特別コラム:東日本大震災ー経済復興に向けた課題と政策

大震災に立ち向かう - 大震災後の経済政策のあり方 -

小林 慶一郎
上席研究員

未曾有の大震災に際し、お亡くなりになった数多くの方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、被災者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。

我が国の歴史上、未曾有の大震災が発生し、被災地の悲惨な状況や被災者の苦しみに報道で接するにつけ、いてもたってもいられず、胸のつぶれる思いである。大地震と大津波の被害に加え、本稿執筆時点では、福島第一原子力発電所などの原子力発電所で非常事態が続き、放射能の漏えいがどの程度のものなのか予断を許さない極めて深刻な状況になっている。

こうした非常時に、震災後の経済政策について論じるのはやや時期尚早ではないかとも思えるが、被災地の復興と被災者の生活再建を円滑に進めるためにも、日本の経済運営が力強く安定して推移することが望ましい。このことから、特に震災復興を支援する観点に立って、今後とるべき経済政策の方向性を考えたい。

迅速かつ大規模な為替介入

震災後、市場では急激な円高が進んでいる。一時は1ドル76円25銭程度をつけて史上最高値を更新し、その後、79円前後で推移した。3月18日にはG7の財務相・中央銀行総裁は緊急の電話協議で、円高に対する協調介入を決定し、ひとまず為替レートは1ドル81円台に戻っている。

大地震や原発事故は日本経済に大きなダメージを与えることから、円安材料であるはずであり、円高が進むのは一見、不可解である。これは、「被災した日本企業が復興資金を入手するため外貨建て資産を売って円を買うであろう」という思惑から海外の投機家が円買いに走っていることが1つの原因とみられる。しかし、円高が市場の過剰反応による一時的な現象である、と断じることはできない。1995年1月の阪神淡路大震災の直後も円高が半年以上にわたって進み、その年の4月に最高値(1ドル79円75銭)をつけていた。当時と同じように円高が数カ月も続けば、震災で被害を受けた日本の輸出企業にとって、復興に向けての大きな足かせになる。震災と原発リスクで暴落した株価も、円高によってますます下落傾向を強めている。

一方、震災と原発事故は大きな円安要因であること、また、日本の公的債務が、阪神淡路大震災の当時に比べて大きく悪化していること、を考え合わせると、震災後の経済実態の悪化があきらかになれば、日本国債への不安が顕在化し、為替が円安に大きく振れることも十分に考えられる。1923年の関東大震災後は、復興物資などの輸入が急増し、結果的に外貨準備が枯渇して、日本経済が苦境に陥った。今回の大震災後に(電力不足などで)日本国内で生産が回復しなければ、海外からの輸入が急増することも想定しうる。その場合には、貿易収支がかなりの期間にわたって赤字化し、外貨準備が減り、円安が進むことになると考えられる。

足下の円高が日本企業の再建を阻害する可能性があることや、逆に為替が過剰に円安に振れるリスクが高まっていることを考えると、今回のG7の合意にもとづき、日本政府は迅速かつ大規模な為替介入を実施して円為替の安定化を図るという強い決意を世界の市場関係者に明示するべきだと思われる。大震災が市場に与えたショックに対抗して円高是正の効果を得るためには、日本政府・日本銀行が断固たる姿勢で数十兆円規模の介入をすることが必要となるかもしれない。

また、仮に日本政府による為替介入(円売り・外貨買い介入)に円高是正の効果が小さかったとしても、震災後の日本国債への信認を維持し、震災復興資金のファイナンスを安定化する効果はある。その理由は、筆者が別のところでも主張していることでもあるが、概要は次のとおりである。日本はもともと巨額の公的債務をかかえ、さらに大震災と原発事故による深刻なダメージを受けたため、日本国債に対する市場の信認が、早晩、動揺することになる。そうなれば、日本円に対する信認も連動して悪化するため、為替は円安に進む。日本円への信認が失われる前の段階で、日本政府が円売り・外貨買い介入によって外貨建て資産を蓄積しておけば、円安が進行するとともに外貨建て資産が為替差益を生み出すため自動的に政府の財政は(円建てで)改善する。このように外貨建て資産の蓄積を事前にすることで、円安(=国債価格の下落)局面で、国債と円に対する信認の低下を緩和できるはずである。つまり、円売り・外貨買い介入は、日本政府の財政当局自身が円安へのリスクヘッジをすることと同等であり、結果的に、円安の進行(=国債価格の下落)をある程度は防止することになると思われるのである。

