敵対的買収、モノ言う株主と退出

胥 鵬
ファカルティフェロー

ライブドアによるニッポン放送の敵対的買収を巡る攻防をきっかけに、敵対的買収と買収防衛策が毎日のように新聞紙上に取り上げられるようになった。さらに、MAC、通称、村上ファンドの阪神電鉄株の大量取得、楽天のTBSに対する経営統合提案などから、今後も敵対的買収が増加すると予想される。

敵対的買収の評価

80年代、米国では数多くの敵対的買収が繰り返されており、敵対的買収の出現の理由にとして、フリー・キャッシュ・フロー仮説が挙げられる。この仮説によると、既存経営者が本来株主に還元すべきキャッシュ・フローを自分の“格”を高めるための規模拡大に費やすことこそ、敵対的買収を招いた原因であるということになる。当初、米国でも敵対的買収は悪徳金融資本家が無辜の経営者を収奪していると否定的見方が強かった。しかしその後、緻密な実証分析により敵対的買収やLBO(Leveraged Buy-Out)は企業価値、営業利益と経営規律を高める効果があることが示され、いまや学界におけるコンセンサスとなっている1。また、米国の買収プレミアムの少なくとも80%は従業員の利益を移転したものだという、Shleifer and Summers(1988)論文2がよく引用される。しかし、著者Shleifer氏自身が後ほどのBhagatとVishnyとの共同研究で言及したように、これはただ一例しかない例外のケースである。その後、全体的には敵対的買収プレミアムに占める従業員からの利益移転の割合がわずか5%-10%程度だという、Bhagat, Shleifer and Vishny(1990)3の共同実証研究結果が、米国の1980年代の敵対的買収に対する評価として、広く受け入れられている。日本の経済学者や経営学者はもちろん、法学者もこのことを熟知している4。したがって、80年代における米国の敵対的買収ブームは、経営者が長年の株安を放置し、しかも取締役会や株主総会が有効に経営者をガバナンスすることができなかったことに対する資本市場の復讐であるという見方もあながち誤りとはいえない。また、一般的に敵対的買収のプレミアムがほとんど従業員などのステークホルダーの利益を株主に移転したものだという見方を支持する実証分析は見当たらない。

敵対的買収やモノ言う株主の圧力

最近、筆者は敵対的買収のメリットと弊害を分析するために、経済産業省OB村上氏が率いるMAC、通称村上ファンド、米国の投資ファンドが設立したスティール・パートナーズ・ジャパンという2つの「モノ言う投資ファンド」のターゲット企業と無作為に抽出した同業他社をサンプルとして、「モノ言う投資ファンド」のターゲット企業になる要因を分析した5。2000年以降、村上ファンドとスティール・パートナーズ・ジャパンのターゲットとされた日本企業が50社に達して敵対的買収の件数の大多数を占めるため、敵対的買収を研究する格好の対象である。

村上ファンドとスティール・パートナーズに共通する点は、増配や自社株式取得などでターゲット企業に株主への利益還元の圧力をかけることである。筆者の論文の目的は、データに基づいてこのような敵対的買収やモノ言う株主の行動、すなわち株主への利益還元の圧力が有害か有益かを分析することである。それを見分ける基準は、企業の成長性、すなわち、高収益投資機会の多寡である。高収益の投資機会が多い成長会社の場合、内部資金の資本コストが低いため、豊富な高収益の投資プロジェクトに投資するためにキャッシュを蓄積することが株主利益に合致し、逆に株主への利益還元を求めることは成長の芽を摘むことになる。一方、高収益投資機会が乏しい成熟・衰退企業におけるキャッシュ・フローは株主利益や企業価値よりも、経営者の「格」のために無駄遣いされ、フリー・キャッシュ・フローになる危惧が大きい。ここで、収益投資機会の多寡の代理変数として実証分析でよく用いられるトービンのq(企業価値時価総額と簿価資産合計の比率)があるが、フリー・キャッシュ・フローの代理変数はトービンのqが1を下回るダミーと現預金・投資有価証券と資産合計の比率の積を用いる。そのほかに、株式持合い比率などの変数を説明変数に含まれている。

実証分析結果は、フリー・キャッシュ・フローが高く、株式持合い比率が低い企業がターゲットにされやすいことを示唆する。われわれの結論は、フリー・キャッシュ・フロー仮説を支持するものであり、1980 年代に米国で市場評価が低い企業が敵対的買収のターゲットにされやすいとの結論にも一致する。株式持合いが完全に解消されていない日本において、村上ファンドやスティール・パートナーズの役割は、1980 年代の米国の敵対的買収に共通する点が見られる。今後、敵対的買収やモノ言う株主の圧力もあって日本経済は長年の株安から脱出することが期待される。「モノ言う投資ファンド」のターゲットとなった日本企業が敵対的買収を招いた理由も、既存経営者が株価低迷を長期にわたって放置し、取締役会も株主総会も機能しなかったことである。

