望ましい国内排出量取引制度の提案

馬奈木 俊介
ファカルティフェロー

地球環境は、その影響が一国の領域を超え、地球レベルとなる地球公共財である。地球環境保護を政策が関与せず、個人や企業の自主的活動に任せた場合、社会的に見ると過小な水準になる。これまで気候変動の問題に対して、国際的合意の必要性は理解されており、1997年COP3における京都議定書、デンマーク・コペンハーゲンで行われたCOP15等において少しずつではあるが議論は進展している。今後、いかに長期的に大幅なCO2削減が可能になる制度ができるか注目される。

実験経済学分析から導かれる新しい排出量取引制度とは

二酸化削減の価値を見出す方法として、クリーン開発メカニズムのプロジェクトの実施や炭素税だけではなく欧州排出量取引制度(EU-ETS)等の市場メカニズムが用いられている。現在、日本政府は主要国が意欲的な目標で合意するとの条件のもとに2020年までに温室効果ガスを1990年比25%削減、2050年までの目標は90年比80%減としている。

これまで環境経済学者が合意できている点としては、気候変動に対応するためには市場メカニズムを用いれば大きな成果を上げられるということである。つまり、二酸化炭素に価格を付けることで温室効果ガス排出量を今よりも減らしていくということである。以前は、環境団体等はこのような市場ベースの考え方には、お金を払えば排出できる権利があるということで反対であった。しかし現在では価格付けに賛成している。

道徳的な立場から、カーボン・オフセットやエコフレンドリーな製品を購入したとしても、他の人々が排出量を増やせば総量は変わらない。市場ベースの考え方とは、誰もが自分のために排出量を下げようと思わせる制度にすることである。この考え方への理解が広がってきている。

実際にこれまで1990年の大気浄化法で導入された排出量取引制度では、発電所から排出される二酸化硫黄はほぼ半減でき、新しい対処方法が見つかり費用も予想以上に下がったので成功であったと判定されている。では今後、気候変動問題に対しては、全ての排出者へ課金する炭素税/排出量取引制度を導入していくべきであるが、具体的にどのような政策であればいいのであろうか?

経済理論的な面(*A)だけでなく、途上国での制度の不備といった実効性の面からも、排出量取引よりも炭素税により、グローバルに温室効果ガス削減を図っていくほうが(ある程度は)望ましい。しかし現実には、気候変動対策としては排出量取引制度が実施されている。EUではEU-ETSが実施され、米国においてワックスマン・マーキー法案が提案されているが、炭素税といってもエネルギー税であったりエネルギー税との混合であったりである。また、日本においても東京都では排出量取引制度が導入され、環境省主導により排出量取引が試験的に行われ、現在、政府内の地球温暖化対策基本法案として国内排出量取引制度を第一に考えている。そこで本稿では我々が行った実験経済学分析からの新しい排出量取引制度を紹介する(1)(*B)

現在の排出量取引制度が持つ問題と要因

まず、排出量取引制度の一般的な問題としては、以下が挙げられる。排出量取引制度の下で情報が不完全である場合には、最適な排出総量を確定することができなくなる。何らかの水準で排出総量を固定しても、排出量価格は市場で決定されるため、価格の変動性を政策当局は予測できない。つまり、そのような不確実性が存在する場合は、望ましい価格が分からないため、市場参加者による戦略的な行動や投機的行動が誘発され、許可証価格は乱高下に見舞われることになる。

現実にEU-ETSの市場を見ると、排出権価格の不安定性があるため適切な価格シグナリングがなされていないという点がある。実際にEU-ETSにおけるEUA(EU Allowance:EU域内で認められた排出権)の価格は市場開始直後、約€18/ t-CO2から€30/ t-CO2程度の間で取引がなされており、価格の変動が非常に激しい。またその後の価格推移も十分には安定していない。また各国の限界削減費用の推計結果との兼ね合いをみると、排出権の価格が低く評価されている。

