特別コラム:東日本大震災ー経済復興に向けた課題と政策

何故「市場機能を用いた電力の需給調整制度」は活用されないのか

戒能 一成
研究員

市場機能を用いた電力の需給調整制度と初期状態

はじめに、本稿において「市場機能を用いた電力の需給調整制度」とは、電力需給の調整において通常時における供給を限界費用による供給とし、混雑時に垂直な供給曲線を仮定した「混雑料金」を付けることにより、需要の価格弾力性に応じた需給の調整を図る料金制度であると定義する。

電力は廉価大量に貯蔵することが困難で「同時同量性」などの技術的制約などがあるため、最大需要に送変配電損失を加えさらに安定性制約を満たすだけの発電設備容量が確保されていなければ停電してしまう性質がある。従って、発電設備容量から損失・制約分を控除した供給上限量で供給曲線は垂直に立上がることになる。

電力においては当該供給上限量において固定費がなお可変費より圧倒的に大きいため、限界費用曲線は平均費用曲線と交差せず常に下方にある。このため当該制度の下で供給側の電力会社は通常時には可変費とわずかな固定費が回収できるだけであり、混雑時料金で固定費の大部分を回収することになる。

議論の見通しを良くするため家庭用電灯の第三段階料金を例とすると、可変費(燃料費等)は約\5/kWhで固定費(減価償却費等)は約\20/kWhであり、現状で電力需要は7・8月及び2月の平日昼間4時間(年通算240時間)にのみ極大化するため、当該制度導入直後の初期状態では通常時料金は\5/kWh、混雑時料金は\735/kWh程度でなければならないこととなる。

図1:市場機能を用いた電力の需給調整制度 (初期状態)
図1:市場機能を用いた電力の需給調整制度 (初期状態)

市場機能を用いた電力の需給調整制度への需要側・供給側の対応と問題点

冒頭で述べたような市場機能を用いた電力の需給調整制度が開始された場合、既存文献を参考に電力の価格弾力性を -0.1と考えても、1kWh当\710-(2840%)もの混雑時料金が付加される時間帯の需要は「節電」により激減し初期状態での混雑はただちに解消することになる。反対に通常時の需給量は一定程度増加するため、やがて当該制度の効果により負荷平準化が達成され混雑はほぼ完全になくなると予想される。

ところが、混雑がなくなると供給側の電力会社は混雑時料金による固定費の回収ができないため、毎期減価償却費分などが赤字として累積することとなり、設備投資ができないばかりかやがて企業活動を維持できず市場から退出してしまうこととなる。

仮に混雑時料金を\735/kWhといった極端な額とせず週単位・日単位での混雑時料金の設定を認め料金の差を圧縮した場合でも、混雑時料金でしか固定費が回収できない制度としている限り結果は同じであり、いずれ固定費が回収できなければ電力会社が全て退出してしまい誰も電力を供給しなくなってしまう。

つまり、冒頭で述べたような市場機能を用いた電力の需給調整制度は、短期的な混雑の解消という点では非常に有効であるが、中長期的に供給側での固定費の安定的な回収が困難であるため制度として問題が多いということである。

市場機能を「考慮した」電力の需給調整制度と今後の課題

こうした問題を解決する妥協策として、通常時の料金を限界費用とせず一定程度の固定費の上乗せによる回収を認めるが、混雑期と通常期で固定費の回収度に差を設け価格差を付けるという、市場機能を「考慮した」電力の需給調整制度が考えられる。当該手法は既に家庭用深夜電力料金や産業用の季節別・時間帯別料金制度で用いられてきた手法であり DSM: Demand Side Management による負荷平準化措置として広く知られている。

たとえば電力の価格弾力性を -0.1とし現状の固定費回収を中立とすると、年通算240時間の電力需要の極大期に現状から15%節電するために必要な価格差は150%であり混雑期料金は\62.5/kWh、通常期料金は\18.8/kWhということになる。同じことは電気に関して課せられている電源開発促進税を混雑期と通常期で税収中立とした不均一課税(マイナスの場合補助)によって実現することも理屈上は可能である。

勿論当該妥協策にも問題があり、総括原価主義など平均費用に基づいた規制料金を基準にして価格差を設けることになるため、通常期・混雑期における固定費の公正な回収について詳細な規制制度を引続き設定・運用する必要があること、需要の調整が確実ではないためなお停電の恐れが残ることなどの点が問題点として指摘できる。

さらに、当該制度を実施しようとした場合、現状の日本国内の家庭用受電設備は時間帯などを識別する機能がない廉価な「積算電力計」が用いられているため、当該料金を正しく徴収する手段がないという実務上の問題がある。こうした時間帯などを識別・管理できる家庭用受電設備は「スマートメーター」と呼ばれる。「スマートメーター」は現状でなお相対的に高価であり、今後如何にこれを大量普及させていくかが電力需給政策上の「次の一手」を考える上で非常に重要な課題となっているところである。

一方、上記の厳密な意味での時間帯別料金が課せなくても、目下の震災による大規模電源設備喪失のような非常時には、暫定的な措置として7・8月や2月の混雑期に電気料金を一定程度引き上げ、同額相当を通常月の料金引き下げにより返すという「近似的手法」の実施も十分考慮に値するのではないかと筆者は考えている。

図2:市場機能を「考慮した」電力の需給調整制度
図2:市場機能を「考慮した」電力の需給調整制度
2011年7月21日
文献

2011年7月21日掲載

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