グローバリゼーションは進んでいるか?――企業ミクロ実証分析の必要性と「新新貿易理論」――

冨浦 英一
ファカルティフェロー

グローバリゼーションの進展?

「グローバリゼーション」という言葉の定義は難しいが、世界中広く人口に膾炙して今日の世界を語る一種の枕詞と化している感がある。ピューリツァー賞受賞の世界的ジャーナリストT. フリードマンによるベストセラー"The World is Flat"(Penguin Books, 2005)も、最近注目される欧米からインドへのアウトソーシングを、インドを目指して新大陸を「発見」した大航海時代にたとえて数々の鮮やかなエピソードで活写している。インターネットで結び付いた今日の世界は新たな次元の競争と協働の時代に突入したとされることが多い。内外一体が徹底すれば、経済学の中で国際経済学が存在する根拠も消滅するはずである。

しかし、世界経済はまだまだ統合されてはいない。ヒトの国際移動では、ビザの発給や入国審査が昨今却って厳格化された。資本の国際移動についても、アジア経済危機を境に慎重な議論が力を得た。国際貿易論の教科書には、国境で生産要素の移動が妨げられても、生産物の自由貿易が達成されれば、世界経済は、国境が全く存在しなかったバベルの塔以前のようなユートピア的なシームレス統合状態を復元できると説明されているが、農産物を例外扱いした自由貿易協定の繁殖を見ただけでも、今日の世界は自由貿易には程遠い。

企業にとってのグローバル化選択

さて、企業側から見て、たとえ相手国の貿易障壁が撤廃されていたとしても、自らの製品を輸出するには、通関を済ませる必要があるし、外国の製品安全規制にも通じていなくてはならず、為替変動のリスクを負いつつ、時には外国での流通網の確保も必要だろう。こうした追加的な費用を負担してまで輸出して割が合う企業は少数であろう。実際、日本でも米国でも、自分の製品を直接輸出している企業は、全企業数の一割に満たない。この事実は、米国工業統計の事業所個票データを用いたBernard and Jensen 以来の研究の蓄積により、既にstylized factとして確認されている。

確かに、企業がグローバル化するに当たって、輸出が唯一の選択ではない。しかし、海外直接投資を行い海外で生産している企業は輸出企業よりも更に少数となる。他方、近年、海外の他社に様々な活動を委託するアウトソーシングも広がっていると見られる。とはいえ、筆者による日本企業データを用いた端緒的な研究(※)によれば、ごく限られた大規模な企業しかオフショア生産アウトソーシングを活用していない。
※Tomiura, E. (2005) “Foreign outsourcing and firm-level characteristics: evidence from Japanese manufacturers,” Journal of the Japanese and International Economies 19, 255-271

こうして企業のグローバル化選択が多様化する中で、日本の国際分業構造も、プラザ合意円高時に東南アジアへ移転した日系子会社に日本国内の親会社やグループ企業から部品を輸出する形態から変化が生じている。現地企業から調達が増加したといっても、現地に進出した他の日系企業も取引ネットワークに組み入れられている。販売についても、最終製品の欧米向け輸出や日本への逆輸入だけでなく、アジア域内の他国に立地する日系企業向け中間財供給も含まれる。そこで、伝統的な通関統計にとどまらず、グローバル化した日系企業について、輸出入のみならず現地での調達・販売関係を合弁相手先も含めてきめ細かく把握する地道なデータ整備作業なくしては、もはや日本の貿易・国際分業構造の理解は難しくなっている。

国際貿易理論研究の新しい流れ

貿易理論研究のフロンティアを見ても、リカード・モデルやヘクシャー=オリーン・モデル以来の古典的な貿易理論一辺倒の状況が1970-80年代にKrugman, Helpmanらによる「新貿易理論」によって塗り替えられて以来の変革が近年生じつつある。前回は、完全競争下で生産要素の賦存状況や産業別の要素投入率による比較優位に基づく理論から、独占的競争下で製品差別化を伴う産業内貿易を説明する理論への変化であったが、今回の変革-「新新貿易論」とよばれている-は、同じ産業に属する企業であっても異質性が無視できない点に着目したことに特徴がある。古典的な理論も新貿易理論も「産業」を分析の単位としている点では共通していたが、Melitz, Antrasらによる「新新貿易理論」は個別企業に遡った分析である。同一産業内部でも輸出する企業、海外生産する企業、オフショア・アウトソーシングする企業が一部に限られ、グローバル活動に直接関与していない企業と間で生産性の格差を伴いつつ互いに並存する状態をモデル化している。今後、その現実説明力につき、実際の統計データに基づく本格的な実証研究が待たれている。

2006年10月31日

2006年10月31日掲載

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