生産性の国際比較による産業競争力のベンチマーキング

元橋 一之
ファカルティフェロー

2001年から経済産業研究所で進めてきた東アジア生産性プロジェクトの結果がまとまった。日本、中国、韓国、台湾、米国の5カ国における産業別の全要素生産性の国際比較分析によって、1980年代以降の日本の産業競争力に関する状況が明らかになった。

生産性に関するコンバージェンスが進む東アジア諸国

本プロジェクトは経済産業研究所が中心となって、日、米、中、韓、台のそれぞれにおける国際的な研究者ネットワークによって行ったもので、黒田昌裕氏(内閣府経済社会総合研究所所長)やジョルゲンソン教授(ハーバード大学)など生産性に関する世界的な研究者の協力も得て完成させることができた。共通の産業分類(33分類)に基づいて、産業連関表や労働投入、資本ストックに関するデータの整備を行い、上記5カ国のTFP(全要素生産性)の比較を行ったものである。労働投入や資本ストックに関しては、質の向上を把握するために、それぞれのタイプ別集計(労働投入については、男女別・年齢別・教育階級別、資本投入については資本財別)の集計を行っている。また、本プロジェクトにおいては、全要素生産性の伸びだけでなく、そのレベルについても推計していることが特徴である。生産性のレベルを比較することによって、日本の産業競争力の水準を他国と比較することが可能になる。(詳細については、環太平洋諸国の生産性比較研究(ICPA)プロジェクトを参照)

本プロジェクトにおけるマクロレベルの推計結果は表1のとおりである。国によって推計期間が異なるが、それぞれの国の期首と期末の日本を1とした生産性のレベルと期間を通じた年平均生産性伸び率を一覧表にしたものである。たとえば、中国について見ると1982年にはTFPのレベルが日本の50%であったのが、2000年には66%のレベルまで上昇し、期間を通じた平均的な生産性伸び率は2.04%であった。中国、韓国、台湾の生産性の伸び率は、日本の0.42%よりも高くなっているため、これらの国は生産性のレベルで見ると日本へのキャッチアップを果たしていることが分かる。一方で米国と比較すると、もともと生産性のレベルで米国の方が4%高かったものが、この20年で8%とその差が更に広がっている。90年代に入って日本の生産性伸び率は低下したが、米国においては、逆に90年代後半以降の伸び率の加速が見られたことが影響している。

表1 マクロレベルでみた生産性比較結果

エレクトロニクス産業において高い日本の生産性

産業別の状況について5カ国・33産業の結果すべてをここで紹介することはできないので、東アジアとの関係で関心が高まっているエレクトロニクス産業の状況について述べる。この分野においては韓国企業や台湾企業の台頭が目覚しく、中国企業も力をつけてきているといわれている。これをTFPのレベルでみるとどうであろうか? 日本と東アジア3カ国の生産性のレベルの推計結果は以下のとおりである。ここでは日本の1995年のTFPレベルを1に基準化した各国のTFP指数をグラフにしている。

Relative TFPs in Electronics Industry

1985年と2000年において日本を100%として見た各国の生産性の相対的レベルは、中国で53%→68%、韓国で61%→80%、台湾で63%→74%となり、これらの国において日本へのキャッチアップが進んでいることがわかる。また、マクロレベルで見ると韓国は台湾よりも低い生産性のレベルにあったが、エレクトロニクス産業においては90年代後半に台湾を追い抜いている。このような生産性のレベルやトレンドは、各国におけるエレクトロニクス産業におけるイノベーションや生産性の状況を反映したものである。韓国、台湾や中国の日本に対するキャッチアップは進んでいるが、日本においても生産性の上昇が見られ、まだまだ追いつかれたという状況にはなっていない。半導体集積回路や液晶パネルなどの一部の電子部品においては、日本企業が苦戦しているといわれているが、エレクトロニクス全体で見ると日本企業の技術的な厚みや優位性は大きく損なわれているという状況になっていない。

日本において低い非製造業の生産性レベル

日本の産業別競争力を生産性によって他国に対してベンチマーキングすると、一般的に製造業においてその優位性が高いことが分かった。特に、エレクトロニクス、輸送機械、精密機械などの組み立て型産業において高い生産性レベルにある。その一方で建設、金融・保険、電力などの非製造業において日本の生産性は低くなっている。生産性レベルが高い輸出型産業と低い内需中心の非製造業が共存する日本経済の二重構造がここでも確認された。その背景には非製造業における規制改革が十分に進んでいないことが影響していると考えられる。1990年代後半以降、電力・ガス、電気通信、小売などの業種において規制改革が進み、生産性への影響も観察されているが、OECDの調査によるとOECD諸国において日本の規制レベルはまだまだ高いものとなっている。マクロレベルの生産性に対しては、医療サービスや教育などの公的サービス分野についても、適切な競争メカニズムを導入して生産性の向上を図っていくことが重要である。

非製造業における生産性の向上や競争力の強化という観点ではITを有効に活用することによるサービスイノベーションを促進することも重要である。90年代における米国の生産性加速を牽引したのは小売業や銀行業などの非製造業である。小売業においてはウォルマートのサプライチェーンシステムが有名であるが、日用品についてはP&Gとの間でPOS情報を共有する製販連携システムを構築している。日本においては系列を超えたこのような大規模な連携事例は見当たらないが、ITの先端活用事例として見習うべきところが多い。また、非接触タグ(RFID)による物流の効率化とサービスの高度化、銀行や証券分野におけるインターネット取引の拡大、電子マネーの普及などインフラ面における整備など、ITを活用したサービスイノベーションのシーズは急速に拡大している。規制改革による競争環境の整備とともに、ITを用いたイノベーションへの取組みが日本の非製造業の生産性向上の鍵を握っているといえる。

2006年12月26日

2006年12月26日掲載

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