どのような企業が買収防衛策を導入するのか?

鶴 光太郎
上席研究員

企業の合併・買収(M&A)が増加する中で、経営陣の同意を得ない買収、いわゆる敵対的買収も2005年のライブドア・フジテレビのニッポン放送を巡る経営権争いを境に目に見えて増えてきている。こうした中で、特に、2005年5月、経済産業省・法務省が策定した「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための防衛策に関する指針」以後、この「指針」に沿った形でアメリカのポイズンピル型の買収防衛策(新株予約権を使い、買収者が一定の株式を買い占めた場合自動的に新株が発行され、買収者の株式取得割合を低下させる仕組み(買収者は権利行使できない))が導入されるようになった。導入企業数も2005年度47社、2006年度150社と急増し、2007年6月末現在362社、東証では既に約7社に1社が買収防衛策を導入している。本コラムでは、筆者が滝澤美帆氏、細野薫氏と行った共同研究(「買収防衛策導入の動機:経営保身仮説の検証」RIETI Discussion Paper Series 07-J-033)の内容を紹介しながら、敵対的買収防衛策を導入する企業の特徴を分析することにより、防衛策導入の是非を検討してみたい。

敵対的買収を巡る2つの考え方

敵対的買収については2つの対立する考え方がある。第1は、企業買収、特に、敵対的買収および経営者に対する規律付けメカニズムを通じて企業の効率性を向上させるという考え方である。もし、経営者が企業価値の最大化を怠っていれば、当該企業は株式市場で過小評価されるため、その企業を買収し、経営者を交代させ、より効率的な経営に取り組めば企業価値を高めることができる。つまり、企業買収の可能性が地位を失いたくない経営者に対して買収されないような経営努力を行うインセンティブを与えるのである。この考え方からすれば、真の買収防衛策は経営努力による企業価値最大化以外のなにものでもないはずである。したがって、買収防衛策導入は経営保身の現れであり、非効率的な企業を温存することになる。

一方、敵対的買収は企業価値を毀損するという考え方もある。経営者が代わってしまえば、それまで従業員等ステークホルダーとの間に形成されていた暗黙の契約が破棄されやすい。そのような「信頼への裏切り」はステークホルダーが当該企業に特殊な投資を行うインセンティブを低下させるため、企業の競争力、ひいては企業価値を低下させる可能性がある。また、焦土経営(経営を一時的に支配し知的財産などを他の企業に委譲すること)のように企業を「喰いもの」にするような敵対的買収も企業価値を毀損する場合があろう。このような考え方からみれば、企業価値を毀損するような敵対的買収に対する買収防衛策導入は「正当防衛」ということになる。

敵対的買収とその防衛策について対立する2つの見方の妥当性を判断する1つの方法は防衛策を導入する企業の特徴を分析することである。もし、経営者保身が防衛策導入の目的であれば、買収のターゲットになりやすい非効率的な経営を行っている企業や、もともと内向きの経営を行い株主への配慮に欠けた企業ほど防衛策を導入する傾向が強いであろう。他方、企業価値を損ねるような敵対的買収を防ぐことが防衛策導入の目的であれば、経営者の保身的態度や企業経営の非効率性と防衛策導入との関連はみられないであろう。

経営保身や外部株主との対立が買収防衛策の導入に影響

上記の仮説を検証するために、2005年4月から2007年3月までに敵対的買収防衛策を導入した企業(計197社)のデータを用い、買収防衛策導入の動機を分析した。具体的には、(1)経営不振の放置、(2)経営者や企業に備わる経営保身体質、(3)その他被買収確率に影響する要因に分けて分析を行ったところ、次の結果が得られた。

1.ROAやトービンのQなどで測った企業パフォーマンスが悪化した企業が買収防衛策を導入するわけではない。つまり、経営怠慢による買収脅威の高まりに対して「隠れ蓑」、「塹壕」として買収防衛策を導入しているのではない。

2.社齢が長い企業、役員持ち株比率が低い企業、持合株式比率が高い企業ほど買収防衛策を導入する傾向が強い。これは経営保身や外部株主との利害対立が買収防衛策導入に影響を与えていることを示唆している。特に、持合比率の高い企業ほど買収防衛策を導入しやすいという結果は、経営保身を示す顕著な証拠といえる。なぜなら、持合比率の高い企業は他の条件が等しければ買収されにくいはずであり、それにもかかわらず導入可能性がより高くなっているということは高い持合比率がその企業の経営者の保身的傾向の強さを反映しているとみられるからである。

3.支配株主の比率が低い企業、機関投資家比率の高い企業ほど買収防衛策を導入しており、株式保有が流動的で買収されやすい企業ほど買収防衛策を導入している。また、流動性資産比率が高く、負債比率が低い、買収者にとって魅力的な企業ほど買収防衛策を導入する傾向が強い。

買収防衛策導入に伴う資本市場への悪影響、企業のコスト負担への懸念

最近では敵対的買収の現実化の中で企業同士の株式持ち合いが再び復活してきていることが指摘されている。もともと株式持ち合いで経営者の「塹壕」を築いてきた企業がさらに買収防衛策でその「塹壕」を強化する傾向にある。また、ブルドックソースの防衛策を巡る司法判断が買収防衛策導入の株主総会承認重視を明確に打ち出したことで、買収防衛策の適法性を高めるために更に安定株主工作のための株式持ち合いに拍車がかることも予想される。こうした動きは健全な企業買収市場(経営権市場)の発展を阻害しかねない。

一方、我々の分析では、規模の大きな企業ほど買収防衛策を導入する傾向があることがわかった。これは買収防衛策導入にはそれなりの固定コスト負担が伴い、規模の小さい企業の財政的負担は小さくないことを意味する。先のブルドックソースの例は極端かもしれないが、5月時点で税引き後利益2億3000万円の黒字を予想していた企業が買収防衛策導入に伴う弁護士費用等だけで約6億8000万円を計上することになった。

このように資本市場への悪影響、企業のコスト負担などを考慮すると、企業が個別にポイズンピル型買収防衛策を導入するのではなく、公開買付ルール(特に、全部買付義務)の強化を図ることで濫用的な敵対的買収を排除していくという視点(注)も再検討されるべきであろう。


注:鶴光太郎(2006)、『日本の経済システム改革-失われた15年を越えて』、日本経済新聞社の第3章第4節では全部買付義務を中心としたイギリスの「シティ・コード」による企業買収規制の意義および日本へのインプリケーションについて詳しく論じている。

2007年8月28日

2007年8月28日掲載

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