中国におけるイノベーションの新展開

孟 健軍 客員研究員

1.豊かさの実感と競争力をもたらしたイノベーション

近年、中国ではイノベーションによる豊かさが実感されている。

2万キロの国内高速鉄道の運営を始め、2016年6月末には国産旅客機ARJ21-700が上海-成都間で商業ベースの運航を開始した。また、世界初の量子通信衛星「墨子」を打ち上げるなど、装備製造業は海外技術の導入と吸収の段階を経て、独自のイノベーションの段階を迎えている。

競争力をもつ高品質なハイテク製品が世界に認識される事例も増えてきた。ドローン製造の世界最大手である深圳大疆社(DJI-Innovations)はアメリカ市場の過半数のシェアを獲得した。また、競争相手の広州億航社(EHANG)は2016年1月、世界初の有人ドローン「億航184」を発表し、年内にネバタ州ラスベガスで有人テストを実施し、「ドローンタクシー」の商業化を目指している。華為社(Huawei)は、中国、欧州、アメリカ、ロシア、中東、日本など多くの国・地域で16カ所の研究開発拠点を設立し、28の共同イノベーションセンターを持ち、通信機器分野において世界で最も認知度の高い、技術と市場の両輪を兼ね備えた中国ブランド企業の1つとなっている。

バイドゥ(Baidu)、アリババ(Alibaba)、テンセント(Tencent)のBAT3社は、インターネット業界の重鎮として世界的な知名度を得ている。そして、この2年間、「互聯網+(インターネットプラス)」をビジョンに据えた新たな経済活動である「分享経済(シェアリングエコノミー)」が、国内の既存産業に大きな衝撃を与えている。滴滴出行(Didi)が始めた自家用車の相乗りサービスの利用数は2015年のみで13億人に達し、「交通革命」と呼ぶにふさわしい時代に入ろうとしている。世界360都市で展開している同業のUber(ウーバー)社は中国市場では振るわず、中国事業は2016年8月、滴滴出行に買収された。

2016年2月に発表された「中国シェアリングエコノミー発展報告2016」によると、2015年のシェアリング関連事業の国内市場規模は1兆9500億元(約35兆円)に達したという。また、少なくとも5億人以上の顧客が利用し、関連企業の従業員は労働者総数の5.5%を占め、約5000万人に上ると推定されている。今後5年間の平均成長率は40%前後が期待され、2020年には国内市場規模が10兆元(180兆円)でGDP全体の10%以上を占めると予想される。

このような急激なイノベーションの背後にはいったい何があったのだろうか?

2.危機感から生まれたイノベーション推進策

中国は21世紀に入り「世界の工場」として世界経済を牽引してきた。経済発展のための技術革新は「市場換技術(市場と技術との交換)」という考えの下に外国の技術導入や模倣に依存してきた。しかし、知的所有権という国際的問題にも直面した中国政府は、その限界に気づき、2006年に国の総力を上げて「国家中長期科学技術発展計画(2006-2020年)」を策定した。目標は2020年までに世界トップレベルの科学技術力を持つイノベーション型国家を、重点分野の強化や研究開発資金の拡充を通じて実現させると同時に、中国企業自らによる自主的なイノベーションを推進することであった。その結果、2006年以降、科学技術政策は企業と社会のイノベーション活動を促進し、政策効果も徐々に現れている。2013年に就任した新指導部は経済成長の速度よりもその中身と効率性を重視する「新常態経済」へと経済構造の転換を模索し始めた。そのため、中央政府は国内経済を活性化させる目的で、「製造業を中心とする既存産業のバージョンアップ」と「創業・イノベーション」という「2つのエンジン」を促進する新しい経済産業政策を打ち出した。

1つ目に、既存産業のバージョンアップに関する具体策として、2015年以降、今後10年間で工業化と情報化の高度な融合を促して製造業のスマート化、ネットワーク化およびデジタル化などの技術を開発・利用することによって、大量の製品を製造、輸出してきた「製造大国」から国際競争力の強い高度化した製造業からなる「製造強国」への転換を目標とする、「中国製造2025」戦略をスタートした。重点的に進めるべき10分野が国務院により発表され、一部の重要な産業分野では「先手」を取り、イノベーションによって技術的突破を遂げるように努めている。また、国務院は馬凱副総理をトップとする「国家製造強国建設指導小組」を発足させ、「中国製造2025」政策の全体的な実施・調整に取り組む体制を整えた。

