グローバル化する経済と求められる人材育成戦略の検討

乾 友彦
ファカルティフェロー

日本の成長戦略と人材育成

安倍政権の経済政策の三本目の矢である成長戦略においては、経済成長を確実に実現していく上で、グローバル化に対応する人材力の強化といった人材育成の重要性が強調されている。確かに、天然資源が少ないわが国が、急速にすすむ人口高齢化やグローバル化に対応しつつ、これまで以上に経済活力を維持・強化し、成長力を高めていくためには、人的資源の有効活用が重要であることは言うまでもない。

富浦(2014)はグローバル化の一形態である海外アウトソーシングが進むと「一国の産業政策、人材育成にも重要な影響を及ぼすと考えるべきものである」(p.173)と述べている。加えて、人材育成に関してはトロント大学の国際経済学者トレフラー教授の講演(Trefler, 2014)から引用して、「失業してしまった成人の再訓練よりも、脳が発育課程にある幼年期に遡って恵まれない家庭における子供の教育を支援する政策の方が、遥かに政策効率が良い」(p.174)と指摘している。すなわち、グローバル化が労働市場のあり方にも大きな影響を及ぼすことを考慮し、人材育成は早期の段階から開始する必要があると認識すべきである。

ライフステージごとの教育の効果

最近の経済学の研究蓄積では、認知・非認知能力が、賃金などの労働市場で計測される成果をはじめ結婚、生活保護受給、投票行動、健康にまで影響することを明らかにしている。またこうした認知・非認知能力の個人差は、年齢とともに拡大し、この過程における親や教員の果たす役割が重要である(Almond and Currie 2011)。更にライフサイクルにおける「いつ」の時点で「どのような」人的資本投資を行うのが効果的かを明らかにすることも重要であるとの認識が広がりつつある。

しかし、残念ながら日本においてはデータの制約などもあり、ライフステージごとの教育の効果に関する比較研究があまり進んでいない。このような研究成果の蓄積の不足もあり、たとえば最近の公立小学校の少人数制の見直しを巡る議論に関しても、その費用対効果を十分検討したうえでの議論に発展していない。大学改革は成長戦略の重要な一角を担うものとして位置付けられており、教育再生実行会議の提言において、人材育成機能を強化するように求めている。それでは、大学の特色化が図られれば、どのような教育効果が期待できるのだろうか。海外では、大学の教育効果は卒業後の賃金にあらわれると考えて、どのような特色を持つ大学を卒業した人の賃金が高いかということが検証されている。

日本の大学の教育効果

筆者達(Nakamuro and Inui、2013)は大学として何に重点的に投資すれば、賃金の高い人材を輩出できるのかという観点から国内大学の教育効果の分析を行った。学生の生来の能力の違いを考慮するために双生児データと、大学の特色を考慮するため文部科学省の学校別データである「学校基本調査」、大手予備校が公表している偏差値データを用いた。双生児データは、日本在住の20歳から60歳の双生児約1300組の一卵性双生児から情報を収集し、本研究ではそのうち双生児の両方が大卒である約400組を対象にした分析を行った。大学の特色の指標として、 (1)設立主体(国公立か私立かどうか)(2)所在地 (3)学部学生総数(4)博士課程在籍者の比率(5)外国人学生の比率(6)学生と専任教員の割合(7)学生と職員の割合(8)教授の割合(9)専任教員と兼任教員の割合(10)外国人教員の比率(11)大学の選抜性の指標である偏差値の情報、国立大学に関しては、加えて(12)専任教員1人当たり給与(13)学生1人当たりの学費(14)学生1人当たりの補助金といった14項目を使用した。

双生児のデータを使用して遺伝や家庭環境などを制御したモデルの結果をみると、上記大学の特徴の指標は、いずれも学生の賃金に影響を与えていないことが明らかになった。さらに、サンプルを国立大学出身者だけに絞って、教員の給与、学費、補助金などの効果も推計したが、いずれも影響は見られなかった。それでは、なぜ大学の特色が教育効果に影響を与えないのであろうか。

なぜ大学の選択が影響を与えないのか

上記の研究結果では、日本での大学の選択は、一般に期待しているほどには、子どもの将来に大きな影響を与えない可能性が高いことが示唆される。大学の選択が卒業後の賃金に影響しない理由の1つは、学校における資源配分が最適化されていない可能性が指摘できよう。日本の国立大学の場合、国の財政法・会計法などの枠組みが適用されるため、しばしばその弊害が指摘される「科目予算」や「単年度主義」などの存在によって、予算執行の柔軟性が限定されている。また、アメリカの大学と比較してみると、アメリカの有力大学の資金調達は運用・特許・寄附などその収入源が多岐に亘るのに対し、日本の大学はその収入源を学費に頼っているという現状がある。このため、特に私立大学においては、多くの大学で学生数が教員数に比して国際水準よりも高く、おのずと大教室における着席型の講義が多くなる傾向にある。また、国立、私立大学ともに学生数が職員の人数に比して国際水準よりもかなり高く、入試選抜などを担当する専門性の高い職員や教育補助員などによる教育支援体制も十分整っていない。

学校の人材育成機能がうまく作用するためには、学校における資源配分が最適化されるよう、大学の資金調達とその資金配分の裁量を高める規制緩和をセットで進めることが求められよう。さらに、入学する学生の能力や適性、産業構造の変化、経済のグローバル化に応えた教育の特色化を各大学が自己の持つリソースを踏まえて模索する必要があろう。ただし、これも単なる仮説でエビデンスに基づいておらず、大学の教育効果に関する研究も含めて、厳密な実証分析を進めていくことが、日本の人材育成政策の方針を議論する第一歩だと考える。

2015年2月3日掲載
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2015年2月3日掲載

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