空港(整備・運営)ガバナンス制度を考える

赤井 伸郎
ファカルティフェロー

成熟化社会を迎え、多様化したニーズに応えるため、地方が自己責任で行財政運営を効率的に行える制度に向けた改革が必要となっている。そのためには、国と地方の役割分担、住民によるガバナンスと行政のアカウンタビリィティの達成は必要である。特に、効率的なインフラ資産の活用による地域活性化は不可欠であり、地域経済に大きな影響を与えうる空港の活用が議論されている。2007年にまとめられた、アジアゲートウエイ会議の報告書「アジアゲートウエイ構想」(2007年5月16日)においても、地域発展のため、「アジア・オープンスカイ」とともに地方空港の活用が叫ばれている。ここで重要となるのが、空港という施設を有効に活用するためのガバナンス制度の整備である。

「ガバナンス」とは、一般的に、「統治」と訳される。統治とは、ある主体が、他の主体を支配することである。民主主義社会では、ある権限を持った主体(通常は、資金を供給することによって権限を保有する主体:プリンシパル)が、目標を達成させるように、権限を持たない主体の行動(エージェント)をコントロールすることを意味することになるであろう。また、このようなコントロールをするシステムが、ガバナンス(統治)システムであり、目的を効率的に達成させるシステムが、適切なガバナンス・システムということになる(企業経営の分野では、コーポレートガバナンス(企業統治)という言葉がよく使われる)。

空港(整備・運営)のガバナンス・システムには何が必要か

空港は、企業資産とは異なり公共性(外部性)のあるインフラ資産である。これらインフラ資産におけるガバナンスとは、資金(税金および使用料)を提供する住民(国民)が、経営主体をコントロールすることを意味する。このシステムは、パブリック(またはガバメント)ガバナンス(統治)システムと呼ばれる。目標を達成させるように、実務担当者のインセンティブを考慮して経営・活用を適切に誘導する仕組みが、適切なシステムとなる。

行政組織において適切なガバナンス・システムでは、行動主体(エージェント)のインセンティブを的確にコントロールでき、かつ的確な目標を達成するために、以下の2つを実現することが必要である。

(1) 明確性(不確実性の可能な限りの排除)
(2) 透明性(情報の非対称性の可能な限りの排除:ニーズの把握)

具体的には、曖昧な制度の排除による明確性の実現、情報公開による情報の非対称性の排除および行財政運営チェックシステムにより、自己責任体質を確立し、モラルハザードを防ぐシステムを構築することになるが、それに加えて、住民・国民が意識を持ってこのシステムを構築すること、すなわち、住民・国民のガバナンスに対する意識改革とその持続が不可欠である。さらに、政治的にそのシステムが構築可能であり、持続可能であるためには、既存の体質を打破する強いリーダーシップも欠かせない。

空港におけるガバナンスとは、資金、すなわち税金を提供する住民(国民)が、自己責任で、空港の経営主体のインセンティブを考慮した適切な制度を構築することによって、空港の経営・活用を促すこととなる。

ガバナンスの観点から空港の現行制度を見る場合、以下のような議論がある。

1.管理制度を見れば、種別で国の管理空港と地方の管理空港に分かれるが、その基準も歴史的経緯によるものが多く、その区分も曖昧である。空港間のネットワークの観点から空港は国の管理に置くべきとの理由は説得性が薄い。今後地方の活性化として国際的な交流の際にもっとも必要と思われる地方の都市部の空港は、国の管理下のままである。

2.空港エアサイド・ターミナルビル・駐車場などの施設の管理主体がばらばらであり、地方自治体も空港を活用した将来の政策を描けないばかりか、そのようなインセンティブすらもてない制度となっている。

3.財務面では、主要空港は、国の下で収支がプール(空港整備特別会計)され自己責任のないものになっている。また、地方の管理下に置かれている空港においても、空港独自の会計指標が(住民に見える形ではほとんど)公開されておらず、どのように運営されているのかが住民などに十分説明されていない(アカウンタビリティの欠如)。

空港整備特別会計や地方空港の収支分析を行った研究が少し見られるが、ガバナンスの観点から地方空港の運営に対する地元自治体の取り組みの差異、およびその要因分析などをした分析はこれまでなされていなかった。このたび、経済産業研究所のプロジェクトとして、この分析を試みた。具体的には、現状を踏まえ以下の研究を行っている。

