経済・金融危機における競争政策のあり方

大橋 弘
ファカルティフェロー

世界経済が同時不況に陥る中、我が国の経済がこの危機的な状況からいつ脱却できるのか、その出口はなかなか見えてこない。輸出の大幅な落ち込みと相まって、30日に経済産業省より発表された2月の鉱工業生産指数も5カ月連続で低下しており、今後の日本経済の先行きは予断を許さない状況にある。こうした先行き不透明な経済環境の中、政府による介入的な政策運営に大きな期待が寄せられる一方で、競争政策や規制改革に対する取り組みを疑問視する言説も多く見られるようだ。以下では、経済・金融危機下における競争政策のあり方について考えてみたい。

市場競争が今日の不況を引き起こしたのか?

銀行部門は長いあいだ、多くの国において規制当局の監督のもとにおかれ、競争政策の守備範囲外として取り扱われてきた。銀行部門が持つ役割の中でも、決済機能や流動性供給機能は市場に任せておくと逆に効率性を損なう可能性があることが経済学的にも知られており、そうした特殊性が銀行部門を過度に保護する結果を生み出していたのかもしれない。他方で、競争が行き届かないため、消費者の犠牲の下に、不自然に金利が横並びするような行為が容認されたことも事実だった。

90年代に入り、決済機能など市場の失敗に繋がる分野に規制を限定し、それ以外の分野の規制を緩和するようになると、銀行部門でも次第に競争意識が芽生えるようになった。その結果、消費者向けの金融サービスに限っても、提供される金融商品は多様化し、ATM等の利便性も次第に向上するなど、金融サービスの質にも向上の兆しが見え始めた。規制と競争とのバランスをうまく取ることで、競争のメリットが消費者に還元されるようになったのだ。

規制緩和によるメリットは、サービスの向上だけにとどまらない。一般に、規制当局と規制部門とのあいだには、「規制の罠」と呼ばれる持たれ合いの意識が生まれやすいことが古くから知られている。消費者のために行われるべき規制が、規制業界を保護する隠れ蓑に用いられてしまう危険があるのだ。規制緩和により競争が導入されたことで、「規制の罠」に対して一定の歯止めをかけることが可能になった点も、消費者の利益増進に繋がったと評価されるべきだろう。

今回の世界不況をきっかけとして、資本主義に対する失望や反省の弁が多く聞かれる。しかし海外での研究成果をのぞいてみると、米国発の金融危機の原因を規制におけるリスク管理のあり方に求めるものが大勢を占めており、市場競争自体に問題があると考える識者は少ない。海外メディアにおいても、最近ではロドリック氏(ハーバード大公共政策大学院教授)(注1)やグリーンスパン氏(前FRB議長)(注2)は拙速な規制強化が市場競争を損なうことを大いに危惧する論調を発表している。中長期的な日本の行く末を見誤らないためにも、今回の金融危機の発端の原因を冷静に見極めることが政策当局に求められている。

公的支援下において競争は不要か?

欧米を始めとする世界各国で、システミック・リスクを回避するための公的支援策が華々しい。日本においても銀行に対する資本支援をはじめ、大手企業に対するCPや社債の買取り、中小企業における緊急保証枠の拡大など、追加対策が矢継ぎ早に行われている。こうした公的支援は足もとの経済危機に対して即効性のある効果が期待されるが、他方でリスクも伴っていることを認識しておく必要がある。一歩間違えるとこのような支援策は、本来の市場がもつ望ましい機能を歪め、中長期的に消費者の利益を損なう可能性があるのだ。今回のAIGにおける巨額ボーナス問題は、システミック・リスクに対処するうえで、現在米国で行われている公的支援のスキームが果たして適切なのか、考えさせられる出来事であった。公的支援においても、行政当局と支援を予定する企業との間に「もたれ合い」が生じないとも限らない。

経済を健全に成長させるためには、市場競争による自浄効果を効率的に活用する視点が重要である。公的支援の効果を最大限生かすためにも、公的支出が時限的で且つ競争に与える歪みが最小限になるような形で行われるよう、少なくとも事後的に評価・検証することが、国民の利益を考える上で必要な姿勢であることは疑いない。

経済・金融危機後を見据えた望ましい制度設計

今回の経済・金融危機は、金融機関のリスク管理に係わる問題点を浮き彫りにした。こうした問題点に対する適切な政策対応は、市場競争を非難することにあるのではない。戦後我が国の経済発展と生活水準の向上の多くは、市場競争によりもたらされた点を忘れるべきではないだろう。今次の経済・金融危機に対しては、規制・公的支援の強化・導入にともなう負の影響を、市場競争を補完的に用いることで対応すべきである。そのためにも、規制当局と競争当局とが良い緊張関係を保ちながら連携を密にしていくことが、今後の望ましい姿であろう。

世界的に人口が増加し、地球環境問題が大きな問題となっていく中で、経済・金融危機後の我が国が世界に貢献する道は、民間の創意に基づいたイノベーションを引き続き促していくことにある。こうした技術革新を円滑に行えるような社会基盤を作っていくことが重要だ。そのためにも、1930年代に匹敵するといわれる今回の不況の原因を冷静に見極め、市場競争や資本主義の持つ良い点をうまく生かしながら将来に向けた制度設計を考えていくことが、いま求められているのではなかろうか。

2009年3月31日
脚注
  • 注1)英国エコノミスト紙(2009年3月14日 72ページ)
  • 注2)ウォールストリートジャーナル(2009年3月12日 15ページ)

2009年3月31日掲載

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