日本企業の対中戦略:生産拠点から開発拠点へ

元橋 一之
ファカルティフェロー

中国経済は年率10%近い伸びで成長しており、21世紀中には世界最大の経済大国となることは間違いない。また、ミクロレベルで見ても中国企業のLenovoがIBMのPC部門を買収するなどハイテク産業における競争力が高まっているという声がある。このように急速に経済発展をとげる中国に対して、日本企業としてはどのような戦略をとっていくべきであろうか? 中国経済の進展は、市場としてみた中国の魅力度が高まる一方で、競合相手としての中国企業の実力向上も意味する。本稿では、これまで筆者が行ってきた中国経済の競争力分析を通じて、日本企業の対中戦略に対するインプリケーションについて述べたい。

中国経済の産業競争力をどう見るか?

日本企業と比較した中国企業の競争力は、豊富な労働力をベースとした価格競争力であることは間違いない。ただし、製品価格は賃金や原材料などのコストとともに生産性のレベルによっても影響を受ける。コストの高い日本で生産活動を行った場合でも、生産性を上げることによって中国企業に対抗していくことは十分考えられる。このように日中の産業競争力の現状を評価するためには産業別に見た生産性の状況を把握することが重要である。RIETIにおける「環太平洋諸国の生産性比較プロジェクト」によると、2000年のマクロレベルで見た中国経済の全要素生産性のレベルは日本の66%となっている(注1)。ただし、1982年時点では50%であったので、特に日本の生産性伸び率が低下した90年代にキャッチアップされてきている。中国においてその隆盛が著しいエレクトロニクス産業について比較すると、1982年時点で日本の34%であったものが2000年には59%となったことが分かっている。

このように日本をベースとした中国の産業競争力は着実に高まってきているが、中国におけるハイテク産業の生産はかなりの部分が外資系企業によるものであることに留意することが必要である。2002年の中国におけるエレクトロニクス産業の生産額のうち、45%は日系企業も含めた外資系企業によるもので、15%は台湾・香港系企業、純粋な中国企業による生産額は全体の40%に過ぎない。外資系企業は、中国国内企業と比較して生産性レベルが2割~3割高いことが分かっているので、いわゆる中国企業の競争力という観点からいうと上記の生産性レベルの数字はかなり割り引いて考える必要がある(注2)。

マーケットとして見た中国の魅力度

日本企業の競合相手として見た中国企業の実力は、急速にキャッチアップしつつあるものの、まだまだそのレベルは低いことが分かった。この点は、中国に対する特許出願件数の上位を占めるのが松下電器産業、サムソン、ソニー、フィリップスなどの外資系企業であることからも理解できる。エレクトロニクス産業においては、家電におけるハイアールや通信機械の華為技術などが有名であるが、これらの企業の競争力は豊富なサービス要員をバックにした営業面や価格面によるもので、イノベーション能力においては日本や韓国の企業のレベルからはまだ遠い。それではマーケットとして見た中国の魅力度はどうであろうか?

この点については市場の成長スピード、規模の大きさの両面において世界で最も魅力的な市場という意見に異論を持つ人はいないであろう。2006年から2010年までの第11次経済計画においては、「経済成長のスピードよりその質を重視」する方向が打ち出されたが、当面は少なくとも7%は超える経済成長が続くであろう。人口については、いわゆる「一人っ子」政策によって、最近は自然増加率がマイナスになっていることから、平均的な国民生活水準は急速に改善してきている。ただし、市場主義経済への移行にあたって、国民の所得格差が増大し、特に都市部と内陸部においては生活水準や環境の違いが大きい。従って、1つの大きなマーケットとして考えるのは誤りであり、地域特性に合ったマーケティング戦略をとっていくことが重要である。いずれにしても、少子化時代に入って国内マーケットの拡大が望めない時代において、日本企業にとって中国市場の重要性は今後ますます高まるものと考えられる。

日本企業の対中戦略:長期的視野に立った開発拠点整備の必要性

それでは、日本企業としてはどのような対中戦略をとっていくことが必要であろうか? ここでは主にエレクトロニクス産業を念頭において考えていきたい。まず、戦略を構築するためには競争相手を明確にする必要がある。これまで見てきたように、競争相手としての中国企業はまだまだその技術的レベルは低い。従って、ここ5年といったタームで見ると、中国マーケットにおいて日本企業がターゲットとすべきハイエンド層における強力な競合相手になるとは考えにくい。日本企業の当面の競争相手は、むしろ欧米や韓国におけるグローバル企業である。

エレクトロニクス分野において日本企業は、欧米企業と比較して早い段階から対中進出を行ってきた。中国から見た直接投資の額を見ても日本がトップである。ただ、日本企業の対中進出は、生産拠点として安価な労働力を求めたものが中心で、中国市場をターゲットとした製品の現地化はむしろ遅れているといわれている。これからますます重要性を増す中国市場を狙った製品開発を行っていくためには中国における研究開発体制を充実することが必要である。このところモトローラ、ノキア、シーメンスといった欧米の主要IT企業は、相次いで中国に新たな研究所を設置している。これらの多くは製品のローカライゼーションを行うための開発拠点として設けられたものである(注3)。これに対して、日本企業における研究開発体制の整備は遅れている。

その背景として、企業インタビュー調査を行った結果、日本企業は欧米企業に対して、1)現地サイドへの権限委譲が行われていない、2)本社からより短期的な成果を求められている、3)人材流動に伴うトレードシークレットの流出に対する懸念をより強くもっている、などの特徴があることが分かった。欧米企業においては、グローバルな研究開発体制を構築する際に中国を重要な開発拠点の1つとして捉え、研究所や人員の計画的な増強を進めている。また、企業秘密の流出は重要な問題として認識はしているものの、管理強化対策で完全に解決できる問題ではないので、一種のコストとして割り切った対応をとっているという印象を持った。最近、中国政府は高等教育に力を入れており、安価で良質な人材が豊富である。日本企業としては、中国をこれまでのように生産拠点としてのみ捉えるのではなく、中国における優良な人材を用いた開発体制を強化することによって、欧米や韓国企業とのグローバル競争に対応していくことが必要である。そのためには中国をグローバルな研究開発拠点の1つとして認識し、長期的ビジョンに立った計画的な研究開発体制の構築に取り組んでいくことが必要である。

2006年7月25日
脚注
  • (注1) 「環太平洋諸国生産性比較プロジェクト」の詳細についてはhttp://www.rieti.go.jp/jp/database/d03.htmlを、ここで引用した生産性レベルの分析結果については、"Assessing Japan's Industrial Competitiveness by International Productivity Level Comparison with China, Korea, Taiwan and United States", Kazuyuki Motohashi, a paper presented at RIETI Policy Symposium "Determinants of Total Factor Productivity and Japan's Potential Growth: An International Perspective", July 25, 2006を参照。
  • (注2) 中国における所有形態別の企業レベル生産性については、"IT, Enterprise Reform and Productivity in Chinese Manufacturing Firms", Kazuyuki Motohashi, RIETI Discussion Paper 05-E-025, 2005/09を参照。
  • (注3) 在中外資系企業の研究開発活動については、"R&D of Multinationals in China: Structure, Motivations and Regional Difference", Kazuyuki Motohashi, RIETI Discussion Paper 06-E-005, 2006/02を参照

2006年7月25日掲載

この著者の記事