先物・スポット市場、市場支配力、裁定取引

伊藤 公一朗 研究員

さまざまな経済財(長期国債、株式、石炭、電力、天然ガス、石油、農産物など)が先物市場とスポット市場(sequential markets)を通じて取引される。先物・スポット市場構築の論拠は単純な経済理論による。引き渡し価格や数量が不確実な商品の場合、先物・スポット市場は最終的な割り当ての効率を高めることができる。寡占が存在する場合でも、先物・スポット市場によって市場支配力の範囲が縮小し、効率が改善される(Allaz and Vila 1993)。

電力市場の先物市場とスポット市場

自由化された電力卸売市場は先物・スポット市場の一例である。図1は、我々が最近の論文で調査した、スペイン・ポルトガルの電力市場の市場構造を示している(Ito and Reguant 2016)。発電事業者(火力発電所など)と消費者(小売電力プロバイダーなど)はまず前日市場で入札する。前日市場は入札をすべて終了し、発電者は前日市場の結果に従って発電予定を立てる。次に、いくつかの当日市場での売買により、企業は予定発電量を更新できる。たとえばhour 21向けの配電なら、ポジションを変更できる当日市場が7つある。

図1:スペイン・ポルトガル電力市場における先物市場とスポット市場
図1:スペイン・ポルトガル電力市場における先物市場とスポット市場

標準的な理論では実証的エビデンスを十分に説明できない

定型化された設定では、先物・スポット市場の価格は期待どおりに収束するはずである(Weber 1981)。なぜなら、価格プレミアムが存在すれば、企業には裁定取引で利益を得ようとするインセンティブがはたらくからだ。したがって、前日市場と当日市場の平均価格の間にシステマティックな差異は見られないはずである。しかし、たいていの場合、実証的エビデンスはこの単純な経済理論と一致せず、先物・スポット市場の価格はシステマティックな価格差異を示すことが多い。

図2では、2010〜2012年の毎時データを使って、各市場の時間ごとの平均価格を示す。実際、スペイン・ポルトガルの電力市場ではシステマティックな「前日価格プレミアム」が見受けられる。

図2:先物市場のデータ上の価格プレミアム
図2:先物市場のデータ上の価格プレミアム

市場支配力と限定的な裁定取引がカギ

我々は、スペイン・ポルトガルをはじめとする多くの電力市場で前日価格プレミアムが存在する理由を理解するため、理論を構築した。その直感的な結論は以下のとおりである。

第1に、ほとんどの電力市場では、すべての需要に前日市場で対応しなければならず、その需要の一部を当日市場で変更する。第2に、ほとんどの電力市場は完全競争状態にはなく、少数の企業が市場を支配している。すると市場支配力を持つ企業は、価格差別的・残余的な独占者になり、先物市場では発電を多少抑制しようというインセンティブを持つ。我々の理論は、この効果がシステマティックな前日価格プレミアムの要因であることを示した。第3に、この価格プレミアムを十分に裁定することはできない。なぜなら、金融トレーダーは市場への参加が認められておらず、既存の市場参加者による裁定取引はいくつかの理由により制限されているからだ。

我々は、データが理論の推測を裏づけることを実証的に示した。市場支配力と限定的な裁定取引が、前日価格プレミアムを拡大させる主な要因である。

価格プレミアムを裁定するプレーヤーはいるのか?

価格プレミアムが存在するかぎり、市場参加者は裁定取引をしようというインセンティブがはたらく。金融トレーダー(仮想の入札者)がスペイン・ポルトガルの電力市場への参加を認められないとしても、一部の電力売買者が裁定取引をする可能性はある。我々は論文において、そうした裁定取引を行う可能性が高いのは誰かについて、理論と実証を示した。

第1に、風力発電所には、裁定取引にとって魅力的で技術的な優位性がある。風はずっと吹いているわけではないため、風力発電所が最大容量を使用することはほとんどない。つまり、価格の低い市場で電力を空売りできる可能性が高い。第2に、風力発電は風の有無や強弱がきわめて不確かである。したがって最終的な発電量の管理は限定的にしかできず、情報を更新する必要が生じる。つまり、裁定取引への参加コストが低くなる可能性がある。実際、一部の風力発電所が最も裁定取引を行っていることが実証的に示された(ただし裁定取引の対象は価格プレミアムの一部のみ)。

