高まるFTA効果分析の必要性

浦田 秀次郎
ファカルティフェロー

急増する世界とアジアのFTA

近年、特定国間の貿易に関する障壁を撤廃する自由貿易協定(FTA)が急増している。2006年9月15日時点で関税と貿易に関する一般協定(GATT)・世界貿易機関(WTO)に通報されているFTA(厳密にはFTAと関税同盟の合計)の累計は211に上る。WTO加盟国の中でFTAに加盟していないのは、モンゴルだけであるといわれており、FTA加盟国間の貿易は世界貿易の40%以上を占めるようになった。

東アジアは他の地域と比べると、FTAへの関心を持つのは遅かった。21世紀に入るまでは、東南アジア諸国連合(ASEAN)を加盟国とするASEAN自由貿易地域(AFTA)が東アジアにおいて唯一の主要なFTAであったが、21世紀に入ると、東アジア諸国もFTAを積極的に推進するようになった。

日本は2002年11月にシンガポールとのFTA(公式には、経済連携協定、EPA)を発効させた後、05年4月にはメキシコ、06年7月にはマレーシアとのEPAを発効させた。現在、インドネシアなど東アジア諸国を中心に交渉を進めている。日本を始めとして近年設立されつつあるFTAは貿易自由化だけではなく、投資自由化、貿易・投資円滑化、経済協力などを含む包括的な取り決めになっている。

WTOでの貿易自由化が進まない中、FTAは今後も増加することが予想される。日本もFTAに積極的だ。日本や他の国にとって経済成長を促進するような望ましいFTA戦略を構築するには、FTAの経済効果に関する分析が不可欠である。FTAの経済効果分析には、主に、FTA設立前に行われる事前的分析と設立後に行われる事後的分析がある。事前的分析では、FTAの効果を経済モデルを用いてシミュレーションにより分析する方法をとるのに対し、事後的分析では、実際に観測された数値を用いて、FTAの効果を計測する。

CGEモデルを用いたシミュレーション分析

事前的分析で最もよく使われている手法が一般均衡モデル(Computable General Equilibriumモデル, CGEモデル)を用いたシミュレーション分析である。CGEモデルは各国により構成される世界経済を想定し、各国の消費者と生産者は与えられた予算の下で、各々の満足度や利潤を最大にするように行動し、各財・サービスに対する需要と供給が価格メカニズムを通じて均衡するような仕組みを組み入れている。CGEモデルは実際の経済活動を簡単化してとらえ、明示的に表現した分析ツールである。CGEモデルを用いたFTAのシミュレーションでは、FTA相手国との貿易に課されている輸入関税を撤廃することで、FTAの効果を推計する。

これまでのシミュレーション結果から、いくつかの一般的傾向が認められる。1つは、FTA加盟国は経済成長や経済厚生の増加といった形で利益を得る一方、非加盟国は経済成長の鈍化や経済厚生の低下といった形で被害を受ける可能性が高い。第2に、加盟国数の増加は加盟国の利益を拡大させる。これらの2つの傾向から判断すると、世界各国にとって最も好ましいFTAは世界全体でのFTA、つまりWTOでの自由化であることがわかる。

CGEモデルはシミュレーション分析では有効な道具であるが、国際経済活動が複雑化し、FTAの内容が包括的になる状況において、さまざまな改善が求められている。具体的には、投資自由化、貿易・投資の円滑化、経済協力のモデルへの導入などが課題である。

グラビティ・モデルによる貿易効果分析

FTA効果の事後的分析としては、FTAの貿易に与える影響に関する研究が多い。FTAの貿易効果としては、加盟国間の貿易が拡大する貿易創出効果と非加盟国間との貿易が縮小する貿易転換効果があるが、これらの効果の分析にあたっては、クロス・カントリー・データを用いたグラビティ・モデルによる研究が主流である。グラビティ・モデルでは二国間の貿易量を両国の距離と経済規模で説明しようとする。二国間の貿易量は距離には反比例する一方で経済規模には正比例という関係が想定されるが、実際の推計でも、このような関係が認められている。FTAの効果については、FTA加盟国間の貿易についてFTAダミー変数を導入する一方、非加盟国との貿易について非FTAダミー変数を用いて、両変数の符号を検証する。これまでの研究からは、FTAによる貿易創出効果および貿易転換効果については一様なパターンは認められていない。FTAにより結果は異なっているだけではなく、同じFTAでも年代により結果は異なることが多い。

FTAの貿易への影響に関する研究はグラビティ・モデルを用いて全貿易を対象としたクロス・カントリー分析が多いが、個々のFTA加盟国について個別商品を対象とするような詳細な分析も必要である。また、FTAの生産、雇用、投資、生産性などへの影響に関する分析もFTA戦略構築にあたって欠かせない。事後的分析には統計入手が可能になるまでFTA設立後、ある程度の時間の経過が必要である。日本の関与するFTAについては、分析に必要な統計の利用が可能になりつつあることから、事後的分析の実施が期待される。

2006年11月14日

2006年11月14日掲載

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