在庫調整と景気循環のヴォラティリティ

森川 正之
コンサルティングフェロー

在庫循環は比較的短期の景気変動の中心であり、景気循環に関する書物の中で在庫循環は設備投資循環と並ぶ景気循環メカニズムとして必ず指摘されている。景気分析の実務でも在庫率や在庫循環図の動きを観察することは基本中の基本である。現在、我が国の景気は基調として回復を続ける中で一時的な「踊り場」にあると見られており、IT関連財(特に電子部品・デバイス)の在庫調整がいつ終了するかがエコノミストの関心を集めている。

在庫の長期減少トレンド

SNA(国民経済計算)の在庫/名目GDP比(暦年)を見ると、1980年の40.9%から2002年には16.2%へと過去20年強の間に半分以下に低下した。(1)サービス産業など原則として在庫が存在しない業種のシェア上昇、(2)製造業など在庫を持つ産業の保有在庫減少により、一定のGDPを生み出すのに必要な在庫量が減少してきていることを示している。

「法人企業統計年報」における製造業の在庫(製品在庫、仕掛品、原材料の合計)の対売上高比率は、1960年代14.6%、1970年代14.1%、1980年代11.8%、1990年代10.6%、最近(2000~2003年度平均)では9.7%にまで低下している。卸売業および小売業の持つ流通在庫を見ると、卸売業ではわずかな低下にとどまっているものの、小売業では1960年代平均の8.5%から最近は6%台半ばへと低下している。日本経済全体の中での在庫の大きさが減少傾向にあるのは確かである。

米国における景気循環のヴォラティリティ低下と在庫管理の改善

戦後の米国経済においては、マクロ経済変動のヴォラティリティの長期的な低下傾向が指摘されており、1984年前後で構造的な変化があるとされている。その原因については、適切な金融政策、石油危機等の外生的なショックの低下等さまざまな仮説があるが、ITの発達による在庫管理の改善は有力な仮説のひとつであり、それを支持する実証分析結果もある(否定的な実証結果もある)。

一方、日本は先進諸国の中では珍しく景気循環のヴォラティリティが低下していない。我が国実質GDP成長率の標準偏差および変動係数(標準偏差/平均)を計算したのが表1だが、1990年代以降むしろ上昇していることが確認できる。

表1:実質GDP成長率のヴォラティリティ
①季調・前期比②原数値・前年同期比
標準偏差変動係数標準偏差変動係数
60s1.330.522.070.22
70s1.160.982.950.54
80s0.840.881.830.52
90s0.792.062.231.29
00-040.851.912.231.23
(注)1981年までは68SNA。それ以降は2004年7-9月二次QE(基準年固定ベース)

今後、日本経済が長期にわたるデフレから脱却し、「正常な経済」に戻った後、米国のように景気変動のヴォラティリティが縮小していくのかどうか、そこで在庫投資がいかなる役割を果たすのかは、マクロ経済運営を考える上で重要な論点である。

在庫投資は依然として重要

実質GDP成長率の変化に対する在庫投資の寄与度を長期にわたって観察すると、高度成長期から第一次石油危機直後まで在庫寄与度の変動が激しく、その後1990年代初めにかけて在庫寄与度が小さい安定的な時期となった。しかし、1992年頃以降は、低成長にもかかわらず在庫寄与度が大きく変動するようになった。

実質GDP成長率のヴォラティリティに対する在庫投資の相対的な影響を確認するため、需要項目別の成長寄与度を分散分解してみた。季調済み前期比の変動に対する寄与率を見ると、在庫投資の寄与率は需要項目の中でのウエイトが大きい民間消費、民間設備投資に次いで大きい(全期間では約12%の寄与率、90年代以降では約22%)。少なくとも前期比というごく短期での経済成長率の変動に対する在庫投資の影響は小さくなっていない(ただし、原数値・前年同期比で見ると在庫投資の寄与率は90年代以降で約10%といくぶん小さい)。

無差別原則への回帰なるか

IIP(鉱工業生産指数)の生産指数、出荷指数、在庫指数の変動を比較したのが表2である。この簡単な計算からいくつかのことが確認できる。まず、季調済み前月比というごく短期の変動に着目すると、生産の変動は出荷の変動よりも小さく、短期的に在庫の存在がバッファーとなって生産を平準化させる機能を果たしていることがわかる(業種別に見てもほぼ全ての業種で同様)。80年代、90年代、2000年以降を比較すると、生産の変動と出荷の変動の乖離は大きくなっており、この間在庫の変動は大きくなっている。比較的迅速な在庫調整が行われるようになっていること、しかし出荷(需要)の変動が大きくなっているために結果として生産のヴォラティリティが高まっていると解釈できる。一方、原指数・前年同月比で見ると、生産の変動の方が出荷の変動よりもやや大きい。

これらの観察事実から、在庫はごく短期における生産平準化機能を持ち、生産のヴォラティリティ低下に寄与しているが、需要(出荷)が継続的に増加/減少する局面で生産の変動を緩和する役割は限定的なようである。

表2:生産・出荷・在庫指数のヴォラティリティ(標準偏差)
前月比前年同月比
生産出荷在庫生産出荷在庫
80s1.41%1.53%0.88%4.19%3.91%4.95%
90s1.37%1.51%0.91%4.72%4.41%5.39%
00-04.121.59%1.78%1.04%6.30%5.98%4.17%
(注)2004年12月確報までの月次データ。

在庫の減少トレンドにもかかわらず、在庫投資は景気変動の中で一定の重要度を持ち続けており、短期的な景気変動を分析・予測する上で在庫の動きは依然として注目を要する。
当面、IT関連材の在庫調整の進捗は、景気の「踊り場」局面脱却のタイミングを規定する要因のひとつである。

2005年2月22日

2005年2月22日掲載

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