サブプライム危機は日系金融グループのグローバルIT戦略挽回の好機となるか?

松本 秀之 コンサルティングフェロー

投資銀行におけるグローバルITネットワークの構築

2002年から開始した「投資銀行業界におけるグローバルIT戦略の比較研究」 (*1)を行う過程で、アメリカ系4行、イギリス系2行、ドイツ系1行、フランス系1行、スイス系1行そして日系2行の投資銀行合計11行から、グローバルIT構築プロセスおよび現在の進捗状況に関するデータを収集した。

その分析結果を簡単にまとめると、まず1980年代後半から先進的なアメリカ系大手投資銀行数行が、ITのグローバルネットワーク化の口火を切る。1990年代中頃から金融とITを軸としたニューエコノミーへの移行を推進した、クリントン政権の経済政策に後押しされる形で、多くのアメリカ系投資銀行がITのグローバルネットワーク化を推進。その過程でアメリカ系投資銀行は、株式、債券、デリバティブという多品種に跨る金融取引を効率的に処理するために、各拠点内部のフロントオフィス、ミドルオフィスそしてバックオフィスという3階層を縦断的に繋ぐストレート・スルー・プロセッシング(STP)、またニューヨーク、ロンドン、フランクフルト、チューリッヒ、東京、香港、シンガポール、シドニーにある各拠点間を横断的に繋ぐグローバルブッキング体制を確立。1990年代後半からヨーロッパ系の投資銀行も、この潮流に追随した (*2)

他方、欧米系投資銀行がグローバルITネットワークの構築を進めた1990年代、日系金融グループはバブル崩壊以降の後片付けに多くの人的資源が奪われた事、金融グループの再編に伴うシステム統合に忙殺された事、更に海外拠点の縮小や閉鎖が相次いだ事によって、ITのグローバルネットワーク化は進まなかった。2000年以降も証券取引所決済システムDVP化、日本銀行国債決済システムRTGS化、金融商品取引法の改正に伴うシステムの変更そして現在進行中の株券の電子化といった制度対応に追われ続けたこともあり、日系金融グループにおけるITのグローバルネットワーク化の達成度は、欧米系投資銀行と比較すると後塵を拝している (*3)

グローバルITネットワーク資産のリサイクル

昨年からアメリカ発で始まったサブプライム危機。ある投資銀行は金融市場における信用収縮の煽りを受けて、クレジット危機に陥り資金調達に窮した結果、自社株式の急激な株価下落に直面。結局、同業他社が買収を発表したことで、吸収合併による救済への道が示され危機は終息。買収株価は極めて安価なものであった。市場には現在でも他の投資銀行数行が、同様の危機に瀕する可能性があるとの噂がある。他方、前述の通り日系金融グループは、今後グローバルIT戦略の挽回を行う必要がある。これらのことから「日系金融グループが、バランスシート毀損に苦しむ欧米系投資銀行に対して、不必要となったグローバルITネットワーク資産の買い取りを行う」というアイデアは、議論する価値が少なからずあるのではないかと考える。理由は以下の通りである。

1) 海外マーケットへの進出
日本国内の限られたパイの中で日系金融機関同士がシェアを奪い合ったとしても、収益性が劇的に改善される事は想定し辛い事から、ここ数年、日系大手金融グループの中には、欧米系投資銀行が推進してきたグローバルITネットワークを活用した、新しい収益機会の創造に取り組み始めたケースがある。

2) マグマが爆発するような力
しかし、現在の日系金融グループの経営戦略の文脈からは、ITをグローバル化する力を見出す事はできない。前述の研究 (*1)の分析結果によれば、投資銀行内部のITがグローバル化する時点にはビジネスモデルや組織構造の内部に劇的にグローバル化をもたらす力、比喩的にいえば「マグマが爆発するような力」が存在することが認められている (*4、*5)。現状のままでは日系金融グループのIT部門が、欧米系投資銀行のIT部門のグローバル化レベルまで追いつくのは、長い道程となる恐れがある。

3) 金融行政の国際的規制強化
前述の通り1990年代に欧米系投資銀行は、IT部門のグローバル化を一気に進めた。欧州通貨統合、コンピュータ2000年問題、そして同時多発テロなどを経て、2000年代の金融行政の国際的なコンセンサスは、災害復興計画、情報セキュリティー、オペレーショナルリスク管理、顧客取引先認証などの分野における規制強化へとシフトしている。規制の弱い時代にITのグローバル化を行い、その後、新たに作られた規制に随時対応していくのは容易であるが、逆にさまざまな角度で国際的に規制が強化された中で、ITのグローバル化を推進するのは容易なことではない (*6、*7)

