科学技術に係る政策評価における「技術標準」の位置づけ-科学技術・イノベーション活動の計測の取り組み50年に寄せて

田村 傑
上席研究員

本稿においては、本年が、科学技術データの基本的な計測方法を定めるフラスカティ・マニュアルの制定会議が開催されてから50年にあたることを踏まえて、マニュアルの持つ意義と今後取り組むべき課題について述べたい。具体的な課題として技術標準が科学技術に係る政策評価の中でどのように位置づけられてきたかに言及しつつ、現状と今後の課題について述べる。

序論

科学技術政策に係る計量データの計測の基本的な枠組みは、経済協力機構(OECD)において定められているガイドライン、「フラスカティ・マニュアル」により定められている。フラスカティとは、イタリアのローマの郊外にある地名であり、この都市でガイドラインの策定のための国際会議が50年前に初めて開催された。

多くの国おいて、科学技術の意義は益々認識されるようになってきており、各国政府による財政的な支援が行われている。日本においてもこれまで4期にわたる、科学技術基本計画に基づき、多額の国費が投入されている。このため国が支援する多くの研究開発プロジェクトや、技術政策が実績評価の対象となっている。この評価においては投入量と産出量を把握する指標が重要な役割を担う。

評価の制度設計において留意すべき点は評価手段となる各指標の重要性は社会変化に応じて変化することである。このために、どのような指標を科学技術の成果を計測する指標として位置付けるかは十分に考慮する必要がある。また、無制限に指標を定めてデータを収集することは費用対効果の点から現実的ではないため、どのような指標を取り入れるかは、常に必要性の検証が必要となる。さらに、新たな指標を用いる場合には、データの収集手法が併せて開発される必要がある。

イノベーションの変質への対応の必要性

これまでの科学技術指標の策定においては、科学技術に強く関係するとされた活動が「科学技術活動」の中に含まれると定義されてきた。一方で科学技術に関係はあるが、強い結びつきがないと判断されたものは、科学技術に関係する活動として分類がなされて、「科学技術関係活動」(Science Related Activity:SRA)と分類されている。これら、SRAと分類された活動は、科学技術に関係する投入データとして考慮されてこなかった (Godin 2001)。

このような背景から、技術標準に関する活動については、SRAと分類されてきた。また、フラスカティ・マニュアルの中では、「科学技術活動」についての計測を中心に定められているので、技術標準に関係する活動についての計測手法は定められていない。今日では、技術標準により、もたらされるイノベーションの成果を社会の随所に見ることができる。それゆえ技術標準に関連する活動を科学技術活動の中に位置づけて効果を測定する意義は、科学技術政策の観点からも高いと考えられる。今後、企業のイノベーションに及ぼす影響が大きくなる点を考慮すると、標準に関する活動を、科学技術活動に該当するように位置づけを変える意義は大きい。

デジタル社会の進展とともに、技術標準の進展に伴う社会的な変化がさまざまな側面で起きており、たとえば製品の製造においては、製品のコンポーネント化が、製品の部品調達から、製品組立てまで影響を及ぼしている。また、多くの身の回りの製品が、ネットワークを介して利用されることを前提とするようになってきている。このようにデジタル化が急速な速度で進む社会において、技術標準が社会に与える影響は更に深化すると考えられる。また、プロダクトイノベーションにおける役割も、ますます高まっていくものと考えられる。

学術界として日本学術会議も、フラスカティ・マニュアルを中心とした科学技術統計データの構築運用について、人材や経費などの科学技術に関係する資源を効率よく配分する上での重要な基礎と考えて関心を有しており、その高度化について提言を行ってきている(日本学術会議 2011)。また、技術標準をイノベーション関係のプロジェクトの成果の評価に際して指標として位置づけようとする流れは米国の国立標準技術研究所(NIST)などにおいても取り組みがなされてきている(Tassey 2003)。

結語

技術標準の歴史は古いが、関係する活動をどのように計測するかは、多くの人が意外と思うほど、まだ十分に議論がなされていないし、認識がなされていない課題と思われる。今から50年前に、イタリアのフラスカティにて科学技術データ計測の取り組みが始まってから、これまで十分に検討がなされてこなかった課題の1つといえるであろう。過去50年、技術標準のイノベーションの実現のために果たす役割はそれほど大きくはなかった。しかし今後の50年において、本課題は科学技術政策およびイノベーション政策に関する学協会、各国の政策担当部局および産業界において重要な課題となるのでないだろうか。

Godin,B.(2001) "Neglected Scientific Activities: The (non) Measurement of Related Scientific Activities,"OST Montreal
日本学術会議 提言「学術統計の整備と活用に向けて」、2011年
Tassey, G. (2003) "Method for Assessing the Economic Impacts of Government R&D,"National Institute of Standards & Technology: Gaithersburg.

2013年8月13日

2013年8月13日掲載

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