政治の安定と企業行動-ねじれ解消の経済効果

森川 正之
理事・副所長

政治の安定と経済成長

今般の参議院議員選挙の結果、与党は自公合わせて76人が当選、参議院全体で過半数の議席を獲得した。これにより2010年の参院選以来3年ぶりに「ねじれ国会」が解消することとなった。アベノミクスを中心とした経済政策への評価とともに政治の安定化への期待が選挙結果に影響を与えたと見られる。今回、特に重要な点は、今後3年間ねじれのない状態が続く可能性が高いことである。

日本に限らず欧米主要国でも、議会両院間あるいは大統領・首長と議会の間のねじれ現象の下では重要な政策決定の停滞・先送りが生じがちである。以前のコラムで述べた通り、頻繁な政権交代といった政治の不安定性が経済に対してネガティブな影響を持つことは、多くの実証研究が明らかにしている(注1)。これらの研究によれば、政治の安定の経済的効果は量的に見て非常に大きく、貿易自由化、法人税率引き下げをはじめとする主な成長政策をはるかに凌ぐ。今般の選挙結果は、それ自体が景気拡大や経済成長に貢献する可能性がある。

ただし、政府は、アベノミクスの3本の矢に加えて、今後、消費税率の引き上げの実施についての最終的な判断を含む財政健全化の道筋の明確化、社会保障制度改革、TPPをはじめとするEPA交渉など国民の間で利害対立が存在するイシューについての政策的意思決定に直面する。ねじれの解消によって、これら経済政策・制度の先行きに対する不確実性の払拭につながるかどうかが、今後、企業の積極的な行動を促す上で重要なカギとなる。

政策の不確実性と企業行動

近年、不確実性の経済的影響に関する研究が活発に行われている(たとえばBloom, 2009; Carriere-Swallow and Cespedes, 2013)。特に、マクロ的な経済環境だけでなく「政策の不確実性」がGDP、設備投資、雇用といった実体経済に大きな負の影響を持つことがわかってきている(Baker et al., 2013)。

経済政策・制度の不確実性は、家計に対して予備的動機による貯蓄積み増しのほか労働供給、教育投資、出産等の行動に影響を与える。たとえば、社会保障制度の将来に対する不安が消費を抑制する可能性は頻繁に指摘されている。また、企業にとって設備投資、研究開発、対外直接投資、人材投資等はいずれも中長期の投資なので、経済政策の先行き見通しの確度が経営判断に強く影響する。たとえば、法人税制や金融政策(金利)は、投資採算を判断する際の資本コストに影響する要素である。雇用保護、派遣労働、有期雇用等の労働市場制度は、従業員採用のコストに関わる。社会保障制度も企業の事業主負担を伴うため同様の影響を持つ。TPPをはじめとする通商政策は、貿易・直接投資のコストを変化させるため、企業のグローバル展開の判断に関係する。これらの投資には不可逆性や調整費用が存在するため、政策の先行きが不確実な場合、見通しがはっきりするまで動かずに待つ("wait and see")ことが合理的になりうる。このため、将来の不確実性が高いと、投資や雇用を抑制する効果を持つことになる。

つまり、仮に良い政策であっても1~2年後に変更されるかも知れないと判断されるならば、長期の投資の実行には結びつかない。政治の安定が実体経済に対してプラスの効果を及ぼすためには、政権の安定にとどまらず個々の政策や制度の持続性に結び付くかどうかも重要である。

企業にとってどのような政策の不確実性が問題か?

しかし、これまでの研究は主にマクロ的な不確実性の影響を分析しており、個々の政策や制度に立ち入った研究の蓄積は乏しい。そこで、日本企業が具体的にどういう政策に不確実を感じているのか、それが企業経営に与える影響をどう認識しているのか、どういった経営判断に対して強い影響があるのか、上場企業を対象に調査を行った。以下、その要点を紹介したい(注2)。

まず、税制、社会保障制度、労働市場制度、会社法制、通商政策といった各種制度・政策について、先行きの不透明感(不確実性)を「非常に不透明感がある」、「やや不透明感がある」、「あまり不透明感はない」の3つから選択するという形式で尋ねた(注3)。その結果によると、日本企業にとって不確実性が最も高い政策は通商政策、次いで社会保障制度であった。これらに次いで環境規制、税制、労働市場制度が挙げられている(表1参照)。

表1:経済制度・政策の不確実性とその経営への影響(%)
表1:経済制度・政策の不確実性とその経営への影響(%)

次に、各種政策の不確実性が企業経営に与える影響について尋ねた。選択肢は、「非常に影響がある」、「やや影響がある」、「あまり影響がない」である。その結果、「非常に影響がある」制度・政策として税制を挙げた企業が最も多く半数近くにのぼる。次いで通商政策、環境規制が約3割、労働市場制度、会社法制、社会保障制度が約2割となっている。製造業と非製造業を分けて見ると、通商政策および環境規制は製造業が、土地利用・建築規制や消費者保護制度は非製造業が相対的に高い数字である。

不確実性は、設備投資、イノベーション、M&A、新規採用等さまざまな企業行動に影響がありうる。そこで、政策の不確実性が大きく影響する経営判断を尋ねた。その結果、設備投資を挙げた企業が最も多く約三分の二、次いで海外進出・撤退が約半数、そして正社員の採用、組織再編と続いている(表2参照)。これら長期の投資決定にとって、経済政策・制度の予測可能性が重要なことを示す結果である。

表2:政策の不確実性の影響が大きい経営判断(%)
表2:政策の不確実性の影響が大きい経営判断(%)

政府は、今後、民間企業の設備投資を拡大するための税制改正に取り組むとしている。企業の前向きな投資を活発化し、日本経済の成長力を引き上げる上で、そうした支援措置への期待は高いが、同時に、通商政策、社会保障、労働市場制度といった産業横断的な制度・政策の予測可能性を高めることも経済活性化に大きく貢献することを示唆している。

本コラムでは、企業への影響に焦点を当てたが、先行きの透明性が高まることは家計行動にも前向きの効果があるだろう。今後、財政健全化、社会保障制度改革をはじめ、利害対立がある中での政治的判断が不可欠な政策イシューが控える中、政治の安定が長期低迷の続いてきた日本経済のパフォーマンス向上に結び付くことが期待される。

2013年7月22日
脚注
  1. ^ 「政治の安定と大震災後の経済成長」(2011年4月6日特別コラム)
    http://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0311.html
  2. ^ 結果の詳細は森川(2013)参照。
  3. ^ 調査において具体的な制度・政策として挙げたのは、1)税制、2)社会保障制度、3)事業の許認可制度、4)労働市場制度、5)環境規制、6)土地利用規制・建築規制、7)消費者保護規制、8)会社法制・コーポレートガバナンス、9)通商政策の9つである。
参照文献
  • Baker, Scott R., Nicholas Bloom, and Steven J. Davis (2013), "Measuring Economic Policy Uncertainty," unpublished manuscript.
  • Bloom, Nicholas (2009), "The Impact of Uncertainty Shocks," Econometrica, Vol. 77, No. 3, pp. 623-685.
  • Carriere-Swallow, Yan and Luis Felipe Cespedes (2013), "The Impact of Uncertainty Shocks in Emerging Economies," Journal of International Economics, Vol. 90, No. 2, pp. 316-325.
  • 森川正之 (2013), 「政策の不確実性と企業経営」, RIETI Discussion Paper, 13-J-043.

2013年7月22日掲載

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