こうした理由により、日本政府による迅速かつ大規模な為替介入は、直接的な景気浮揚効果があるとともに、中期的スパンでの国債市場の安定化を促し、それによって震災復興への財政支出を円滑にするうえで効果があると思われる。

企業金融面での対策 - 企業間信用の決済猶予など

大震災後は、物的な供給連鎖や、金融上の信用連鎖が途絶し、連鎖倒産が発生することによって経済的被害が被災地外まで広範囲に広がることが懸念される。

物的な供給連鎖の修復を政策的に行うことは難しいが、金融面の問題に対処する方策は、日本銀行が国民保護業務計画の一環として策定している。国民保護業務計画とは、国民保護法に基づいて日銀などの指定公共機関が策定するもので、外国からの武力攻撃などの緊急事態に対処する計画である。日銀の国民保護業務計画では、緊急時における手形決済の延期や不渡りの猶予などが定められている。このように企業間の決済を猶予するシステムを日銀が主導して整えることにより、支払いの不履行によって連鎖倒産が発生するような事態は回避できる。こうした計画を、今回の大震災への対応にそのまま流用することができるだろう。また、最近は手形を用いない企業間決済が増えていることを考えると、さらに踏み込んだ対策をとることも考えられる。売掛金など企業間信用を担保として日本銀行が与信の範囲を拡大すること、あるいは、売掛金などの担保価値を政府または日銀が保証することによって、民間金融機関に企業間信用を担保とする貸出を促す、という政策も数カ月~1年単位の中期的な対応として考えるべきであろう。あるいはリーマンショック直後の2008年秋から2009年春にかけて実施された「コマーシャルペーパーの買い入れ」を日本銀行や日本政策投資銀行が再度行うことも考えられる。これらの政策は、1923年の関東大震災で実施された「震災手形」と同じ趣旨の政策である。関東大震災時には、信用不安を防止するために、被災企業に関連する手形(いわゆる「震災手形」。支払遅延や不渡りの確率が高かった)を日銀が割り引いて、総額3億5000万円の現金を市中に供給した。なお、震災手形の不渡りによって日銀が被った損失は、1億円を限度に政府が保証することとなっていた。

今回の大震災でも、大規模な信用不安の発生を防止するために、震災手形と同様の措置を企業間信用に対して打ち出す必要が出てくるかもしれない。経済政策当局は、市場の情勢を注視して、連鎖倒産や銀行破綻などのシステミックな危機が生じないよう適切な対応をとることが求められる。

国債市場安定化による復興資金の安定的ファイナンス - 長期的な財政再建と社会保障改革

東日本大震災は3月12日に激甚災害に指定され、被災地復興に対して大きな財政支援が行われることになった。震災の被害がきわめて広範囲の地域に及ぶこと、原発事故の被害の復旧や電力供給体制の再構築などを考慮すると、今回の震災復興には、数十兆円から百兆円規模を超える財政支出が必要となるのではないか。当然、赤字国債(あるいは新規の「震災復興国債」)の発行によって災害復旧費をファイナンスすることになるため、日本国債には大きな価格下落リスクがかかると思われる。日本は巨額の公的債務を抱えているため、震災がなくても、財政への信認はいつ失われてもおかしくはない状態だった。市場の信認が失われて、国債暴落という事態が発生すれば、大震災からの復興は資金不足によって大きく遅れることになり、被災者の方々の苦しみを何倍にも倍加してしまう。