第3に、我々は、市場での発電量が少ない風力発電所は裁定取引を行うインセンティブが強いということを理論で示す。反対に、多くの電力を販売する風力発電所は裁定取引へのインセンティブが弱く、市場で相当量の電力を売る場合は保留しよう(裁定取引の逆)とのインセンティブさえはたらく。なぜなら、市場で電力を売る企業は先物価格の上昇が利益となるからだ。そのため裁定取引や先物価格の下落を望む動機が減る。我々の実証的研究の結果はこうした理論的予測を裏付けるものであった。

完全な裁定取引によって必ず社会厚生は改善するのか?

現在、主な政策論争の1つになっているのは、金融トレーダーが電力市場に参加し、先物市場とスポット市場の価格差を裁定することを認めるべきか否かである。裁定取引を認めることは消費者のためになるのか? 市場の効率性を高めるのか? 我々はこうした疑問に関するエビデンスを示すため、先物・スポット市場における寡占企業の構造モデルを開発した。

表1はその結果を示す。最善のケースは、完全競争市場と定義する。次にこの基準をいくつかの反事実的状況と比較する。

  • 第1に、先物・スポット市場が存在しない(スポット市場のみ存在)ケース。このシナリオでは社会的便益の損失が最大で、市場の効率性が最も悪くなることが示唆される。
  • 第2に、先物市場を導入するが、裁定取引はないと仮定する(表中の「no arbitrage」に相当)。先物市場の導入により社会的便益の損失が大幅に減少する。これはAllaz and Vila (1993)による理論を実証的に定量化したものである。
  • 第3に、裁定取引を導入すると、裁定取引のない先物・スポット市場に比べて消費者負担は減少するが、社会的便益の損失は増加する。消費者が裁定取引の恩恵を得られるのは、前日価格が下がるからである。しかし、裁定取引によって先物市場とスポット市場の価格が収束すると、市場支配力を持つ電力会社は発電量をさらに減らすため、裁定取引は社会的便益の損失を増加させる。
表1:さまざまな反事実的状況における社会厚生の比較 (時間毎)
表1:さまざまな反事実的状況における社会厚生の比較 (時間毎)

我々の研究結果は、電力市場の先物市場とスポット市場に関して現在行われている政策論争に重要な示唆を持つ。第1に、先物・スポット市場ができれば、Allaz and Vilaの効果によって、市場効率性や消費者の社会厚生は高くなるだろう。第2に、金融トレーダーによる裁定取引は電力価格を引き下げ、消費者に恩恵をもたらすだろう。しかし、ソーシャルプランナーの観点からは、裁定取引は必ずしも市場効率性を高めるとはいえない。

この点は、米国をはじめとする各国の電力市場をめぐる政策に関係しており、タイムリーである。規制当局は「市場の効率を高める」ため、金融トレーダー(仮想の入札者)の導入を模索中である。しかし、そうした政策の成果を評価するにあたっては注意が必要である。我々の研究によると、価格の収束だけでは、市場効率を示す十分な統計とはいえない。完全に価格が収束した場合、価格は競争的・効率的な水準にはならない。電力のシーケンシャル市場では、ほとんどの場合、すでに市場支配力が存在しており、規制当局が裁定取引を認める場合、以上に留意しなければならない。

本稿は、2016年11月6日にVoxEUサイトに掲載された "Sequential Markets, Market Power, and Arbitrage" (Koichiro Ito and Mar Reguant) を元に書かれたものである。

本コラムの原文(英語:2016年11月10日掲載)を読む

参考文献
  • Allaz, B, and J-L Vila (1993), "Cournot Competition, Forward Markets and Efficiency." Journal of Economic Theory 59 (1): 1-16.
  • Ito, K and M Reguant (2016), "Sequential Markets, Market Power, and Arbitrage." American Economic Review, 106(7): 1921-57.
  • Weber, R J (1981), "Multiple-Object Auctions," in R Englebrecht-Wiggans, M Shubik, and R M. Stark (eds), Auctions, Bidding, and Contracting: Uses and Theory, New York: New York University Press, pp. 165-191

2016年11月22日掲載