高速鉄道、仕入先のネットワークと企業パフォーマンス

Andrew B. BERNARD
ダートマス大学教授

Andreas MOXNES
オスロ大学准教授

齊藤 有希子
上席研究員

はじめに

世界各国の政府は、高速鉄道の建設に多額の資金を投入している。中国は3000億ドルを投資し、国全体中で1万1000kmを超える高速鉄道網を建設している。カリフォルニア州は、サンフランシスコ、ロサンゼルス間の高速鉄道の可能性調査するだけの目的で約10億ドルを支出する予定である。英国は、マンチェスター、バーミンガム、リーズ、ロンドン間を高速鉄道で結ぶ予定である。日本の新幹線は全長2387kmに及び、年間3億5300万人の乗客を輸送し、国内のさらに遠隔地へ路線延長を続けている。(注1

各国政府や多国間機関は予算のかなりの部分を輸送インフラプロジェクトに配分している。多くの研究がなされている(Redding and Turner 2014のサーベイ参照)にもかかわらず、高速鉄道(またはより広義の輸送インフラ)の出現によって個々の企業のパフォーマンスがどのような影響を受けるのかについてはほとんどエビデンスがない。大半の研究は経済活動の立地や総所得、経済厚生に着目している。たとえば、Donaldsonは、インドの鉄道が所得や経済厚生に与える影響について分析しており、またDuranton, Morrow, and Turner (2013)は、州間高速道路が米国の都市間取引の水準や構成に与える影響について考察している。

本稿では、インフラが企業の生産性やパフォーマンスの向上に果たす別の役割について明らかにしたい(Bernard, Moxnes, and Saito 2014b)。高速鉄道網の建設に伴って移動時間が大幅に短縮されると、企業は質の高い仕入先を各地で効率的に新規開拓できるようになる。仕入先のネットワークの整備と拡大は、費用削減や生産性の向上につながる。

企業の成功は仕入先や販売先との関係にも左右されると幅広く考えられているが、生産ネットワークの構造や企業パフォーマンス、重要性に関する研究は比較的数が少ない。さらに、地理や取引費用が生産ネットワーク内のつながりに及ぼす影響については、ほとんど知られていない。社会的・経済的ネットワークやその形成に関する研究は急増しているが、その中で企業間の仕入先・販売先の関係について考察しているものはこれまでのところほとんどない。多くの既存研究は、ある国の特定の産業や地域に限定されている。我々は、顧客・仕入先の関係、生産ネットワーク構造が企業パフォーマンスにとって重要性を持つことを分析し、地域による経済効果の違いについて斬新な説明を提案したい。

日本の生産ネットワークの特徴

我々は日本の生産ネットワークに関する包括的で独自のデータを使用した。このデータは95万社以上の企業間の仕入販売関係を示しており、企業の所在地、仕入先、販売先、パフォーマンス指標についての情報が含まれる。これらの企業は日本の民間部門の経済活動の大半を占めている。

本研究では日本の生産ネットワークについてよく知られる一連の事実を発展させ、モデル化を目指す(Bernard, Moxnes and Saito 2014a, b)。これらの事実の多くは、国境を越えた企業間取引のネットワークにもあてはまる。当然のことながら、企業の規模が大きく生産性が高いほど、仕入先も多く、また仕入先と販売先のマッチングには地理的な近接性が重要な役割を果たす。ほとんどの取引は地域内で行われている。すなわち、仕入先、あるいは販売先までの平均距離は30km以内である。大きな企業は仕入先の数が多いだけではなく、(平均的に)遠く離れた、質の高い仕入先と取引する。社会的ネットワークとは異なり、生産ネットワークは負の結合相関を持つ。すなわち、関係先が多い企業の取引先は関係先が少ない傾向がある。2つの企業について考えてみる。A社は仕入先が多く、B社は仕入先が少ない。多くの取引先があるA社への仕入先は、概して販売先が少ない。一方、取引先が少ないB社は一般的に、販売先が多い仕入先と取引する。日本の生産ネットワークにおける負の結合相関は、国際貿易における輸出業者・輸入業者のネットワークにも同様にみられる (Bernard, Moxnes and Ullveit-Moe 2013参照)。