この非常時に際して、国内の投資家の皆さんには経済合理性を超えた「政治的」合理性の発揮を求めたい。日本国債を買い支え、復興資金を円滑に融通することによって、未曾有の大震災に際して被災者の方々と連帯し、日本が追求する価値を守るという決意を示すことが求められている。しかし投資家に連帯と愛国心を求めるだけでは不十分である。国民全体で震災復興を支えなければならない。われわれ国民は何をするべきか。それは、強い政治的な決断をもって、財政の持続性を回復する改革を実行するということにほかならない。さらに、既得権にとらわれずに経済の構造改革を実行し、生産性を上げて経済成長を回復する。そのことで財政を安定化させる。財政の持続性が回復すればこそ、巨額の震災復興資金も国債発行によって円滑にファイナンスでき、早期の復興を達成することができるからである。

財政の改革は経済政策というよりも政治そのものである。「税と社会保障の一体改革」については与野党が救国的な合意をして成案を取りまとめ、早急に改革を実行すべきである。富裕層の高齢者への年金給付の削減や消費税をはじめとする諸々の増税が必要となる。これらの改革の痛みは、広く国民全体で担う必要がある。また公務員制度改革などの歳出削減策についても同様である。具体的な歳出削減と増税のスケジュールを明示し、国債に対する市場の信頼をつなぎとめることが至上命題といえる。また、長期的な観点から財政の改革を行う際には、子ども手当や高速道路料金の無料化などの足元の諸政策についても同じ観点から再評価し、長期的に整合性のとれた政策体系を提示することが必要ではないだろうか。

財政を健全化して震災復興を支援するためには、財政を緊縮化するだけでなく、高い経済成長を実現して税収を増加させることが不可欠である。農業や医療・福祉などの分野でも既得権にとらわれない規制改革を行い、TPP(環太平洋経済連携協定)への参加などで日本経済の開放性を高め、生産性を上げることが重要である。

長年、先送りされてきた課題を現実に実行すること。それによって震災の復興需要が円滑にファイナンスできる強い財政を構築することこそ、震災被害者に対するわれわれの責任である。

財政出動か、緊縮財政か? - 関東大震災からの教訓

1923年に発生した関東大震災後の景気変動は次のようなものであった。まず、震災直後は復興需要によって経済活動は活況を呈したが、復興需要の盛り上がりを見込んだ思惑による輸入が急増し、外貨準備が減少したため国際収支の壁に突き当たった。また、日本の国債償還への不安から、震災公債の市中での消化が困難となったため、加藤高明内閣は財政整理(すなわち行財政改革による歳出の15%削減)に踏み切った。この結果、大きなデフレ圧力が日本経済にかかり、日本は深刻な不況に陥った。

こうした経緯からの教訓は、震災復興に際して緊縮財政を避けるべきだ、ということなのだろうか? 財政出動を拡大すべきなのだろうか?

関東大震災の復興期も、復興のための公債消化に困難があったことは事実であり、緊縮財政を実施しなければ、復興資金の調達がますます困難になった可能性がある。したがって、震災復興のための国債消化を円滑に進めるとともに、緊縮財政による景気悪化をさけるためには、「財政緊縮+金融緩和」という1990年代に米国で通説となったマクロ経済政策の公式を実施することが有効と思われる。

関東大震災後の金融政策は、金本位制によって制約されていた(正確には、震災当時、日本は金本位制を離脱していたが、旧平価での復帰を目指すことが当然視されていた)。そのため、思惑輸入の急増による円安に直面して、円レートの下落を防止したいという政策目標に縛られ、金融緩和政策を維持できなかったのである。

現在の日本は為替レートを一定水準に高めるという政策目標は持っていないので、緊縮財政を実施して日本国債への市場の信認を高めつつ、金融緩和を大幅に進めて総需要を喚起することが可能である。これは金融緩和による円安効果で外需を拡大するという戦略である。緊縮財政と金融緩和による経済成長の追求というマクロ経済運営は、2000年代前半の小泉政権で実施され、戦後最長の景気拡大を実現した。震災復興のために我々が目指すべきはこの方向であると思われる。

2011年3月18日

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2011年3月18日掲載

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