社会的ネットワークと起業

松田 尚子
研究員

はじめに

Dyer et. al(2011)は、社会的ネットワークの構築・活用能力は起業家にとって必要不可欠な「DNA」の1つであると指摘している。しかし、起業家はいつでも誰とでも知り合いになり、頻繁に情報交換をしておけば良いという訳ではない。本稿では、起業活動の主な局面を3つ挙げ、起業家にとって望ましい社会的ネットワーク構造のあり方は、それぞれの局面毎に異なるということについて整理してみたい。

まずStuart & Sorenson(2005)に従って、起業活動の数々の局面から(1)事業機会の発見(2)知的資本の獲得(3)金融資本の獲得という3つの局面を取り上げる。「社会的ネットワーク」とは、起業家と金銭的取引、知識、価値観、感情、血縁等を媒体として結びつけられている仕事上の知り合い、友人、家族等の人的関係のことである。また、単に起業家が誰と関係があるのかということよりも、ネットワーク構造-たとえば、構造的空隙(structural holes)、弱い紐帯/強い紐帯(weak ties/strong ties)-についての議論に重点を置くこととする(Hoang & Antoncic(2003)参照)。

起業家にとって望ましい社会的ネットワークとは

まず(1)の事業機会の発見の局面では、起業家は社会的ネットワークを通じてビジネスモデルのアイデア発見や顧客開拓等、新しいビジネスチャンスにつながる情報を得ている。それらの情報は誰でもアクセスできる程広く公表された情報ではないが、情報の質として玉石混淆であることが多く、浅く広く頻繁に会うわけではない人的関係("weak ties")から情報を集めることが、起業家にとって効率的である。さらに情報交換の相手は単に数が多ければ良いという訳ではなく、相手の多様性や希少性も重要である。またBurt(2004)は、アメリカの電気機器メーカー社内の人的ネットワークからデータを得て、「最も評価されるアイデアを見つけられるのは、構造的空隙(structural holes:お互いに知り合いが居ない複数の集団間の結節点)に位置する人である」と言っており、起業家にも同様のことがいえると考えられる。

(2)の知的資本の獲得の局面では、たとえば大企業で得られた暗黙知を経営資本の柱とするスピンオフベンチャーの立ち上げ時において、起業家と暗黙知の提供者が頻繁に情報交換を重ねることが必要と考えられている。このような親密な関係は、(1)の局面において重要とされる社会的ネットワーク"weak ties"に比して、"strong ties"と呼ばれている。

(3)の金融資本の獲得、たとえば投資家から資金を集めるにあたり、起業家は投資家との強く継続的な信頼関係を築くことが求められる。これは暗黙知提供者と頻繁に情報交換が必要な(2)と同様である。加えて、投資家による評価は、他の投資家や起業家の同業者からの評判に左右されることが多いため、起業家は投資家との1対1だけでなく、他の投資家や同業者の仲間内での評判を守っておくことも重要となる。

これまでの議論から、起業家が大口増資計画中に異業種交流イベントに参加しても、増資の引き受け手を見つけることは期待できない、逆に起業構想を練っている場合には、いつも同じメンバーで起業勉強会を開いていても良いアイデアは得られないといった示唆を得ることができる。

研究分野の今後の発展

Thomson Reutersの提供するデータベース"Web of Science"(世界の主要学術雑誌の論文情報を収録)によれば、社会的ネットワークと起業の研究は、2000年代後半から論文数が増え始め、経営学だけでなく経済学、社会学、技術経営等さまざまな分野に拡がっている。国別に見ると、特に中国における本分野での研究が、同国における学術論文数の総体的増加を勘案しても、著しく盛んになっているといえる。これは、世界で活躍する華僑の存在等により、社会的ネットワークと起業家の関係についての関心の高さを示していると考えられる。日本での研究も、今後は増加することを期待したい。

最後に、本稿で整理した研究の今後の方向性であるが、起業家の社会的ネットワーク構造の生成メカニズム(たとえば(3)の局面における、起業家と投資家の強く継続的な関係構築のきっかけとは何か)や、起業タイプ別(たとえばスピンオフベンチャー、高度な技術イノベーションをコアとするベンチャー等)の社会ネットワークの整理等が面白い論点となるのではないかと考えている。

このように研究を発展させることで、望ましい社会的ネットワークを実現する方法を明らかにし、他の先進諸国に比べて活発とはいえない我が国の起業活動を、少しでも上向きにすることに貢献できればと思う。

2012年6月5日

投稿意見を読む

文献
  • Burt, R. S., 2004. Structural Holes and Good Ideas. American Journal of Sociology. 110.2, 349-399.
  • Dyer, J., Gregersen, H., Christensen, C.M., 2011. The Innovator's DNA: Mastering the Five Skills of Disruptive Innovators. Harvard Business Review Press, Massachusetts.『イノベーションのDNA-破壊的イノベーターの5つのスキル』(クレイトン・クリステンセン、ジェフェリー・ダイアー、ハル・グレガーセン著、櫻井裕子訳、2012年、翔泳社)
  • Hoang, H., Antoncic, B., 2003. Network-based research in entrepreneurship: A critical review. Journal of Business Venturing. 18, 165-187.
  • Stuart, T.E., Sorenson, O., 2005 Social Network and Entrepreneurship. In: Alvarez, S. A., Agarwal, R., Sorenson, O., (Eds.), Handbook of Entrepreneurship Research: Disciplinary Perspectives, 233-251. New York: Springer 2005.

2012年6月5日掲載

この著者の記事