健康会計・健康経営の実現・普及に向けて

守山 宏道
コンサルティングフェロー

「健康資本」増進に向けた新たなチャレンジ

2008年2月6日の日本経済新聞の夕刊の1面に「企業に健康会計」という記事が大きく出ていたのをご覧になった方も多いと思いますが、現在、小職がおります産業構造課では、慶應義塾大学大学院 経営管理研究科の田中滋先生に座長を務めて頂いております「健康資本増進グランドデザイン研究会」(委託先:富士通総研)を昨年10月から開催し、「健康会計(仮称)」という新しい考え方の提唱も含め、健康資本増進のために必要な環境整備、具体策について検討を重ねてきております。

なぜ経済産業省が「健康増進」なのか? という指摘を数多く頂きますが、少子高齢化・人口減少が進む中では、経済成長を実現していく上で、人的資本の充実がカギを握ると考えるからです。その際、「人的資本」とは、単なる生産手段や労働力という意味ではなく、スキル、知識等の「知的能力」やモチベーション、対人能力、健康等の幅広い概念を含むものだと考えています。個人が能力を十分発揮するためには、スキルやモチベーションの土台となる健康についても万全であることが必要です。いろいろと研究成果も出てきておりますが、わかりやすい例でいえば、企業間競争や雇用環境が厳しさを増す中、社会や職場において「心の病」にかかるおそれが高まり、「心の病」が長期欠勤や能率低下等を通じてもたらす労働の生産性低下が指摘されています。うつ病対策についての従業員、企業、社会の関心が高まってきています。

さらに、本年4月から40歳以上の全国民を対象に、保険者を対象に生活習慣病対策が本格実施されます。これは疾病予防の充実による医療費の適正化効果を期待することに加え、高齢化が進む中では、健康で働くことや生活を楽しむことができる期間(「健康寿命」)の延伸につながることが期待され、高齢者の方の所得水準、生活水準の向上等にも資するものだと考えられます。

このように、人口減少下、労働力人口も減少していく中で、企業の持続的成長、安定的経済成長を図っていく上で、健康に配慮した経営(「健康経営」)、健康資本増進を促進していくことが必要です。ところが、これらの取り組みが促進されるためには、個人、企業・保険者等の各主体の取り組みインセンティブを引き出すような環境整備が必要です。さらには、2011年におけるプライマリーバランス黒字化の達成目標との関係で、医療制度を含む社会保障制度における公費負担削減の議論とも、整合的に考えていくことが求められます。このような中、経済産業省としては、「健康会計(仮称)」に関する提言も含めた必要な環境整備の方向性を検討しています。

求められる環境整備

各個人での健康増進は、経済成長、国民の幸せ(最近では、Quality of Life という言葉も定着しつつあります)と医療費の適正化を同時に達成するものでありますが、このような取り組みを促進する上で3つのポイントが重要です。第一に、個人の健康状態や社会行動は、個人の周辺環境に大きく依存する面が多いことから、個人を含む企業や保険者等の集団単位をベースに、健康増進に向けた個人の行動変容を引き出すことが求められます。第二には、企業や保険者等の積極的な健康関連投資を引き出す上で、「効果」の「可視化」が有効です。近年の医療経済学や公衆衛生学の発展が、この流れを後押ししています。第三に、ベストプラクティスの普及が必要です。そのために、頑張る企業の取り組み公表を促す仕組み作りが求められます。

このような要素をすべて実現し、企業・保険者における具体的な取り組みのメニューをわかりやすくガイドするものとして、「健康会計(仮称)」に期待をしており、具体的には、企業の取り組み、コスト表示、効果の測定等を定性的なものも含めて可視化するものとして検討を行っております。

「健康会計(仮称)」の波及効果

「健康会計(仮称)」には、導入の暁には種々の波及効果が見込まれています。(1)健康関連の取り組みの「投資」と「効果」を認識することで、事後的な治療より、事前予防的な医療・健康サービスに投入資源がシフトし、症状の悪化が防がれることにより、医療費の適正化につながることが期待されます。(2)「効果」の可視化を通じて、また医療経済学等の発展を通じて、将来の医療費の伸びについて、予測可能性が高まっていくことも期待されます。(3)「健康会計(仮称)」を運用していくうちに、選択される医療・健康サービスについて、関係者において、その「効果」が不断に評価される環境が醸成されます。これは、今後、健康増進・疾病管理ビジネスが健全に発展していく上で、大変重要な環境整備につながることを期待しています。

このように「健康会計(仮称)」は医療制度をめぐる連立高次方程式を解く可能性を秘めていますが、最大限効力を発揮するためにはPHR(個人健康記録)の基盤整備との連携が不可欠です。

今後の動き

現在、「健康会計(仮称)」の議論のフレームワークとモデルのプロトタイプの提示と、ガイドライン作成に向けて検討を行っているところです(平成20年5月中目途)。その主眼は、あくまで個人、企業・保険者、社会が健康増進活動を促していくことであり、現実に、できるだけ多くの関係者に使われるものとすることが必要であり、企業・従業員向けのアンケートやパブリックコメントを実施するなど、積極的に皆様の意見を踏まえたものにしていく予定です。

2008年4月22日

2008年4月22日掲載

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