電力自由化時代の広域的なネットワークインフラ整備のあり方

田中 誠
ファカルティフェロー

全国大の送電ネットワークを整備する

電力システム改革の一貫として、広域的運営推進機関(以下、広域機関と呼ぶ)が2015年4月に設立されてから約1年半になる。広域機関の主な機能は、電源の広域的な活用に必要な送電ネットワークのインフラ整備を進め、また全国大で平常時・緊急時の電力需給調整機能を強化することにある。

広域的なインフラ整備の第一弾として、東京・中部間の連系設備の容量を拡大する計画が今年の6月にまとまった。2011年3月11日に発生した東日本大震災により、東北と東京エリアの多くの発電所が被災して供給力が不足する事態に陥った。このとき、東京・中部間の連系設備の容量が小さかったため、関西方面からの電力融通は制約された。震災直後に東京エリアでは計画停電が行われ、その後も節電による企業の生産活動や国民生活への影響は大きかった。こうした状況を受けて、東京と中部を結ぶインフラ整備が決まった。これにより、大規模事故や災害発生時に、東西地域間の相互の電力融通を有効活用することで、被災による供給力不足のリスクに対応しやすくなる。また、東西間の連系設備が増強されれば、全国大の市場取引が活性化すると見込まれる。

広域機関は、地域間の連系設備だけでなく、地域内の基幹的な送電インフラも含めて整備を進める役割を担う。元来、電力のネットワークの形成は、巨額の費用がかかる上に、建設にかかる期間も長く、中には10年を超えるような工事もある。現在進行中の計画だけでなく、長期の視点に立ったネットワークインフラ整備を進めていくことが求められる。

発電と送電のコーディネーション

電力自由化が進む以前は、地域独占を認められた電力会社が各地域の供給を一手に担っていた。電力会社は、自分の地域内で、発電所の立地と基幹的な送電網の整備を一体的に行ってきた。規制下の独占企業が意思決定を行うという意味での限界や、広域的課題に十分対応できないという問題もあったが、他方で、地域内において発電立地と送電網整備のトータルでのコストを下げようとする誘引は働いていたと考えられる。

ところが、電力自由化の進展とともに新規の発電事業者が参入してくると、従前のような発電・送電の一体的設備形成は困難になっていく。新規参入者は、各々の発電事業の収益を考えて、立地点や発電容量を決定する。こうして個別の意思決定により定まる発電立地に対して、送電ネットワーク側でも増強が必要となってくるかもしれない。しかし、発電側と送電側の意思決定が分離した状況では、全体として効率的な設備形成がもたらされるかは定かでない。

そこで、発電立地と送電ネットワーク整備のコーディネーションが重要となる。第一に有効と考えられるのが、費用便益分析を活用することである。今、既存事業者・新規参入者の別にかかわらず、発電事業者が新たに発電所をある地点に建設して送電ネットワークを利用したいとする。もしもその発電所の発電コストが割安で、ネットワークに接続されることでより割高な他の電源が代替されていく場合、全体としての発電コストが下がるかもしれない。これは社会的に見て便益となる。一方、新たな発電所の接続によるネットワークの増強コストは、社会的なコストとなる。こうして、社会的な便益と費用を比較して、新規発電所の接続の妥当性を評価することができる。評価に当たっては、供給信頼度が増すかどうか、CO2の排出量が削減されるかどうかなど、他のさまざまな要素も加味することができる。現実に、電力自由化が進んだ欧米では、試行錯誤をしながら送電ネットワーク整備に費用便益分析の考え方を取り入れつつある。我が国の広域機関では、このような取り組みは今後の課題となる。

第2に、発電事業者が送電ネットワークを利用する場合に、接続地点によりアクセスチャージを変えることで、より効率的な発電立地を促す経済的インセンティブを付与することが有効である。今、発電事業者が需要地から遠く離れた地点に発電所を建設したいとする。このとき、需要地までのネットワークを増強する必要が生じる場合には、大きなコストがかかる可能性がある。他方、発電事業者が需要地に近い地点に発電所を建てるときには、ネットワークの増強コストはずっと安く済む可能性がある。そこで、需要地に遠い地点のアクセスチャージは割高にし、逆に需要地に近い地点のアクセスチャージを割安にして、価格シグナルを用いることでより効率的な発電立地を促進することが有効となる。我が国には、今でも需要地に近い電源を優遇する措置がある(「需要地近接性評価割引制度」と呼ばれる)。しかし、この制度は、割引の考え方や割引対象地域などについて課題もある。このため、発電と送電のコーディネーションの観点から、効率的な設備形成に資するべく本格的な地点別のアクセスチャージを検討することが必要となっている。

不確実性下の意思決定

経済が順調に成長し、電力需要が確実に右肩上がりで増加していた時代には、送電ネットワークのインフラ投資もどんどん進められた。しかし、経済停滞が続き、高齢化社会を迎えるなど我が国を取り巻く環境は大きく変化した。これから10年、20年先、電力需要がどのように変化するかを予測するのは、より難しくなってきている。また、電力自由化のもとで、供給サイドである新規参入企業の将来の動向を予測するのも非常に困難である。これに加えて、太陽光や風力など出力変動の激しい再生可能エネルギーによる電力供給が近年増大しており、将来の導入の動向を予測するのは難しい。

このように将来に関する不確実性は従来と比べものにならないほど増大している。長期の視点に立ったネットワークインフラ整備を進めていくことは、大きな不確実性のもとで意思決定をしていかなければならないことを意味する。不確実性下の意思決定問題に関しては、さまざまな学術分野で数多くの異なる手法が開発・提案されてきた。ここでは、電力などエネルギー分野で近年応用事例が多い手法をいくつか概観しよう。

第1の方法は、将来起こりうるさまざまなシナリオを考え、個々のシナリオに対する確率を想定して、意思決定を行う手法である(確率計画法; stochastic programming)。この手法は、現実的なシナリオにもとづき実用性のある意思決定を行う利点がある。しかし一方で、起こりうるシナリオをすべてリストアップするのは難しく、さらにそれに対する正確な確率分布を知ることは極めて困難である。第2の方法は、起こりうるシナリオの中で、最悪のケースを想定した上で最適な意思決定を行おうとする手法である(ロバスト最適化; robust optimization)。たとえば、需要など最悪のシナリオのもとでも、社会的厚生を最大にできるインフラ投資のレベルを考えることである。この手法は、シナリオの確率分布を考えなくてよい利点がある一方、最悪のケースを想定するので、意思決定が保守的(conservative)となる欠点もある。ここでは詳述しないが、上記の個々の手法の欠点を克服すべく、第1と第2の方法を組み合わせた手法も近年いろいろと提案されている(例えば、分布に関してロバストな最適化; distributionally robust optimization)。

10年、20年先を見据えた長期的なネットワークインフラ整備には、大きな不確実性がつきものである。分野を問わず、不確実性下の意思決定は容易でない。しかし、学術分野で開発・提案されたこれらの手法を、実践的な形で意思決定に活かしていく視点も大事である。

2016年10月24日掲載

この著者の記事