産学官連携の効果的推進に向けて

冨田 秀昭
上席研究員

なぜ、産学官連携が重要か?

イノベーションのもとになるアイデアないし知識は、公式・非公式を問わず、人々の間での情報交換を通じて知的刺激を受けた者により生み出される。最初は研究者間での雑談にすぎない情報のやり取りであっても、開発、設計、試作と実用化段階に近づくにつれて、企業、大学、政府(および公的研究機関)の三者間を横断する形での情報交換、知的刺激の授受が多くなる。公共財的な技術知識はいわゆる「スピルオーバー効果」を有し、さまざまなルートを通じて外部に拡散して行き、場合によっては他者により模倣されることになってしまうことになりかねない。そこで、こうした外部経済効果を内部化する1つの方法として、チームを構成する産学官の関係者が連携することにより、効率的な研究開発を推進することが重要になるのである (注1)。

特に、現在、主流になってきているのは、バイオテクノロジーをはじめとするライフサイエンス(生命科学)、情報技術(information and communication technology)、ナノテク分野などのいわゆるサイエンス型産業(science-based industries)であると考えられている。このような最先端分野は、科学研究の成果を産業化に結び付けるだけでなく、技術開発や生産の過程で見出された知識を科学に応用するケースもあり得る点で、双方向で科学との結びつきが強い分野である。さらに、人的にも資金的にも膨大な研究開発投資の負担が予想され、基礎研究的なプロジェクトの要素を多く有する研究開発分野であると考えられる。

サイエンス型産業の分野で研究開発を効率よく推進し、成果に結び付けていくためには、これまで以上に産学官全てのプレイヤーがそれぞれの分野の得意能力を発揮し、補完しながらイノベーションを進めていく必要がある。

産学官連携の真価が問われる今後の10年

米国では、1970年代後半に生じた経済の国際競争力低下を背景に、1980年代より産業競争力強化への取り組みがなされてきた。その1つが1980年に導入されたバイ・ドール法である。その骨子は、大学・企業等が政府資金を利用して行った研究開発の成果物としての特許を大学・企業が所有できるようにしたものである。これにより、大学・企業発の技術開発が加速し、ベンチャー企業の設立が増加するなど、米国の産業競争力回復の契機になったと言われている (注2)。現在、米国の大学の研究成果に関するライセンス収入は20億ドルを超える水準にもなるという (注3)。

他方日本では、失われた10年とも言われるバブル崩壊後の1990年代を経て、概ね2000年代より競争力強化を目指して、取り組みが実施されてきた。米国に遅れること約20年でスタート台に立ったわけであるが、1999年には日本版バイ・ドール法、2000年には産業技術力強化法(大学教員の兼業緩和等)が制定された。図は文部科学省が取りまとめている大学等における産学連携等実施状況から抜粋したものである。これをみると、2005年度以降、特許実施等件数および特許権実施料収入はともに増加傾向にあるが、本格的な取り組みが始まって僅か10数年、まだ緒に就いたばかりであり、米国の実績等と比較するとまだまだこれからという状況かと思われる (注4)。

図:特許権実施等件数及び特許権実施料収入の推移
図:特許権実施等件数及び特許権実施料収入の推移
(注)「特許権実施等件数」とは、実施許諾または譲渡した特許権の数を示している。
(資料)「平成22年度 大学等における産学連携等実施状況について」文部科学省大学技術移転推進室(平成23年11月30日)より作成。

産学官連携コーディネータの育成が急務

産学官連携が重要になるサイエンス型産業でのイノベーション事例が増加すると考えられる中で、大学・公的研究機関の研究者のインセンティブ(オープン・サイエンス志向、プライオリティ重視)、民間企業の技術者のインセンティブ(専有化志向、ミッション重視)の両者を理解し、調整する役割を果たす産学官連携コーディネータ(ないしはマネージャ)を育成していくことが急務であろう (注5)。

文部科学省でも2001年度以来、産学官連携支援事業により全国の大学にコーディネータを配置しており、2008年以降は地域の知の拠点担当、目利き・制度間のつなぎ担当など役割の特化が進んでいる。すなわち、コーディネータには従来以上に高度な役割が期待されている状況である。地域レベルで産学官連携コーディネータの一覧を作成し、地域外との連携を模索している地域も見られる (注6)。広島大学においても、個別組織ベースの活動に留まりがちであった状況を改善すべく、新たなイノベーションを起こす新結合を目指して一層広域的な連携に力を入れている。なお、広大で産学官連携を担う産学・地域連携センターは文科省事業による国際的産学官連携活動を実施しており、海外駐在の国際産学連携コーディネータの配置等が奏功し、海外企業との共同研究・受託研究、ライセンス収入等で実績を挙げている。

今後、サイエンス型産業でのイノベーションを担うコーディネータを養成する必要があるが、大学でより高度な人材育成を狙ったプログラムを充実させるとともに、絶対数としても増やしていく必要がありそうだ。産学官連携コーディネータとして一定の基準を満たしたものに国として資格を与え、ある種の名誉職として登録し、随時派遣するという制度も考えられよう。一部で必要性が声高に叫ばれている割には、コーディネータという人材について世の中一般の人々に認知されていないことも問題である。国として、産学官連携コーディネータの必要性を改めて広くPRするとともに、大学における人材育成プログラム作成のためのバックアップなど、一層の支援を行っていく必要があろう。

2012年7月31日
脚注
  1. ^ 元橋 (2003, 2005) は、産学連携、研究開発の外部連携に関する実態調査結果により産学連携の効果を実証的に確認し、大企業中心に行われてきた日本の「自前主義」によるイノベーションシステムをオープンなネットワーク型に改革するために、産学連携への取り組みを強化すべきであると結論づけている。
  2. ^ ただし、米国の競争力回復に対するバイ・ドール法の効果を巡っては、アカデミズムの世界では限定的とする実証結果が多い。岡田 (2006) を参照のこと。
  3. ^ 詳細は、羽鳥 (2011)を参照のこと。
  4. ^ 筆者が所属する広島大学は、特許権実施等件数283件(全国第3位)、特許権実施料収入約1400万円(同第15位)と比較的健闘している(順位は全国の大学等調査対象機関中での2010年度実績)。
  5. ^ 岡田 (2006) は、科学者および技術者のインセンティブ構造の違いをいかに調和、融合させるかが産学官連携によるイノベーションを成功させるポイントであると強調している。
  6. ^ 九州経済産業局では、九州地区の主要大学をピックアップし、各大学に所属する産学官連携コーディネータ一覧をweb掲載している。
文献
  1. 元橋一之(2003)「産学連携の実態と効果に関する計量分析: 日本のイノベーションシステム改革に対するインプリケーション」RIETI Discussion Papers Series 03-J-015.
  2. 元橋一之(2005)「中小企業の産学連携と研究開発ネットワーク: 変革期にある日本のイノベーションシステムにおける位置づけ」RIETI Discussion Papers Series 05-J-002.
  3. 岡田羊祐(2006)「産学官連携と政府の役割-ナショナル・イノベーション・システムの視点から-」鈴村・長岡・花崎編『経済制度の生成と設計』東京大学出版会、pp.337-374.
  4. 小田切宏之(2006)『バイオテクノロジーの経済学』東洋経済新報社.
  5. 羽鳥賢一(2011)「産学連携と知的財産マネージメントの現状と課題」『特技懇261号』2011.5.27.

2012年7月31日掲載