4) IT部門の資産価値の不変性
金融機関のバランスシートには、固定資産として建物、土地、器具・備品、投資有価証券などがあり、流動資産として商品有価証券がある。一般的にコンピュータ、システム機器、通信ネットワークそしてソフトウェアなどのIT部門への投資は固定資産の器具・備品の科目に計上される。今回サブプライム危機によって毀損した部分は、資産科目の投資有価証券あるいは商品有価証券の部分であり、一方でIT部門は今回の危機とは全く関係ないことからグローバルITネットワークの資産価値は変わらない。

5) IT部門の資産価値の無価値化
ところが資産価値不変であるグローバルITネットワークも、買い手が現れない限り無価値となる。日米欧の金融業界では、今まで数多くの統合が行われてきた。統合を行う場合、サーバや通信機器などのハードウエアは環境設定を変更することで再配置・再利用が可能であるが、ソフトウェアの場合それが長年に亘り多額の投資を行い開発、導入、維持を行ってきたグローバルネットワーク型の最新IT技術であったとしても、統合の段階で不必要と判断された場合はハードディスクから削除されることとなり、グローバルITネットワークの資産価値は削除された瞬間に無価値となる。

6) IT部門のローカル市場対応
1990年代に欧米系投資銀行が開発、導入、維持を行ってきたグローバルIT部門のソフトウェアは、欧米地域だけでなくアジア地域の中央銀行や証券取引所の決済システムとのインターフェースあるいは監督官庁への定期報告など、各国金融市場の法的要請やシステム要請に対応する為の機能を併せ持っている場合が多い。これらの機能は各国金融市場特有の要請に従い開発を行ってきた経緯があり、別の金融機関に譲渡した場合でも僅かな変更を行うことで使用可能である。

日系金融グループと欧米系投資銀行の両者にメリット

2001年にノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・E・スティグリッツが指摘するように、投資銀行業務とは本源的に情報戦略と収益性とが直結するビジネスである (*8)。現在、競争が激化する国際金融市場の中で世界中から参戦してくるプレーヤーと互角に戦い生き残る為に、投資銀行は優れたグローバルITネットワークを所有することが必要である。嘗てインターネット証券の分野では、アメリカ系の会社を日系の会社が買収した例がある。サブプライム危機に直面する欧米系投資銀行のグローバルITネットワーク資産のリサイクル案は、グローバルIT戦略の挽回が必要な日系金融グループと、少しでも多くの資産売却を進めたい欧米系投資銀行との間に、ウィンウィンの関係性を成り立たせる可能性がある。

2008年4月8日
参考文献
  • *1, Matsumoto H.(2007), “Cross-Cultural Comparison of Global Strategic Information Systems Management in the Multinational Investment Banking Industry”, University of London, Birkbeck College, School of Computer Science and Information Systems (SCSIS), March 2007
  • *2. Matsumoto H. and Wilson D.W. (2006), “Activators and Inhibitors of Successful Global IS in the Strategic Management Cycle of Multinational Investment Banks”, Proceedings of the 14th European Conference on Information Systems (ECIS), Goteborg, Sweden, June 2006, AIS
  • *3. Matsumoto H. (2006), “An Analysis of Japanese Management Style, History and Culture influencing Global IS Management in the Investment Banking Industry”, Poster Presentation of the 14th Annual Cross-Cultural Meeting in Information Systems, An official meeting of the AIS Sponsored Special Interest Group (SIGCCRIS), Milwaukee, U.S., December 2006, AIS
  • *4. Matsumoto H. and Wilson D.W. (2006), “Discovering the Fixed Sponsor Model: a Cross-Cultural Comparative Study of Global Strategic IS Management”, Proceedings of the U.K. Academy for Information Systems (UKAIS), 11th Annual Conference, Gloucester U.K., April 2006, pp. 4, Nominees for Best Paper
  • *5. Matsumoto H. (2006), “Cross Cultural Research in IS: Finding the Fixed Sponsor Theory”, School of Computer Science and Information Systems (SCSIS), Research Day, January 2006, London Knowledge Lab of the University of London, London, U.K.
  • *6. Johnson P.C., Elmallah A.A., Crow S.R. and Gezi K. (1998), “International Technology Transfer: A Theoretical Development for Firm Level Analysis”, Global Information Technology and Global Electronic Commerce, AIS, Americas Conference on Information Systems (AMCIS),1998
  • *7. Earl M.J. and Feeny D.F. (1995) “Information Systems in Global Business: Evidence from European Multinationals”, Information Management: The Organizational Dimension, M. J. Earl (ed.), Oxford, England: Oxford University Press, pp. 77 - pp. 100
  • *8. ジョセフ・E・スティグリッツ (2003),『人間が幸福になる経済とは何か』, 鈴木主税翻訳, 徳間書店, 2003年11月25日出版, ISBN: 4198617619

2008年4月8日掲載

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