危機に直面する情報技術協定

小林 献一
コンサルティングフェロー

EUによる数百億円規模の新課税

EUで今、日米電器メーカーに対して数百億円規模の関税が新たに賦課されようとしていることをご存じだろうか? EUは、1996年に締結された情報技術協定(Information Technology Agreement:ITA)に基づいてコンピュータ(PC)、同関連機器、携帯電話等の関税を無税とする一方、ITA対象外のテレビ、ビデオカメラ、白物家電、オーディオ機器等に対しては高関税を課してきた。しかし近年、EUはITA製品の一部を、技術革新による技術融合が進んだことを理由に、ITAで約束した製品とは別製品であると主張。ITA対象外として高関税を課しはじめている。

一昔前の電器売り場

大手電器小売店の売り場を思い浮かべてみよう。テレビ、パソコン、携帯電話、オーディオ、白物家電、ありとあらゆる電器製品が展示されている。しかしITAが合意された1996年当時と比較して高機能化・多機能化していない製品はほとんどない。パソコンや携帯電話でテレビを視たり音楽を聴いたりすることは当たり前。洗濯機の多くは乾燥機、電子レンジはオーブンと融合。もしもEUが主張するように、技術融合を理由にITA製品がITA対象外とされれば、近い将来、ITA協定により無税化されている製品、たとえばパソコンやデジカメ、さらには携帯電話といった製品はほとんどすべて課税対象とされ、ITAは空集合となりかねない。

具体例1:パソコン用液晶モニター

EUが技術融合を理由に課税しているITA製品の代表例がPC用液晶モニター。現在、市場で販売されているPC用液晶モニターの9割近くに、DVI(Digital Visual Interface)という端子が付いていることをご存じだろうか。従来のPC用ブラウン管モニターでは、PCのデジタル信号を一旦アナログ信号に変換。そのうえでモニターに表示する方式がとられていた。これに対してDVI端子は、デジタル信号をデジタル信号のまま、PCとモニター間で送受信可能とした。この結果、PC用液晶モニターは、デジタル信号を発信するPC以外の機器、たとえばDVDプレイヤーから発信されるデジタル信号を、パソコンを経由せずに直接、受信することが可能となった。EUは、DVI端子経由でDVDの再生が可能なことを理由に、本来ITA対象であるPC用液晶モニターのほとんどすべてに対して、ITA対象外のビデオモニターの関税14%を課している。

具体例2:デジタル複合機

次にEUが課税をおこなっているITA製品としてあげられるのがデジタル複合機。ITAはPC用入出力機器をその対象とする一方、コピー機は対象外としている。デジタル複合機と一言でいっても、家庭・小規模オフィス用の小型機から大規模オフィス用の製品まで多種多様な製品が含まれる。しかしデジタル複合機すべてに共通な特性を考えると、プリンタ、コピー、スキャナー、ファクシミリ等の機能を複合化し、ネットワークに接続して使用するPC関連機器と定義できる。EUは、ネットワーク利用を前提としているデジタル複合機共通の特性を全く勘案せずに、デジタル複合機のほぼすべてをITA対象外として6%の課税を行っている。

問題解決へ向けた支持の広がり

問題を重視した日米両国は、技術革新に基づく高機能化・多機能化を理由としたITA対象製品への課税は認められるべきではないとの立場で一致。2006年10月のITA委員会を皮切りに、EUに対してITA製品への関税撤廃を働きかけている。WTOにおける日米両国による積極的な働きかけもあり、現在では日米両国の主張は、シンガポール、タイ、マレーシア、フィリピン、韓国、台湾、カナダなど、ITA加盟国の多くから支持を受けるに至っている。また支持は政府レベルに留まらず、日米欧韓印豪6カ国・地域産業界によっても共有。2007年3月には産業界共同のポジション・ペーパーが発表されている。また同時に日EC二国間でも、2006年12月、甘利経済産業大臣よりマンデルソン欧州委員(貿易担当)宛に解決を要請する書簡を発出するとともに、2007年1月には甘利大臣とマンデルソン委員との会談においても取りあげられる等、二国間においても解決へ向けた協議が継続されている。

求められる将来の見取り図

ITA加盟国はすでにその合意時に「各国の貿易制度は、IT製品の市場アクセス機会を拡大するように発展すべきである」(ITA宣言パラ1参照)と定めている。同パラに埋め込まれたITA交渉担当者の理念は、1996年から2003年にかけてIT製品の全世界輸出総額が2倍以上に増加、金額ベースで2003年に1.1兆米国ドルを超えるというかたちで結実している(UNCTAD, Information Economy Report, 2005, at 24.)。また直接的な貿易量の増加に加え、IT製品の貿易自由化によるIT技術の進歩、さらにはそれに伴うサプライ・チェーンのグローバル化等、ITAが昨今の経済の急速なグローバル化に果たした役割は計り知れない。10周年を迎えたITAが引き続き世界経済の発展に貢献できるかは、ITA加盟国が今一度ITA合意時の精神に立ち戻り、次の10年の見取り図を描くことができるかにかかっている。

2007年4月17日

2007年4月17日掲載

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