1.国における空港ガバナンス・システムの評価として、財務会計面からの空港整備特別会計の評価および効率性の計測
2.地方における空港ガバナンス・システムの事例として、国営から県営に所有形態が変更された名古屋県営空港に着目し、運営形態の変化への取り組みの効果の計測
3.地方における空港ガバナンス・システムの評価として、地方空港の利用活性化に向けたチャーター便誘致への取り組みの効果の計測
4.地方における空港ガバナンス・システムの評価として、ガバナンス構造の(地方自治体が出資して関与する)地方空港のターミナルビル会社の(収支から見た)経営効率への効果の計測

これらの考察は、以下の興味深い事実を導出している。

・現存する財務報告書は、国の所有する空港全体を統合した空港整備特別会計の財務諸表のみであり、(地方空港を含め)個々の空港の実態を表すものはない。また、その財務諸表でカバーされているのは、滑走路やエプロンなどの基本施設(および附帯施設(護岸、道路、公営駐車場、橋、排水施設))と呼ばれる空港の施設のみであり、ターミナルビルや駐車場はカバーされていない。財務報告書の一体化によって、はじめて空港経営者側にコスト意識が芽生える。空港を生かした地域活性化に向け、各空港ごとの財務諸表の作成が、空港ガバナンスに向けた第一歩である。

・国営から生まれ変わった名古屋県営空港では、コミューター航空や小型機の拠点空港の確立、費用削減努力としての指定管理者制度の採用、空港経営としての非航空収入の獲得努力(旧国際線ビルへの大手商業施設ユニーの誘致)、地域産業活性化努力(航空産業クラスター・航空宇宙技術センターの誘致表明)など、自己責任の確立を促すガバナンス制度の構築の成果が現れている。

・チャーター便の伸び率を指標とした空港活用とガバナンス制度の関係の分析結果からは、制度として空港の所有および経営も(もちろん国の適正な規制は必要であるが)、地方自治体の下で行われることが、地方空港を有効に利用するための努力を促し、地方経済を活性化させるのに十分柔軟な制度整備の1つとして必要であることが示されている。

・空港ターミナルビル会社の収支から見た経営効率とガバナンス制度の関係の分析からは、民間出資の活用と多面的なモニタリングが重要であることが示唆される。経営責任の曖昧性を排除し、空港のターミナルビルも空港と一体化し、空港が有効に活用されるように促す適正なガバナンス制度の構築が必要であることが示されている。

今後の地方空港には自己責任体質の確立が急務

現在、ほぼ空港整備の時代が終わり、国主導の空港経営から、地域主導の空港ガバナンスの時代に入ってきていると考えられる。整備事業に目途がついた現時点においては、効率的な空港運営に向け、適切な空港ガバナンス・システムの導入が必要となっている。ネットワークの観点から空港間のコントロールが必要といわれるが、自己責任のない制度による、有効活用に向けたインセンティブの欠如も大きな問題である。多様化した地域ニーズを捉えることが必要となっている近年の成熟化した時代においては、そのインセンティブ問題が増幅してきており、国管理で行う必要性は相対的に小さくなっていると考えられる(実際、地方管理の第三種空港が存在している)。ネットワークの観点からのコントロールは、インセンティブの考慮とともに、直接的な所有ではなくて、間接的な緩やかな規制などで行うべきであろう。今後の地方空港においては、曖昧な制度の排除による明確性の実現・情報公開による情報の非対称性の排除および監視システムの導入などを通じて、自己責任体質を確立し、地域のインセンティブを高める制度設計の構築が急務となっている。

筆者注:
本稿での主張は、経済産業研究所「地方分権・国際競争時代における地方活性化に向けたインフラ資産活用に対する行財政制度のあり方に関する実証的、国際比較制度分析-地方空港の行財政運営制度・統治システムに関する考察-」プロジェクトの成果としてのディスカッションペーパーを基礎としている。詳細な議論は、ディスカッションペーパー(07-J-045)を参考にしていただきたい。本研究プロジェクトに当たっては国土交通省航空局の担当者の方には有益な知見、データを頂いた。ここに記して感謝の意を表したい。もちろん、本コラムで紹介する研究成果はプロジェクトチームの見解である。

2007年10月9日

2007年10月9日掲載

この著者の記事