特別コラム:東日本大震災ー経済復興に向けた課題と政策

今こそ統計の出番:大震災からの復興の第一歩

宇南山 卓
ファカルティフェロー

東日本を襲った大地震から、3週間が経過した。死者・行方不明者は2万人を超え、なお被害の全容はつかめていない。また、福島第1原子力発電所の放射性物質の漏えい事故の先行きも依然として不透明である。事態は現在進行形で進展しつつあるが、避難所での生活を余儀なくされている被災者の状況や、電力不足に悩む地域の経済を考えれば、震災後の復興について検討する段階になりつつある。

ここでは、復興に向けた政策の立案に先立ち、政府が今すぐ取り組むべき課題として統計調査の着実な実施を挙げたい。統計調査は、被災者の生活を直接支援することはできず、放射線を弱める効果もない。一見すると、あまりに悠長で緊張感のない政策に見える。しかし、この非常時にこそ統計の出番であり、日頃の統計行政の価値が試されている。

非常時にこそエビデンス・ベースド・ポリシー

近年、実証的な根拠に基づく政策、すなわちエビデンス・ベースド・ポリシーという概念が提唱されてきた。国民生活に大きな影響を与える政府の政策は、客観的な根拠に基づいて決定されるべきなのは当然である。しかし、現実には、しばしば「経験と勘と度胸」で重要政策が決定されてきた。特に、今回の震災のような緊急事態が発生すると、スピードを求めるあまり実証的な根拠を軽視する傾向が強まる。あたかも、実証的な根拠が求められるのは「平時の」政策決定であるかの如くである。

しかし、平時であれば、意識せずとも日々の業務の中で多くの経験が蓄積し、過去の延長として政策決定をすることの弊害は小さい。それに対し、震災のように本質的な「構造変化」が生じている非常時では、日頃の経験はほとんど役に立たない。未曾有の事態で適切に意思決定をするためにこそ、実証的な根拠が役立つのである。

では、求められる実証的な根拠とはどんなものであろうか? 今回は、地震から時間的にラグのある津波によって大きな被害がもたらされたため、悲劇的な状況が映像的にリアルタイムで報じられた。また、情報通信技術の進歩を反映し、これまでの災害以上に多くの悲劇的なエピソードが伝えられている。これらのエピソードに基づく情報は、政策決定に根拠を与えるエビデンスであろうか?

答えはNoである。政府に必要なのは、全体を包括的に把握する客観的かつ定量的なエビデンスであり、個々のエピソードではない。エピソードには、悲劇を目の当たりにすることで復興への関心を高め、人的・金銭的な支援を増加させる効果はある。しかし、復興に向けての政策決定には、全体を俯瞰した情報こそ重要であり、それを提供できるのは「統計」以外にありえない。統計調査こそが、復興策の第一歩である。

復興の課題とエビデンス

ここでは、復興に際してエビデンス・ベースド・ポリシーが特に重要となる課題を2つ挙げる。1つが、復興支援の地域的な分配であり、もう1つが、計画停電の問題である。以下では、なぜエビデンスが必要なのかを論じる。

今回の大震災では、阪神淡路大震災と比較し広範囲な地域に被害が出ており、限られた復興予算を適切に地域間で配分することは政治的にも経済的にも重要な課題である。当面の対応は被害を受けた地域の「復旧」が中心と考えられ、政策的な選択の余地は少ない。しかし、その次の「復興」の段階になれば、被害の状況や震災後の東日本のグランドデザインに基づき、政府は多くの選択を迫られることになる。

復興支援の分配は、対象地域の将来を左右するものであり、被害の深刻さやその地域のグランドデザインにおける位置づけに基づいて決定されるべきである。間違っても、報道における注目度や地元政治家の影響力で決定されるべきではない。津波で壊滅的な被害を受けた陸前高田市・気仙沼市・南三陸町などの被害が注目されるが、甚大な被害を受けていながらその実態すら把握されていない地域も多く存在する。その意味で、公平かつ有効な復興支援には、一刻も早い被害の全容の把握が必要である。

1995年の阪神淡路大震災からの復興のために、震災の約40日後に1994年度第2次補正予算が、4カ月後に1995年度第1次補正予算が成立している。今回も同様のスケジュールで進むとすれば、人的・物的な被害の全容を把握するのに許される時間はせいぜい3カ月程度である。すでに3週間が経過しているにもかかわらず、人的被害すら確定できないことを考慮すれば、調査に時間的な猶予はほとんどない。

