新興国経済の活力を利用する方法

伊藤 公二
上席研究員

世界経済危機が発生して既に1年が経過したが、日本経済は、今年9月の輸出が前年同月比30.6%減、鉱工業生産が同18.4%と、危機発生前と比較して相当落ち込んだ状態が続いている。一方、我が国を含めて主要先進国の景気回復が遅れているのとは対照的に、中国、インドなどの新興国経済は高成長を持続している。

本稿では、日本の企業が新興国の経済成長力をどのように利用できるか考えてみることにしたい。

新興国市場の開拓

新興国の経済成長率は、世界経済危機発生前から日本の成長率を大きく上回っていたが、危機発生後もこの状態に大きな変化はない。この状態が今後も続くとすれば、企業の視線が、国内から高成長を続ける新興国に向かうのも当然といえる。9月17日に発表されたジェトロ「世界の消費市場・環境関連ビジネス市場に関するアンケート調査」によれば、回答企業の82.8%が「将来海外事業を拡大(あるいは開始)する可能性がある」と回答しており、その理由として「新興国市場の成長性」、「国内市場の成熟・飽和」が他の理由を圧倒している。日本企業(のみならず世界各国の企業)による新興国市場開拓は、今後より熱を帯びてくるのではないだろうか。

海外で市場を開拓できる企業は一握り

ところで、上記のアンケートはジェトロの会員企業を対象としており、回答企業は既に輸出や直接投資を通じて海外市場に進出している、いわばグローバル化企業が中心と思われるが、こうした企業は、実は日本企業全体で見れば一握りの存在でしかない。

Melitz(2003)以降、貿易理論の分野では、同一産業でも生産性の高い企業だけが輸出を行うと想定することが定着したが、これは企業別のマイクロデータを用いた実証研究によって観察される事実に基づく。我が国に関しては、RIETIの若杉隆平研究主幹/ファカルティフェローのチームが経済産業省『企業活動基本調査』及び『海外事業活動基本調査』の企業レベルデータを用いた分析を行っている(若杉他(2008))。その結果によれば、製造業における輸出企業の割合は30.5%(2003年)であり、輸出額の上位10%の企業が輸出額全体の92%を輸出している(注1)。また、輸出企業の雇用者数、付加価値額、全要素生産性の平均値を非輸出企業と比較すると、それぞれ非輸出企業の3.02倍、5.22倍、1.38倍である。つまり、輸出企業は一部の生産性の高い大規模企業が集中的に行っているのである。

そこで、生産性が高いものの国内での活動に甘んじている企業の海外進出を支援することは、1つの重要な政策課題になる(注2)。ただ、生産性の高くない圧倒的多数の企業にとっては、新興国市場に自ら進出し、成長の果実を直接得るのは難しいだろう。

日本に「新興国」を持ってくる

しかし、企業が自ら進出することなく新興国経済の成長の果実を得ることも可能である。新興国の企業や人材に、日本に来てもらえば良いのである。

この点、日本の中で先行して取り組んでいるのが観光産業である。今では日本各地の観光地に行くと、必ずといっていいほど中国や韓国などアジアからの旅行客を目にするようになった。中国を例に挙げれば、訪日旅行者数は、1999年の29万人から右肩上がりに上昇し、2008年には100万人の大台に到達した(外国人旅行者に占めるシェアは12.0%)(国土交通省(2009))。

今後の課題は、新興国からの投資の誘致である。対内直接投資を行う外資系企業は国内の企業より生産性が高い(図)。また、対内直接投資はM&Aを通じて行われることが多いが、M&Aの対象となった企業の生産性も、事業再編等を通じて上昇することが知られており(注3)、対内直接投資の増加は、停滞する国内経済の活性化に有効な手段となりうる。そして、世界経済危機後、景気後退に直面する先進国に代わって有力な投資主体となりうるのが、世界最大の外貨準備を抱える中国をはじめとする新興国である。

図 外資系企業と日本企業の売上高経常利益率の推移
図 外資系企業と日本企業の売上高経常利益率の推移

「互学互習」の精神が肝要

外国企業が日本でビジネスを行う上での主な障害は、「ビジネスコストの高さ」、「人材確保の難しさ」と比較的明確である(経済産業省(2009b))。

こうした課題を克服する上で手本となるのが、ASEAN諸国、中国など、対内直接投資を梃子に経済成長を遂げた東アジア諸国である。これらの国々は特区、法人税制等さまざまな方策を駆使し外資系企業を積極的に誘致し、経済成長の礎とした。身近に良い手本があるのだから、それを学ばない手はない。お互いに相手の美点を学び合う「互学互習」の精神を発揮して、東アジア諸国の企業誘致政策を研究し、積極的に取り入れてはどうだろうか。

2009年11月24日
脚注
  • (注1)ただし、輸出企業の割合については幅をもって見る必要がある。若杉他(2008)は製造業に属する従業者数50人以上の企業を対象とした調査であり、従業者数49人以下の小規模な企業や非製造業は含まれない。また、『企業活動基本調査』、『海外事業活動基本調査』で把握できる輸出とは、企業が直接輸出する場合だけで、商社等他社を経由した間接的な輸出は把握できない。
  • (注2)東京大学の戸堂康之教授は、10月19日に開催されたBBL「日本の経済成長戦略 -経済成長論と企業レベルの実証分析の含意-」において、生産性が高いにもかかわらず、きっかけが無いなどの理由で国内に留まっている企業を「臥龍企業」と称し、その海外進出を促進することの重要性を主張している。
  • (注3)対内直接投資の効果については、深尾・天野(2004)が詳しい。
文献
  • 経済産業省(2009a)『通商白書2009』日経印刷
  • 経済産業省(2009b)「平成20年度対日直接投資に関する外資系企業の意識調査報告書」
  • 国土交通省(2009)『平成21年版観光白書』コミュニカ
  • ジェトロ(2009)「世界の消費市場・環境関連ビジネス市場に関するアンケート調査」
  • 戸堂康之(2009)「日本の経済成長戦略 -経済成長論と企業レベルの実証分析の含意-」経済産業研究所BBL資料(http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/09101901.pdf [PDF:1.53MB])
  • 深尾京司・天野倫文(2004)『対日直接投資と日本経済』日本経済新聞社
  • 若杉隆平・戸堂康之・佐藤仁志・西岡修一郎・松浦寿幸・伊藤萬里・田中鮎夢 (2008) 「国際化する日本企業の実像 -企業レベルに基づく分析-」 RIETI Discussion Paper Series 08-J-046
  • Melitz, Mark. J. (2003). "The Impact of Trade on Intra-industry Reallocations and Aggregate Industry Productivity." Econometrica, 71(6): 1695-1725.

2009年11月24日掲載

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