経済連携協定と「東アジア共同体」-日比経済連携協定の意味-

小寺 彰
ファカルティフェロー

日比EPAの意味

昨年末に日本とフィリピンの間で経済連携協定(EPA)交渉が大筋妥結した。シンガポール、メキシコに続く3つ目の経済連携協定締結の目途がたったのである。いうまでもなく、「経済連携協定」とは自由貿易協定(FTA)のわが国の呼び方である。

日比EPAは東アジア共同体の取っ掛かりになるものとして、前の2つの協定とは違う重要性がある。シンガポールとのEPAは、日本が初めてFTAを結ぶことに意味があった。メキシコとのEPAは、すでに30余カ国・地域とFTAを結んでいるメキシコにおいて、FTAを結んでいない日本企業が被っていた被害を解消し、たとえば米国やEU企業並みの扱いを日本企業にも確保するための「防衛的」なものだった。しかし日比はまったく違う。その後にタイ、マレーシア、インドネシア、さらにはASEAN諸国全体とのEPAに連なる導火線の役割をもち、現在交渉中の韓国はもとより、将来は中国を含む「東アジア共同体」の結成まで視野に入れたものと期待されている。問題は、日比EPA、ひいては日本と東アジア諸国のEPAが、「東アジア共同体」に向けてどのような意味を持つかという点である。

東アジア共同体とは?

「東アジア共同体」を語るときには、EUに結集するヨーロッパ、また現在交渉中の米州FTA(FTAA)によってひとまとまりとなる南北アメリカに並ぶ存在として、東アジア諸国の統合、とくに経済面での統合が想定されている。世界経済をこれら3つのグループがリードするとか、WTO体制がこれら3つのグループによって支えられるというビジョンが「東アジア共同体」構想の背景にある。

しかし、統合ないし経済統合と一口でいってもその性格は大きく異なる。米州の統合の源はアメリカの経済力、さらには外交・軍事力であろう。他方、ヨーロッパの統合を引っ張ってきたのが、EU/ECの制度化だったことには多くの論者の一致がある。それでは東アジア統合はどのようなパターンなのであろうか。

東アジアにおいても経済統合(国際貿易・国際投資の活発化)が順調に進んできたといわれる。それは制度牽引型の統合ではなく、日本企業を中心とする多国籍企業が国境をまたがって積極的な投資活動を行い、それに伴って域内貿易も活発化した結果である。制度ではなく、経済実態が経済統合を牽引してきた。日本が東アジアに張り巡らせようとするEPA網は、このような東アジアの統合状況を大きく変容させるものなのであろうか。

日比EPAの内容

伝えられているところによると、日比EPAで新たに日比間で特別な関係が設定されるのは、物品貿易における関税撤廃である。他国から日本に輸入される場合に関税がかかる物品についても、フィリピンから輸入される場合には原則としてすべて関税がかからないことになる(特恵関係の設定)。同じことはフィリピンの日本からの輸入についても当てはまる。また看護師についても、フィリピン政府の要求が受け入れられて、フィリピンの看護師が、就業面で他国の看護師より有利な特別の扱いがなされることになる。

日比EPAで現状が変わるのはこれだけである。同協定には、投資ルールやサービス貿易、さらには知的財産権等の条項も含まれるじゃないかという疑問を持つ向きもあろう。たしかに日比EPAの内容は多岐にわたり、これらの分野の条項もできるが、それは現状を変えるものではない。それらは、現状を固定する効果をもつものか(投資ルールやサービス貿易)、または現状を支える規則を作るもの(同)、さらには今後日比間で協力を進めていくためメカニズム(知的財産権、中小企業協力等)かのいずれかである。つまり、物品貿易と看護師就業を除くと、日比EPAがなしえたことは現状維持でしかない。

もちろん、投資ルールがあれば、フィリピンが投資自由化を後退させようとしても、それができなくなるというような保険的な効果はある。しかし、フィリピンが投資自由化を後退させることは想定できるのか。通貨危機も予想できるといわれるかもしれないが、通貨危機の場合は、日比EPAがあってもフィリピンは投資自由化を制限する措置をとることが認められる見込みである。

さらに注意すべきことは、物品貿易についてのフィリピンの関税撤廃は当面は日本に対してだけであるが、日本がそうであるように、フィリピンがFTA相手国を増やすことも十分考えられる。現在EPAを交渉中のタイは、日本とのEPA以前にオーストラリアとFTAの交渉を妥結しており、日本との交渉の後には米国との交渉が控えている。また看護師問題も、日本が今まで就業を厳しく制限していただけで、フィリピンの看護師は世界各地ですでに就業している。この問題では、日本はようやく他の諸国並み又はそれに近い状態になったにすぎない。つまり、物品の貿易については、当面日本とフィリピンとの間に特恵関係が設定されるが、それがいつまで続くか、その保証はない。

このようなEPAの性格は、タイやマレーシアさらには韓国とのものについても基本的には変わらないと見た方が良い。日本とのEPAによって、EU/ECのように特恵関係に支えられる排他的なグループはできない(ECはFTAではなく排他的な関税同盟)。日本のEPAとEU/ECとは根本的に違うのである。

一点付言しておくと、物品貿易について関税撤廃という現状変革を、二国間協定を通じて行うというのは、わが国の二国間通商関係条約では画期的なことである。今までのわが国の二国間通商関係条約は、投資協定も含めて、相手国の現状を変える要素を持つものはなかった。この点に関連して、常に現状を変革してきたWTO/GATT協定の意味を再認識する必要があると同時に、他国に現状変革を常に要求する米国と日本とでは、通商政策の基本哲学も交渉姿勢もまったく違うことを押さえておくべきである(FTAと言っても、米国の目指すものと日本の目指すものは違うのである)。

東アジアEPAの評価-プロセス思考と戦略的発想の必要性

東アジア諸国とのEPAに果敢に取り組み、それを現実のものにすることは、東アジア諸国との関係強化への日本政府の積極姿勢を示すことであり、政治外交的に重要なことは言うまでもない。しかし、EPAによって制度的に生まれる統合効果はそれほど大きなものではない。東アジア、とくにASEAN諸国と日本との実態面での経済的な相互依存関係はきわめて高く、それによって経済的一体性が作り上げられてきた。その点で、EU/ECという制度が経済統合をリードしてきたヨーロッパとは対照的である。日比EPAから今後結成が予定されている、日本を軸とする東アジアEPA網を判断するかぎり、この違いは基本的には変わらないと見るべきである。政治外交的な意味合いを別にすれば、EPAの締結自体の統合効果はそれほど大きなものではない。

むしろEPAで注目すべきは、各種の二国間協議による協力関係の設定である。これが東アジア経済統合をマネージするメカニズムとして活用されるか、それとも単なるEPA上の「お飾り」にとどまるか。この点はきわめて重要である。この点を含めて、EPAが東アジアの経済統合を推進するワンステップでしかないことを自覚しなければならない。日本を軸とするEPA網さえできれば東アジアの経済統合が自動的に推進され「東アジア共同体」に結び付くというような物神崇拝は厳に慎むべきである。EPAを等身大で評価し、またその中でEPAを梃子にして経済統合を引き続き進めていくための施策を積み重ねていくという、プロセス思考でEPAを捉えていかなければならない。EPA締結によって自動的に起こることはきわめて小さい。今後の東アジアの協力関係の発展、引いては東アジア統合の推進のために、EPAをどのように使うか。通貨協力や政府開発援助(ODA)、日本企業の投資促進も含めて、総合的な戦略の策定が望まれる。

2005年2月8日

2005年2月8日掲載

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