エビデンス・ベースド・ポリシーが求められるもう1つの課題が、東京電力管下の地域で実施されている、いわゆる計画停電の問題である。計画停電の初日には、鉄道も停電の影響を受け大混乱であった。現在も、停電となる地域が不明確であるなどの問題から、社会・経済活動の大きな障害となっている。

現行の計画停電の最大の問題は、実質的に「割当制度」となっていることである。必要性にかかわらず、一律で電力の供給をストップすることは、非効率かつ非公正な措置である。非常時の緊急避難としてはやむを得ないとしても、夏以降も電力供給が回復しないとすれば、価格メカニズムを導入した代替的な措置が求められる。すなわち、ピーク時や一定以上の電力使用に対し相対的に高い価格をつけ、使用量自体は自由意思にまかせて電力総需要をコントロールする方法である。電力に「より多くの支出をしても構わない」という経済主体、すなわち「より電力を必要とする」主体に供給することができ、自主的な節電を促すこともできるという点で、割当制度より望ましいメカニズムである。一方で、病院や貧困層などにとっては、価格の上昇によって大きな負担を強いることになり、分配上の配慮が必要となる。

この価格メカニズムを適切に運用するには、データに基づく考察が不可欠である。電力需要の価格弾力性、すなわち価格をどれだけ引き上げれば需要がどれだけ減るか、を把握できなければそもそも価格メカニズムは機能しない。また、価格引き上げによる負担を補償するとすれば、計画停電と比較して病院や貧困層がどれだけ電力消費を減らし、金銭で換算するとどれだけの負担をするかの推定も必要である。

現在の計画停電下での企業・家計の行動を観察することで、こうした考察に必要なデータを収集することはできる。また、これまでの企業活動や家計行動のデータも活用する必要もある。しかし、電力需要がピークを迎える8月までには解決する必要があり、単純にデータを集めるだけでは不十分であることから、やはり時間的な猶予はほとんどない。

既存調査の継続を

ここまで震災後の復興策をより有効に計画するためにも、統計の整備をしなければならないことを述べてきた。では、その方法としてどのような手段が考えられるであろうか? その答えとして、通常の統計調査を継続することの重要性を強調したい。もちろん、被害の状況を把握するには、通常の統計とは異なる調査が必要である。しかし、それ以外のほとんどの局面では、月次・年次で実施される経常調査を間断なく継続することが有効だ。

具体的には、生産動態統計、家計調査、労働力調査、毎月勤労統計などの月次データが速報性の観点から重要な統計である。また、年次統計ではあるが、健康状態を調査している国民生活基礎調査は、中長期的な重要性が増すだろう。こうした調査の実施に、平時以上の人員・予算を振り分けることが求められる。

通常の統計調査を継続することには3つの利点がある。まず第1に、調査体制がすでに確立していることである。上でも述べたように、ここ数カ月で一定の結果を得なければならないことを考慮すると、新たな調査を企画して実施することは非現実的である。それよりは、大きな被害を受けている市町村などの調査実施主体を重点的にサポートすることで、現在の統計体系を維持することが有効と考えられる。

経常調査の利点の第2は、通常時との比較ができるため、震災の影響を明確にとらえることができる点である。非常時だけの特別調査では、何がどれだけ「変わった」のかという意味での被害は把握できない。非常時だからこそ、通常の調査項目を調査し続けることに重要な意味がある。

そして、第3として、統計間の相互補完性である。これまでの蓄積によって、統計相互の関係がある程度把握されている。その関係を活用すれば、被災地の状況を直接把握するのではなく、日本全体を補完的な統計から把握し、被災地以外の状況を差し引いて逆算することができる。調査が完全に不可能な地域が出ることを想定すれば、次善の方法として考慮する必要がある。この方法を実行するには、深刻な被災地以外の地域では、調査ができる限り通常通り実施されることが前提となる。

現在の状況を今まさに調査しなければ、永遠に記録する機会が失われる。統計なくして復興策を立案することは、目隠しをして大震災の被害と立ち向かわなければならないことを意味する。震災から立ち直ろうとしている人々のためにも、またこうした悲劇を後世の政策に活用するためにも、政府の統計への積極的な取り組みに期待したい。

最後になるが、今回の震災で被害にあわれた方々には、心よりお見舞い申し上げたい。

2011年3月30日

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2011年3月30日掲載

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