「経済財政諮問会議」と「総合科学技術・イノベーション会議」の連携のもと、省庁横断のデータプラットフォームの構築に向けた議論が始まっています(平成28年10月6日「第2回 経済社会・科学技術イノベーション活性化委員会:中間報告(案)」)。

ビッグデータを活用した政策形成システムの取り組み事例

次に、政策形成プロセスにビッグデータを活用しようとする最近の2つの取り組みを紹介したいと思います。

地域経済分析システム(RESAS:Regional Economy Society Analyzing System)

「まち・ひと・しごと創生本部」が2015年4月に提供を開始したシステムです。当時の石破茂地方創生担当大臣がRESASの導入によって、「行政は、なんちゃって政策を打てなくなる」(石破茂前地方創生担当大臣、2015年4月21日閣議後記者会見)と述べているように、エビデンスベースの政策形成の促進を強く意図したシステムだと考えられます。最近では、eラーニング・サービスの提供を開始したり、「地方創生政策☆アイデアコンテスト」や「RESASアプリコンテスト」を開催するなど、利便性の向上とシステムの活用促進に向けたさまざまな取り組みが継続的に行われています(詳細はまち・ひと・しごと創生本部「地域経済分析システム(RESAS)」に関するHPを参照)。

SPIAS(SciREX政策形成インテリジェント支援システム)

2016年度から開発が始まった、科学技術イノベーション政策に関わるデータを政策立案者や研究者がオープンに利活用できるプラットフォーム(政策研究大学院大学の科学技術イノベーション政策研究センター(SciREX センター)、科学技術学術政策研究所(NISTEP)、科学技術振興機構の研究開発戦略センター(CRDS)の3者の連携プロジェクト)。SPIAS では、科学技術研究費、JST、NEDOなどの競争的資金に係るファンディング情報、特許情報、学術論文情報、プレスリリース情報などを相互に結びつけ、研究者が獲得した競争的資金が大学間、研究領域間でどのように配分されているのか、また、代表的な研究者がどのように研究資金を獲得しているのか、視覚的に表示することを可能にし、政策立案者や政策研究者が、科学技術の動向を把握し、それぞれの目的に応じてリアルタイムに活用できる仕組みの実現を目指しています(詳細はSciREXセンターHP上のプレスリリースを参照)。

結び

エビデンスベースの政策形成プロセスの実現には、まだまだ多くの制度的・技術的な課題があると思います。一方、政策研究に関するミクロレベルのデータ整備については海外でも最近取り組みの加速が顕著になっています。国内外の研究者・政策実務者の方々とビジョンや情報を共有しながら、近い将来のエビデンスベースの政策形成プロセスの実現に向けて、私自身も努力を加速していきたいと考えています。

2017年1月4日掲載

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