たとえば日本のCO2限界削減費用は最低でも$100/ t-CO2程度の費用がかかる。国際的な排出権取引市場の価格が低すぎる場合、先進国自らの削減努力が低下し、技術開発にも悪影響を与える。このように排出権価格が適切に市場で評価されない場合、国内外の温室効果ガス削減に大きな影響を与える。そのため排出権取引市場により価格が適正に評価されるのか、排出権が適切に取引される市場なのか、どういった要因が市場に影響しているか理解することが重要となる。

排出権価格の不安定性、不確定性の理由は何点かあげられるが排出権価格がマーケット外の外部要因により影響を受けるケースと、制度や取引メカニズム自体の内部要因によるものと大きく2つに分けられる。

前者の外部要因としては政治的動向、突発的な事故や事件、投機の影響があげられる。一方で後者の理由は制度設計の不備、排出権の償却時期の兼ね合い、取引メカニズム(どのような取引方法を選択するか)の影響があげられる。一般的に外部要因に注目しがちであるが、制度設計上ではとくに後者の設定が大きな意義を持ってくる。もちろん外部要因のショックをいかにやわらげるかという問題は金融市場の例をとっても分析対象として広く取り組まれている。しかしながら、それ以上に制度設計上の不備はその制度の崩壊だけではなく、その非効率な仕組みが他の市場にも影響を与えかねない。

これまで多くの取引メカニズムに関する分析がなされてきた。特に一般的な財の取引においてはダブル・オークションと呼ばれる現在の証券売買のように、リアルタイムに売り手と買い手が互いに財の希望価格を提示する取引メカニズムの優位性が実証されてきた。排出量取引市場においても、ダブル・オークションにおいて各市場参加者が理論的に望ましい排出権を取引により売買可能であることを実証してきた。現在のEU-ETSを代表として現実の排出権市場においてもダブル・オークションに近似した取引メカニズムが用いられている。

ユニフォーム・プライス・オークションがダブル・オークションよりも望ましい理由

我々の分析から分かる結果は、ユニフォーム・プライス・オークションがダブル・オークションよりも望ましいということである。ユニフォーム・プライス・オークションとは売り手と買い手にそれぞれ自分が買いたい希望価格を1単位当たりごとで表明してもらい、その表明を売り希望は安い順に、買い希望は高い順に並べ、最も望ましい単一の取引価格を政府や自治体などの統括者が決め、それに基づき取引を行うメカニズムである。

排出権取引に広く用いられているダブル・オークション型の取引メカニズムは十分に機能を果たすことが難しい。制度比較の基準である各企業の経済的余剰の合計が低下する要因としては、ダブル・オークションではリアルタイムな取引の間で市場参加者が投機的な行動に陥ることがある。低い価格で買った排出権を他に高い価格で売却しようと考え、その結果、不適切な量の排出権を所持する可能性もある。ユニフォーム・プライス・オークションでは取引価格が一意的に決定するために、投機行動が発生する余地が少ない。

つまり、現在の市場取引で一般的に用いられるダブル・オークションよりも社会的に望ましい排出権の分配、価格の安定性をもつメカニズムを導入することで現在の排出権市場の機能を向上させることできるが可能性もあることが分かった。特に、ユニフォーム・プライス・オークションはシンプルであるが故に、排出量取引を途上国に導入する際の弱みであった制度設計の難しさを軽減できる。

望まれるグローバルな低炭素社会推進のための政策

国内のみの取引制度ができたとしても最終的には、グローバルな市場が気候変動対策には必須である。その点を考慮した排出量取引/炭素税の現実化が求められる。先進国は現在でも世界全体の温室効果ガスの半分程度の排出量である。またその割合は今後減っていく。そのため中国等の途上国を取り込むことが必要である。同等のレベルの環境政策を導入していない国からの、輸入に対しては国境税調整を導入すれば良い。これにより通常の関税に加えて、輸出国は炭素税/排出権価格分の追加関税(つまり炭素関税)を払わなければならなくなる。これで輸出国もより厳しい環境政策を導入しようという気になる。

最後に、重要な点は、排出を削減すること自体が、費用削減に繋がるという制度を整えていくことである。そのため排出レベルを安価に下げる技術を開発する、または代替できる方法を考え出せる可能性が生まれるのである(4),(5)。炭素価格が市場で適切に評価されることにより、新しい取り組みが評価されるようになるのである。

