財政健全化と国民意識

森川 正之
コンサルティングフェロー

上昇する長期金利

昨年秋以降の急激な景気悪化に下げ止まりや一部では底打ちの動きも見られる中、米国をはじめ主要国の長期金利が上昇している。米国財務省証券十年物の金利は、昨年末に2%近くまで低下した後、今年に入ってから上昇を続け、足下では4%近い水準となっている。日本でも年末に1.1%台だった長期国債金利が一時1.5%を超えるなど、大局的に見れば小さな動きともいえるが、このところ上昇傾向にある。

長期金利の上昇は、景気回復やインフレ予想、政策金利引き上げ可能性の折り込み等さまざまな要因によると見られているが、各国における財政赤字の増加に伴う国債需給悪化が一因として指摘されており、当面の危機対応後の財政健全化に対する市場関係者の関心が高まっている。

こうした中、日本では『基本方針2009』がとりまとめられ、当面の経済危機克服、「未来開拓戦略」等を通じた中長期的な成長力の強化、安心社会の実現とともに、新たな財政健全化目標が提示された。そこでは、「短期は大胆、中期は責任」という方針の下、債務残高対GDP比を2020年代初めには安定的に引き下げる、10年以内にプライマリー・バランスの黒字化の確実な達成を目指すといった目標が掲げられた。財政の持続可能性に対する市場の信認を維持するため、政府としてのコミットメントを明らかにしたものといえる。

政府債務残高増加の経済への影響

ストックベースでの日本の財政状態が先進諸国中最悪であることは周知の事実である。OECD統計によれば、一般政府の粗債務残高対GDP(2007年)は約170%とOECD諸国中最大、OECD平均(約75%)の2倍を上回る。今般の経済危機によるGDP低下と財政赤字拡大は分母と分子の両面からこれをさらに悪化させている。IMF World Economic Outlook(2009年4月)は、日本の粗債務残高対GDPが2008年の196%から2010年227%、2014年には234%に達すると予測している。純債務残高で見ても、2008年88%、2010年115%、2014年136%との見通しである(いずれも一般政府ベース)。

政府債務残高が長期金利に及ぼす影響については多くの実証研究があり、対象国、分析対象期間、推計方法等によって結果には相当大きな幅があるが、この問題に関して頻繁に引用されるEngen and Hubbard (2005)によれば、米国において政府債務残高対GDP比の1%ポイント上昇は、長期金利を2~3ベーシス・ポイント(bps)高めるという関係にある(注1)。また、2年ほど前に我々が経済学者を対象に行った経済パラメーターに関するサーベイによれば中央値で2.5bpsであった。ただし、この関係には非線形性があると考えられており、債務残高がある閾値を超えると急速に影響が大きくなる可能性があることに注意が必要である。

言うまでもなく、金利上昇は設備投資や住宅投資の抑制等を通じて経済に対して負の影響をもつ。金融政策の変数である短期金利とは異なり、長期金利は内生変数なので、その上昇がマクロ経済に及ぼす影響は金利上昇が生じる原因に依存するが、各種マクロモデル等に基づいておおまかに言えば金利1%ポイントの上昇は、若干のラグを伴ってGDP成長率をマイナス0.3%~マイナス0.5%程度低下させるようである。供給側から見ると、金利上昇は資本コスト上昇、設備投資や研究開発投資の抑制、資本ストックやTFPの伸び率鈍化という経路で潜在成長率に対してマイナスの影響を持つ。経済成長が財政に対して好ましい効果を持つことは当然だが、他方、財政健全化が経済成長にとってプラスに作用するという経路もある(注2)

景気・財政健全化への国民の支持

財政健全化のためには政府支出削減、増税又はそれらの組み合わせが必要となるが、こうした負担に対する国民の支持が問題となる。この点に関し、Brender and Drazen (2008)は、政治的景気循環論の文脈で興味深い実証分析結果を示している(注3)。同論文は、先進国・発展途上国をカバーする民主制の74カ国、1960~2003年、350の選挙をカバーするデータを使用し、任期中又は選挙の年の財政収支対GDP比の変化と政権リーダーが支持(再選)されたかどうかの関係をLogitモデルで推計している。その結果によれば、通念とは異なり、先進国において政権リーダー任期中の財政収支対GDP比1%ポイント改善は再選確率を3~5%ポイント高め、選挙年の財政収支1%ポイント改善は再選確率を7~9%ポイント高めるという関係があるとのことである(注4)

この分析は、GDP成長率等の影響を説明変数としてコントロールしており、景気が良いから財政収支が改善し、同時に政治的支持も高くなるというメカニズムではない。また、もともと国民の支持率が高い強いリーダーだから財政健全化の実行が可能であるという逆の因果関係を否定する分析結果も示されている。推計結果はあくまでも平均的・統計的なものだから個々には例外があるし、同論文も留保している通り具体的な政府支出や税制の内容によっても事情は異なるはずだが、総じて言えば先進諸国では国民が財政健全化に対して関心を持ち、それを肯定的に評価する傾向があることを意味している。

ところで、日本では『社会意識に関する世論調査』が、調査項目の1つとして「良い/悪い方向に向かっている分野」を多肢選択式で尋ねている。総じて「悪い方向」の回答数が多く、「景気」、「雇用・労働条件」、「物価」といった項目とともに「国の財政」が例年かなり上位にある。図に見られる通り、景気拡大期に当たる2005年、2006年には「悪い方向に向かっている分野」として財政が景気や雇用よりも強く国民の間で意識されていた。属性別に見ると、勤労世代の男性、管理職、専門技術職、商工サービス業主でこれを挙げる割合が多い。時系列的には、この回答割合は現実の財政状況(財政赤字対国民所得比)とかなり連動している(R2=0.69)。


図
(出典)「社会意識に関する世論調査」(内閣府)より作成。

一方、世界同時不況の影響が強まった本年1月調査の結果では、景気、雇用・労働条件の二項目が悪い方向に向かっているとする回答が急増した。景気および雇用環境の改善に対する国民のプライオリティが大きく高まったことを示している。ただし、この2つの項目は景気同調性が強いため、今後、景気が回復していくならば徐々に減少していく可能性が高い。「短期は大胆、中期は責任」という『基本方針2009』の考え方は、こうした国民意識と整合的なものと解釈できる。

2009年6月24日
脚注
  • (注1)Engen, Eric M. and R. Glenn Hubbard (2005), "Federal Government Debt and Interest Rates," in Mark Gertler and Kenneth Rogoff eds. NBER Macroeconomics Annual 2004, Cambridge, MA: The MIT Press, pp. 83-138. なお、OECD Economic Outlook Interim Report(2009年3月)は、主な先行研究の推計結果を一覧表で示しており、政府債務残高対GDP比1%ポイント増加の長期金利への影響は、1bp未満という小さな数字から30bps以上という結果まで相当に幅がある。
  • (注2)財政健全化のための政府支出削減や増税は短期的に総需要への負の効果を持つから、総合的な効果は金利の感応度とともに需給ギャップの状況、乗数の大きさ等に依存する。
  • (注3)Brender, Adi, and Allan Drazen (2008), "How Do Budget Deficits and Economic Growth Affect Reelection Prospects? Evidence from a Large Panel of Countries," American Economic Review, Vol. 98, No. 5, pp. 2203-2220.
  • (注4)他方、発展途上国では財政収支改善と選挙結果との間に統計的に有意な関係はない。

2009年6月24日掲載

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