敵対的買収やモノ言う株主の存在は、企業経営者の早期退出を促し、その後の企業価値を向上させる可能性が大きい、と筆者の実証分析は示唆している。つまり、敵対的買収の脅威は経営者に対する脅威であり、企業価値に対する脅威ではない。仮にこのようなフリー・キャッシュ・フローの豊富な企業が防衛策を導入することは、企業価値の確保または向上のためではなく、経営者保身につながる危惧が大きい。また、ステークホルダーの利益を方便に買収防衛策の導入を正当化することは、日本経済を“会社破れて従業員あり”の岐路に導き、株価の長期低迷からの脱出を遅らせることになる。

市場メカニズムへの影響

昨今、公開会社における不特定多数の零細株主のフリーライダーなどの理由で株主総会は有効に経営者をモニターすることができない。加えて、日本における株主持合いによって株主総会は形骸化する。また、透明性に著しく欠ける取締役会の監督機能も期待できない。しかし、株価が長期低迷すれば、コーポレート・ガバナンスが機能しなかった企業は、敵対的買収やモノ言う株主の圧力などの形で株式市場から復讐を受けることになる。企業の財産価値、とりわけ、現預金・有価証券などのフリー・キャッシュ・フローと比べて株価が割安の場合に、敵対的買収や株主提案などで株主への利益還元が実現されれば、株主は利益を得る可能性が高い。これは、株式市場におけるアービトラージ機会、すなわち不当に安い株価を正常な株価にすることによって得られる一種の鞘取り利益を動因とする裁定である。アービトラージ利益を実現するために、買収者は過半数の株式を取得してから非効率な既存経営陣に取って代わる必要がある。また、既存経営者が増配や自社株式買いなどで敵対的買収やモノ言う株主の圧力に対応することもしばしば見られる。一株一票と多数決の株主総会の意志決定ルールは、まさに企業価値と経営規律を高めるために設計されたものであり、株式を売買すると同時に支配権を売買する支配権市場は株主総会や取締役会の機能を補う市場メカニズムである。米国の経験と日本の現状は、いずれもこのことを力説している。

最も重要なのは、敵対的買収が参入と退出という市場メカニズムの根幹に関わるということである。なぜなら敵対的買収が行われた後、不採算部門等が戦略的に整理されることがよくみられるからである。近年、日本の銀行がこの10数年間本来淘汰されるべき企業を温存し、その結果新規参入が妨げられた、と示唆する実証分析が少なくない。連続2期赤字や債務超過に陥っても退出が先送りされると、衰退・成熟産業からネット関連などの成長産業への資源や資本のシフトが遅れる。目下、敵対的買収は日本における早期退出を促す重要なメカニズムの1つであり、これは市場メカニズムでもある。

敵対的買収をめぐっては、どのような防衛策が裁判所に認められるかといった実務研究が非常に盛んであるにもかかわらず、データに基づいて緻密な実証分析で敵対的買収やモノ言う株主の圧力の効果を解明する研究は非常に少ないのが現状である。また、早期退出を促すメリットのほかに、企業価値を毀損することや従業員の利益を株主へ移転することなどによる敵対的買収の弊害も多く指摘されている。今後、メリットと弊害の異なる角度から、とりわけ、従業員の利益を害するかどうかという点から、敵対的買収やモノ言う株主の圧力の弊害の有無を解明する実証分析は不可欠である。

2005年12月13日
脚注
  1. 代表的な論文として、Holmstrom, B. and Kaplan, S.( 2001) “Corporate Governance and Merger Activity in the United States: Making Sence of the 1980s and 1990s.” Journal of Economic Perspectives 15, pp. 121-144を参照されたい。
  2. “Breach of Trust in Hostile Takeovers,” in Alan Auerbach, ed. Corporate Takeovers: Causes and Consequences. Chicago: University of Chicago Press, 1988
  3. “Hostile Takeovers in the 1980s: The Return to Corporate Specialization”, Brooking Papers on Economic Activity, Microeconomics, Vol. 1990, 1990
  4. 冷静かつ論理的なものとして評価されている法学者論文として、田中亘(2005)「敵対的買収に対する防衛策についての覚書(1)」民商法雑誌131号4・5号が挙げられる。
  5. 胥 鵬「どの企業が敵対買収のターゲットになるのか」、2005年法と経済学会報告論文

2005年12月13日掲載

この著者の記事