特別コラム:東日本大震災ー経済復興に向けた課題と政策

一律15%削減でも構わない

川口 大司
ファカルティフェロー

7月1日より電力使用制限令が発令され、大口需要家には電力使用量の昨年度比15%減が義務付けられるようになった。また小口需要家の事業所や家庭にも使用量の15%減が努力目標として科せられることになった。

価格調整か数量調整か?

このような数量規制に対して、多くの経済学者はむしろ電力料金の値上げで需要を抑制するべきだと主張している。しかし、どれだけの幅で電力料金の値上げをするべきかまで踏み込まなければ、具体的な政策提案にはならない。

電力価格をどれだけあげれば15%需要を削減できるかは、電力需要曲線の形状に依存する。しかし、現実には日本における電力需要曲線の形状というのはそれほど明確になってはいないようだ。いくつか存在する実証研究の1つである秋山・細江論文(RIETI Discussion Papers Series 07-J-028)によれば、生産量を所与とした生産量条件付き要素需要関数の価格弾力性には地域間のばらつきがある。今回の電力不足に対しての対応を考えると、もっとも関連すると思われる推定値は、東京電力管内における短期の価格弾力性であるが、この値はおおよそ0.07と推定されており、95%信頼区間は0.01から0.12の間である。価格弾力性が0.07とは、電力価格が10%増加した時に電力需要が0.7%減少することを意味する。誤差が大きな計算になることは否めないが、電力価格を3倍にしたとき(200%増加させたとき)、電力需要量はおおよそ14%減少する。そのために電力使用量を15%削減しようとすると、電力価格は3倍以上に増加させる必要がある。価格弾力性の推定値にはブレがあり仮に0.01という数字を取れば電力需要量15%削減のためには1500%の電力価格上昇が必要で、0.12という数字を取れば、125%の電力価格の上昇で済むことになる。なお、1500%の電力価格上昇というシナリオの際には経済全体の生産量も大幅に落ち込むことが考えられるので、生産量条件付き要素需要関数を用いた議論は適切ではなく、より少ない電力価格の引き上げで目標を達成することができるだろう。いずれにせよ、15%削減を達成するために、どれだけ価格を上げればいいのかについては相当幅を持った提案しかできないのが現状だ。

今回の需給調整ではミスが許されない。電力需要量が電力供給量を超えると大規模停電が起こるためである。そのため、仮に価格調整によって電力需要量の抑制を図るとすると、万が一にも大規模停電が起こらないように余裕を見て高めの電力価格設定をすることが必要になろう。その高めの価格設定のもとで電力を提供して、ふたを開けてみると大幅に電力が余っていたという非効率性が発生する可能性が非常に高い。

このようなリスクをおかして価格調整で電力需要量を調整しようとするよりも、直接電力需要量にキャップをかけようとするこの夏の政府の政策は、政策実施までの期間の短さを考えれば現実的である。経済構造について政策当局が不完全な知識しか持たない場合、数量規制が価格規制に優越する可能性があることは、マーティン・ワイツマンが1974年に「価格対数量」と題する論文で指摘している。家庭向け契約において40アンペア以上の契約の基本料金を大幅に引き上げたり、大口需要家に対して需給調整契約を拡大したりすることで、需要を抑制するべきだという案が経済学者や民間コンサルタントなどからすでに提出されているが、これらの案にはピーク時使用電力量を直接制御するという考え方が織り込まれている点に注意する必要がある。

共同制限使用スキームが達成可能な効率性

一律15%の削減に経済学者が危機感を覚えるより本質的な理由は、電力使用量削減の限界費用が事業所によって異なるため、非効率性が発生することである。たとえば同じ規模の製鉄所、事業所Aと事業所Bがあると考えよう。事業所Aはディーゼル駆動の自家発電機を持っていて、それを動かすことで多少のコスト増を覚悟すれば15%の電力使用量の削減が可能で、必要であれば30%の削減も可能だとしよう。一方で事業所Bはそのような代替的な発電施設を持たず、電力使用量の15%削減を達成することがそのまま生産減につながってしまうとしよう。すなわち、電力使用量を15%削減することの限界費用は事業所Aでは小さく、事業所Bで大きい。この状況で事業所Aと事業所Bにそれぞれ15%の削減を厳密に義務付けることは、必要のない生産減を招くという意味で社会的なコストが大きい。

事業所AとBがそれぞれ15%削減する代わりに、事業所Bは電力使用量を減らさず、事業所Aに電力使用量を30%減らしてもらい、その対価を支払うという取引が許されたとしよう。この取引が許されれば、生産へのダメージを最小化しつつ、2つの事業所の合計の電力使用量を15%削減できる。このように電力使用量の15%削減枠を事業所を超えてやり取りする仕組みは二酸化炭素の排出権取引のようなアイデアだが、実は今回の政策実施に当たり「共同制限使用スキーム」として実現されている。これは企業の枠を超えて複数の事業所が合算で15%削減を達成することを認める制度である。この制度をうまく使えば、電力使用量15%削減の社会的な費用は最小化できる。制度紹介のウェブページなどを見る限り、この枠のやり取りの対価としての金銭のやり取りを禁じているということはなさそうだから、15%を超えた削減枠をある事業所から買い取り、ほかの事業所に売るという形でスキームを作り上げることはビジネスにもなるだろう。ポイントはこのスキームにどれだけの事業所が参加するかである。

もちろん、来年の夏に向けての電力需要抑制に当たっては電力料金の値上げが筋だろう。いくら引き上げればいいかであるが、上記の「共同制限使用スキーム」で電力使用枠がいくらくらいで取引されているかを知れば、経済全体で15%削減するにあたっての限界費用がどれくらいかの検討がつくだろう。また、小口需要家・家庭をも含む電力需要の価格弾力性を正確に知る必要があるが、電力料金引き上げのタイミングを地域によってずらすなど、のちに電力需要関数の推定を行いやすいような社会実験的な側面を組み込んで電力料金を上げていくといった工夫が必要だろう。

2011年7月14日

2011年7月14日掲載

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