今後の温室効果ガス削減が楽観的と見られるモデルでさえ、最初は$30/ t-CO2あたりの少ない額から始め、最終的に炭素価格は$200/ t-CO2以上にしなければならないとしている。悲観的な見方をする場合は更に高い価格を提唱している。炭素の価格付けは気候変動対策として必須であり、今後、如何にして日本国内またグローバルに低炭素社会を推進する政策をつくることができるかにかかっている。

2010年5月25日

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脚注

*A:地球温暖化問題の原因となっている温室効果ガス濃度は、年々の排出量自体ではなく、過去の排出量の蓄積量に依存する。たとえば、二酸化炭素は200年、亜酸化窒素は114年、フロンは45~200年の間、大気中に停留する。よって、限界外部費用曲線は極めて水平に近い形状をしている。この場合、限界便益曲線の傾きは限界外部費用曲線の傾きよりも相対的に大きいので、環境税を選択するほうが望ましい。つまり、これを根拠に気候変動政策における炭素税の優位性が主張できることになる(2)

*B:ここでは、他の政策である補助金やRPS(再生可能エネルギーの利用割合の基準)は米国の研究によると炭素税/取引制度に比べると効率が落ちると推定されているため、中心の議論としなかった。

なお日本国内の場合は、補助金の分析があるため紹介する。平成21年度(2009年)の税制改正によって、4月から運輸部門における温暖化対策の一環として、それまでに行われてきたグリーン税制に加え、エコカー減税が施行された。これは環境性能のよい自動車を普及させることで、運輸部門からのCO2を削減することを目的とした優遇税制政策である。特に2009年に行われたエコカー減税は減税対象規模が大きく、ハイブリットカーなどの普及に一定の効果を上げた。

我々の分析(3)では、国内で新車販売された国産自動車を対象に、エコカー減税の効果を検証したところ、減税によるCO2削減量を計量分析の結果より推計すると、CO2価格は15000円/t-CO2と計算できた。これは平成17年(2005年)に環境省が公表した「環境税の具体案」2400円/t-C(655円/t-CO2)相当の税率の23倍となっていることが分かる。このことからも、環境、特に炭素市場の重要性が実際の政策レベルでも大きくなってきていることが分かる。

なお、今後炭素税が実施されることも考慮して、炭素税の更なる実務的な利点もここで付記しておく。まず、地球温暖化対策基本法案における議論でも明確なように、日本の製造業は炭素税を支持する。生産量当たりの排出量を重視する原単位方式を考えることからも、排出効率を企業活動の目標としやすいからである。更に、排出量取引の場合は、現在炭素効率が悪い企業ほど大きな初期配分を得られやすいため不公平であるという問題がある。次に排出量取引制度は制度設計が複雑に成りやすく、行政コストがかかるため炭素税が支持されやすい。

なお米国でも排出量取引制度の法案が議論されているが、日本と米国の政策の評価は違っていることに注意する必要がある。米国の製造業では、排出量取引制度の評判が良い。これは、炭素税よりもオフセット付きの排出量取引の方が、企業経営にとって柔軟性があると考えるからである。また、炭素税は政府の歳入となるが、排出量取引は既存の企業へ最初は無料で排出権利が配布されるので、企業への収入となる可能性もあるからである。米国企業は日本企業ほどに製造プロセスの効率性を見ない。

文献
  1. Kotani, K., Tanaka, K., and Managi, S. 2010. Designing Emission Trading: Experimental Approach, Working Paper.
  2. 栗山浩一、馬奈木俊介. 2008「環境経済学をつかむ」有斐閣.
  3. 田中健太, 馬奈木俊介. 2010「エコカー減税の経済分析」ワーキングペーパー.
  4. Kumar, S. and S. Managi. 2010. "Sulfur Dioxide Allowances: Trading and Technological Progress" Ecological Economics 69 (3) 623-631.
  5. Kumar, S. and S. Managi. 2009. "Energy Price-Induced and Exogenous Technological Change: Assessing the Economic and Environmental Outcomes" Resource and Energy Economics 31 (4) 334-353.

2010年5月25日掲載