新しい知的財産権侵害物品の水際取締制度――層公正な制度に向けて―

川瀬 剛志
ファカルティフェロー

本年4月28日より、経済産業省輸出入取引審議会(輸取審)において知的財産権侵害品の貿易管理に関する検討がスタートした。知財侵害物品の水際取締については2002年の「知的財産戦略大綱」を受けて翌2003年以降既に継続的に制度改正が行われており、知的財産立国の実現に重要な政策ツールとして位置づけられていることが伺える。

水際取締の沿革

発案者・創作者の研究開発や創意工夫の結晶たる発明や著作物等は諸々の知的財産法により保護されるが、経済のグローバル化に伴い、偽ブランド品に代表されるように、権利者母国の管轄権が及びにくい海外からもたらされる知財侵害物品が激増した。これが水際取締の重要性が高まるゆえんである。

国際的にいえば、知財権侵害物品の水際取締は、そもそも1947年に起草されたGATT第20条d号にも根拠があり、新たな規制ではない。たとえば米国には1930年関税法337条があり、特に80年代半ば以降、レーガン政権の積極的な不公正貿易慣行対策のツールとして多用された。1995年以降、現行のWTO協定下では、知的財産権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)第51条以下に水際取締に関する規定がおかれ、特に商標権・著作権についてはその導入が義務化された。

我が国法制も関税定率法第21条で知財侵害物品を麻薬等の禁制品の一環として位置づけ、税関長の職権によってこれを没収・廃棄することができる。この制度自体も1954年に制定され、そのルーツは実に明治30年にまで遡るという。

「知的財産戦略大綱」と水際取締の強化

小泉内閣のもと知的財産戦略会議が策定した「知的財産戦略大綱」においては、増大する模倣品・海賊版の被害を阻止すべく、TRIPS協定上の権利の行使を謳っている。その結果、より実効的な水際取締を目指し、03年以降毎年関税定率法および下位規範が改正されてきた。この過程で、たとえば権利者による輸入差止申立制度の対象を特許権にも拡大し、権利者による分解検査を導入し、あるいは差止の対象も不正競争防止法違反物品にまで拡大された。

こうした法改正に伴い、制度の利用が容易化されると、2004年には、富士通の申立により韓国サムスン社製プラズマパネルを、そしてシャープの申立により台湾・東元社製の液晶テレビをそれぞれ税関は差し止め、世間の耳目を集める大型案件となった。特にサムスン事件では、日韓に新たなWTO紛争をもたらすかの緊張が両国に走ったことは記憶に新しい。

その後の「知的財産推進計画2005」にも、同様の水際取締強化の方針は継承されている。むろん模倣品・海賊版の輸入が増加しているためであろうが、昨年(2005年)の水際の知財侵害物品差止件数が過去最高となったのも、こうした規制強化の成果であろう。

制度の活用に向けて適正手続とWTO整合性の担保を

むろんそれでも水際取締は十分ではなく、一層の効率化・強化が必要な側面もある。たとえば現在は輸入を業としない一般人による知財侵害物品の持ち込みは規制対象外だが、個人輸入の高まりや知財侵害物品輸入の小口化・巧妙化に伴い、その対応が検討課題となっている。しかし、かつての米国の例から分かるように、規制強化は他方でWTO協定の諸原則にもとる保護主義をもたらす懸念がある。水際取締のやみくもな強化ばかりでなく、その判断をいかに適正かつ我が国の国際的義務に合致して行うかについても、他方で顧慮する必要がある。

サムスン事件でも韓国政府が指摘したように、現行の我が国水際取締制度のWTO協定整合性には、未だに不十分な点が少なくない。たとえば、現行制度では税関が1カ月程度の短期間内に侵害の有無を決定できるが、通常の差止訴訟では同じ知財侵害の有無を地裁だけでも1年近くかけて、しかも民事訴訟法の手続的保障に裏付けられ、当事者の主張・立証を闘わせる対審型審理により判断する。この手続的な非対称は明らかに輸入品に不利であり、国産品優遇を禁じたGATT第3条の内国民待遇原則との整合性につき、検討の余地が残る。

また、元来知財侵害の判断は高度に専門的・技術的な知見を要し、特に我が国水際取締法制はTRIPS協定上の義務に加えて、侵害の判断が困難な特許権や集積回路配置権などの侵害物品も対象としている。職員のたゆまない研修と累次の人員増強をもってしても、税関が極めて短期間でこの判断を担うことの適否には、懐疑的な見方もあろう。TRIPS協定も、執行機関としての税関と知財侵害認定機関が分かれていることを前提としており、我が国のように税関が全ての機能を兼務する制度は想定していない。

これらの問題は単にWTO協定整合性を越えて、我が国水際取締制度上の当事者たる輸入者・権利者双方、および経済的なダメージを受ける海外の輸出・生産者に対する適正手続(due process)の保障の観点からも重要である。水際取締の濫用あるいは不十分な運用のどちらによっても、関係者に深刻な財産権の侵害をもたらすことから、迅速性・実効性の確保と、慎重かつ十分な審理のバランスが模索されなくてはならない。知財侵害物品を不公正として駆除するのであれば、手続的なフェアプレイ精神でこれに臨むことが、真の知的財産立国に相応しい姿であろう。かかる関心から、今後は輸取審をはじめ政府内において、独立行政委員会の設置を含む専門的な審査機関のあり方、行政手続における手続的保障の水準、税関手続と裁判手続とのインターフェイスなどが議論されることになろう。

なお、こうした関心を踏まえた輸取審の制度改正案は、まもなく経済産業省サイトでパブリックコメントに付される。この問題にご関心の向きは、積極的に意見を寄せることをお勧めしたい。

2006年5月9日
文献

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2006年5月9日掲載