アウトソーシング、地理と企業の異質性

生産ネットワーク(仕入先)と企業パフォーマンスの関係に関する考察を導くため、本研究では、アウトソーシングと企業の異質性、立地の異質性についての単純モデルを作る。川下企業は、材料加工、会計、印刷、流通業務など、生産工程に投入される業務を必要とする。川下企業はそのような業務を自ら行うこともできるし、アウトソースすることもできる。仕入先を見つけるためには費用がかかるため、ある特定の仕事をアウトソースすることはすべての企業にとって有益とはいえない可能性がある。生産性や収益力が非常に高い企業は、特に遠方に位置する仕入先の調査に費用をかける傾向が強い。川下企業は、取引の可能性のある川上企業の立地について、平均的な生産性や取引費用など大まかな特徴を観察できるが、ある特定の立地においての個々の業務の価格(または品質)を観察するには資源を費やさなければならない。効率性の高い企業はより多くの立地を調査し、材料の仕入れを増すため、パフォーマンスがさらに向上する。

インフラが整備されると調査に要する費用が低下する。調査費用が下がればさらに調査が拡大し、アウトソーシングも進展し、結果として、売上や企業パフォーマンスの向上につながる。より良い仕入先を見つけることの限界便益が大きい投入集約型産業において、このような効果はより大きく表れる。経済全体でみると、すべての立地で当初の生産性が同じ場合でも、取引費用、調査費用が低い立地にパフォーマンスの高い企業が集まるであろう。この枠組みは、立地によって生産性が大きく異なるのはなぜかという問いに対して新たな供給サイドのミクロ的基礎づけを提供する。

九州新幹線と企業パフォーマンス

図1:新幹線新駅の隣接地域
図1:新幹線新駅の隣接地域

モデルによる予測を検証するため、準自然実験として、2004年の九州新幹線開通を用いる。新鉄道網により主要都市間の移動時間は最大75%短縮された。新幹線の新駅近くに位置する企業のパフォーマンスが、開通後に向上したかどうかを検証した。図1は新幹線の新駅に隣接する地域を示している。検証の結果、新幹線開通後、新駅近くの企業の売り上げと生産性が大幅に上昇したことがわかった。中間投入比率の高い産業に属する企業は、その割合が低い産業の企業よりもパフォーマンスが高かった。

2010年の日本の生産ネットワークを2つ目のサンプルとし、新幹線の路線延長の恩恵を受けていない地域の企業と比較して、新駅近くの企業は、仕入先の数や仕入先の立地場所の数がより増加したのかを検証した。検証結果はモデルで強調されたメカニズムを裏付けるものであった。すなわち、新駅近くの企業は、取引先の数、仕入先の立地場所の数いずれも増加していた。

我々の研究は、国内、海外調達の決定要因、立地による経済活動の相違、そして地理的要因が企業のパフォーマンスに果たす役割に関する研究に関連する領域にある。研究結果は、輸送インフラの整備が、フェース・ツー・フェースの取引や仕入先・販売先のマッチング向上の上で重要な役割を果たすことを示唆している。

本稿は、2014年9月24日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2014年9月26日掲載)を読む

2015年12月17日掲載
脚注
  1. ^ 2012年に建設が開始された九州新幹線の長崎ルートは、1km当たり35億円の費用を要する見込みである。
文献
  • Bernard, A B, A Moxnes, and Y U Saito (2014a) "Geography and Firm Performance in the Japanese Production Network", RIETI Discussion Paper 14-E-034.
  • Bernard, A B, A Moxnes, and Y U Saito (2014b) "Production Networks, Geography and Firm Performance", Tuck School of Business Working Paper.
  • Bernard, A B, A Moxnes, and K H Ulltveit-Moe, (2013) "Two-sided Heterogeneity and Trade", CEPR Discussion Paper 9681.
  • Bernard A B, A Moxnes and K-H Ulltveit-Moe (2013), "Firms Trade, Not Countries",VoxEU.org, 15 November.
  • Donaldson, D (forthcoming) "Railroads of the Raj: Estimating the Impact of Transportation Infrastructure", American Economic Review.
  • Duranton, G, P Morrow, and M A Turner(2013) "Roads and Trade: Evidence from the U.S.", Review of Economic Studies.
  • Redding, S J and M A Turner (forthcoming) "Transportation Costs and the Spatial Organization of Economic Activity", in Handbook of Urban and Regional Economics.

2015年12月17日掲載

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