2つ目に、2014年9月にソーシャルイノベーションとオープンイノベーションの重要性を認識した李克強総理が「大衆創業、万衆創新」を提唱した。さらに、2015年3月に「インターネットプラス行動計画」を提起した。その内容は、モバイルインターネット、ビッグデータの応用と現代製造業との結合、電子商取引とインターネット金融の健全な発展やIT企業による国際市場の開拓などが含まれている。その後、制度・財政・金融・ベンチャー投資などの10分野と30項目の具体策が打ち出された。政府は、起業家精神の養成を国民教育に取り入れることや起業制度を社会全体で実現することなどを奨励し、必要な人材の育成や社会保障制度改革の促進、人材移動の障害を取り除く移動メカニズムを急速に整備している。

また、中国政府も前述したシェアリングエコノミーの勢いとその潜在力に注目し、李克強総理が2016年の政府活動報告で「新技術、新産業、新業態の勢いが急速な成長を推進し、体制・メカニズムの革新によりシェアリングエコノミーの発展を促し、共有プラットフォームを構築し、ハイテク産業・現代的なサービス業などの新興産業クラスタを大いに発展させることで、力強い新エンジンを築き上げる」と発言し、シェアリングエコノミーによって中国経済のモデルチェンジとアップグレードに新たな原動力を提供できると考えている。

3.技術と市場との融合型イノベーション国家へ

2016年6月に発表された「国家イノベーション指数報告書2015」のイノベーション指数において、米国、日本、スイスなどが上位にランクされる中、中国は世界第18位になった。同8月発表の「グローバル・イノベーション・インデックス(GII)2016年版」ではスイス、スウェーデン、米国などが上位にランクされた一方で、中国は世界で最も革新的な国部門でトップ25に入ったが、これは中所得国で初めての記録であった。

どの国においても社会経済の活性化のためには起業やイノベーションが重要である。イノベーションは「技術と市場との融合である」というシュンペーターと青木昌彦の制度的視点からみれば、新技術や新製品という狭い意味でとらえるのではなく、技術を使って新しい市場を創造することを目指すべきである。その意味で、2013年以降、中国ではすでにイノベーション主導の新しい経済成長時代に入ったといっても過言ではない。

スマホ時代になり、インターネットを介してさまざまなサービスを受けられるようになった。Pew Research Centerによると、2015年のスマホ普及率は世界平均の43%に対して中国は58%で、日本の39%より高い。スマホ先進国の韓国の88%には及ばないものの、中国ではインターネットにあらゆる製品・サービスを付け加えてこれまでにないビジネスを展開し、技術と市場との融合型の「インターネットプラス」という大きなビジネスチャンスが生まれている。また、政府の行政簡素化政策によってビジネスを展開する上でのコスト削減やオープンイノベーションといった起業環境が大きく変化している。なお、人的資源の視点から2015年時点で5000万人を超えたバーリンホウ(1980年以降に生まれた一人っ子世代)といわれる大学理工学部の卒業生の若い世代が中国におけるイノベーションの中心舞台で活躍し始めている。

2016年5月、中国政府は「第13次5カ年計画(2016-2020)」に従って「国家イノベーション推進発展戦略概要」を制定し、2020年、2030年、2050年の各節目における遂行目標を打ち出した。技術と市場との融合型イノベーション国家を目指し、中国政府は金融面でイノベーション促進の支援を行うと同時に、他国とも協力関係を構築しイノベーション能力の強化を図っている。これまでに国家科学技術部はスウェーデン政府とイノベーション戦略パートナーシップを締結した。また、2016年9月、ドイツ政府との「インダストリー4.0」スマート製造に関する共同プロジェクトを立ち上げ、国有企業の宝山製鉄所と民営最大手の華為社などの参加が決まった。

これからどのようなイノベーションが生まれるのか、中国から目を離せない時代の到来である。

2016年10月14日掲載