世界的な魚食ブームの中での資源管理の必要性

寳多 康弘
ファカルティフェロー

世界的な魚食ブームから世界の水産物生産量は増加の一途です。生産の拡大に伴って、水産資源の減少・枯渇が危惧されています。国際会議での漁獲可能量の削減決定で最近話題のクロマグロだけでなく、日本近海の水産物についても、資源の水準は良くありません。食料安全保障の観点からも、水産資源管理の必要性はますます高まっています。資源管理に即効性はないため、長期的な利益を考慮して実施する必要があります。短期的には漁獲可能量を減らすことで漁業者は損失を被る可能性がありますが、世界的に魚食が定着する中、魚価は上昇圧力が強く、資源管理を行うには今をおいてはないといえます。

水産業を取り巻く環境の変化

世界の水産物生産量(漁獲・採集・養殖)は、FAO(国連食糧農業機関)によると、2005年において1億5750万トンで、1990年の約1.5倍です。そのうち養殖を除いた世界の総生産量は9460万トンで、1990年と比べて約9%の増加です。日本の養殖を除いた生産量は、2005年において420万トンで1990年の約6割減です(マイワシの減少が主因です)。1992年に日本は生産量世界第1位の座(養殖を除く)を中国に明け渡しました。

世界の水産物貿易は拡大傾向です。日本は金額ベースで世界第1位の輸入国で、国内消費の約半分が輸入品です。FAOによると、2005年において世界の総生産量の約40%が輸出されています。3大市場はEU、日本、アメリカで、これら少数の輸入大国と中国やノルウェーなど多数の輸出国があります。最近、世界の水産物市場において、日本の商社が海外のバイヤーに「買い負け」していることが話題になっていますが、これは日本の国内価格の相対的な低下が原因で、日本向けに十分な魚が確保できない事態になるわけではありません。3大市場において水産物の加重平均関税率はすでにかなり低い水準(4%以下)ですが、WTO(世界貿易機関)の多国間交渉において、水産物の貿易自由化が議論されています。このため水産物貿易は今後も拡大すると予想されます。

その一方で、水産資源の状況は世界的に悪化しています。FAOによると、2006年における世界の海洋漁業資源の利用状況は、「満限に利用」が52%、「過剰・枯渇」が25%、「開発に余地」が23%です。1974年において「開発に余地」は40%、「過剰・枯渇」は10%であったことから、資源の減少は明らかです。また、日本の周辺海域における水産資源については、水産庁によると、2007年度において52魚種90系群のうち半数近くの43系群が低位水準です。(注)

水産物生産の特徴と資源管理の役割

水産物生産の特徴は、経済的要因、生物的要因、政策要因に依存する点です。魚価などに応じて、船の規模・馬力、漁業日数などの生産要素の投入が決まります(経済的要因)。過剰な漁獲で魚が少なくなったり、海水温や海流の変化等で資源量は自然変動したりします(生物的要因)。このため水産資源の水準は水産業の生産性に影響を与えます。大型船が行き来できる漁港の整備等は生産性にとって重要ですが、資源水準が良いことが大前提です。資源管理政策は資源の回復を通じて生産性にプラスに働きます。

資源管理の方法として、国内外の今までの経験から、船の規模や漁具などを規制するのではなく、漁獲量を管理する「アウトプットコントロール」が有効であると考えられています。具体的には、魚種別にTAC(総漁獲可能量)を適切に政府が設定し、TACを個別の漁業主体に割り当てます。この個別漁獲割当は、漁業者に計画的な漁獲を促すので、資源回復にとって効果的と考えられています。

個別漁獲割当にはさまざまな方式があります。漁業者、漁業団体または漁船ごとに配分するといった違いがあったり、分与された割当量を他の漁業者に譲渡できる方式もあります。諸外国のような明確な形での個別漁獲割当は日本おいて実施されておらず、漁業者は自由競争に近い状況で漁獲しています。

最近注目されている養殖も天然の水産資源から影響を受けるということに注意が必要です。養殖や畜養(天然魚を育てること)の餌は、天然の魚に頼っています。したがって、天然の水産資源が豊富にあることが前提で、資源管理は養殖にとっても重要です。

水産資源管理の経済分析の意義

本年度に開始した研究プロジェクト「水産業における資源管理制度に関する経済分析」では、日本の水産資源の持続的利用に資することを目的に、国内生産の減少要因を精査分析し、水産資源管理に関わるパフォーマンス評価と制度分析について、経済学的観点から研究を行います。

本研究は大きく2つに分けることができます。1つ目は生産サイドを重視した経済分析です。水産業の生産性を考慮に入れることで、どのような個別漁獲割当の仕組みを導入することが経済的に効率的かを示すとともに、所得分配の公平性を考慮した資源管理制度のあり方も併せて提示することができます。さらに、資源管理制度の導入に伴う供給サイドの行動変化を織り込んだ制度分析を行って、より精度の高い制度の評価・比較が可能となります。

2つ目は需要サイドを重視した経済分析です。資源管理にとって不適正な漁獲(IUU漁業)を排除する仕組みとして、ラベリング等はとても重要で、それが需要に与える影響を考察します。また、国内外の需要動向や資源管理が、世界の水産物市場を通じて各国の水産資源にどのような影響を与えるかを分析します。需要サイドの要因を考慮に入れることで、市場全体としての経済効果をより正確に評価分析することができます。

水産資源管理制度の経済的効果を明らかにすることで、さまざまな制度を経済学的観点から評価・比較することが可能になり、制度の構築に役立つことが期待されます。

2008年7月8日
脚注
  • 系群とは、1つの魚種の中で生活史の一部または全部が他と区別される群のことです。水産資源の水準は、過去20年以上にわたる資源量等の推移から「高位・中位・低位」の3段階に区分されます。ある魚種については、系群によって資源水準が異なります。
文献

2008年7月8日掲載

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