ポスト不良債権処理の金融行政のあり方とは:「金融重点強化プログラム」に望むこと

鶴 光太郎
上席研究員

主要行の不良債権比率半減目標の達成が確実となり、「金融再生プログラム」が今年度末に終了するのを受けて、来年度からスタートする「金融重点強化プログラム」が12月末までに策定されることとなっている。伊藤達也金融担当大臣の「アドバイザリー・チーム」による検討も10月末から進んでおり、これから策定作業が本格化するものと思われる。その内容については、いわゆる「骨太2004」に、不良債権問題への対応から金融行政を転換することが謳われている。具体的な柱としては、1)強固で活力ある金融システムの構築、2)金融機関の自主的・持続的な取り組みによる経営強化、3)地域活性化・中小企業再生に貢献する地域金融や中小企業金融の構築、4)利用者ニーズに対応した多様で高度な金融サービスの提供、5)金融実態に対応した取引ルール等の整備とその下での利用者の安心の確保、が挙げられている。本稿では、来年度以降の金融行政の大枠を決める「金融重点強化プログラム」の策定に向けて、いくつかの論点を提供したい。

まだ幕引きはできない不良債権問題

まず、新たなプログラムを策定する際の出発点として重要なのは、主要行の不良債権比率半減の目標が達成できたからといって、まだ不良債権問題に幕引きはできないという認識である。地域金融機関の不良債権処理は主要行に比べ遅れており、それがリレーションシップ・バンキングの強化や地域金融機関の再編では解決できないのは明らかだ。金融安定化を狙った地域金融機関同士の合併・統合も、自分から合併を申し出れば相手行に救済を求めたことになるので合併後イニシアティブを握れないこと、金融機能強化法による公的資金申請を行えば経営介入を受けること、などの金融機関の懸念を反映して、金融当局の想定通りには進んでいないのが実情である。したがって、地域金融機関の経営健全化に向けての切迫感は概して薄いといわざるを得ない。これも、主要行と地域金融機関を完全に区別して、前者には「ムチ」、後者には「アメ」の政策を展開してきた「竹中金融行政」の当然の帰結である。

確かに、「不良債権問題=主要行の問題」というレトリックは、主要行の数が少ない分、政策プロセスやその効果を国民にアピールしやすいという利点があった。また、これは国民の目を巧妙に地域金融の問題からそらすことにも役立った。主要行と地域金融機関の「二分法的」政策対応は、2001年度までの数年間は毎年2桁の金融機関の破綻があったにもかかわらず、ハードランディング路線といわれた「金融再生プログラム」策定以降(2002年度~2003年度)の金融機関の破綻がわずか1件(足利銀行)しかなかったという「竹中金融行政のパラドックス」をうまく説明しているように思われる。

地域金融機関の不良債権問題への対応の継続を前提とした上で、金融行政が金融安定化を最重要課題として掲げてきた「危機時」から「平時」のモードへ転換していく節目にきていることは事実である。そのような金融行政の転換を図る上で重要な視点を2つ挙げたい。

避けるべき金融行政の悪しき「産業政策化」

まず、「危機時」における銀行への経営介入が「平時」にも慣性で継続することがないようにすることである。銀行へのガバナンス強化は、「金融再生プログラム」の三本柱の1つであったことからもわかるように、「危機時」における強い経営介入と規律付けは重要である。厳密な「3割ルール」の適用や業務改善命令は銀行の規律付けにおいて大きな効果を挙げてきたといえる。しかし、こうした強いガバナンス機能は「危機時」に限定されるべきである。「平時」においても、金融機関、当局双方において「危機時」における行動様式や予想継続をすれば、金融機関はリスクを避けるため何でも伺いを立て続けるであろう。また、当局もかつての「裁量行政」に逆戻りする、また、その検査・監督も1歩間違えば、税金を投入した「人間ドック」、「経営コンサルティング」になりかねない。したがって、金融行政による経営介入は、あくまで銀行のリスク・テイク行動の抑制に限定すべきである。リスク・テイク行動は金融機関の破綻につながり、金融機関の破綻はシステミック・リスクを通じて、他の金融機関や取引先に連鎖的に影響が及ぶ可能性がある。こうした負の外部性の存在の大きさが通常の事業会社と異なり、政府の規制や介入を正当化する大きな理由の1つとなっているのである。

筆者がこうした懸念を持つのは、「金融重点強化プログラム」の背後に、「金融システムの正常化から金融機関の国際競争力強化への転換」という当局の意図が感じられるためである。「骨太2004」では、「国際的にも最高水準の金融機能が利用者のニーズに応じて提供されるようになることを目指す」とある。競争力強化が幾分なりとも意識されていることは間違いない。実際、上記、アドバイザリー・チームの会合でも、金融機関の国際競争力強化、戦略産業としての位置付けについて議論が行われたようである。しかし、競争力強化はそれぞれの金融機関の自主的判断・創意工夫で取り組むべきであり、金融行政はそのための環境作り、たとえば、健全な競争環境の整備や障害となるような規制の撤廃に重点を置くべきである。金融行政の悪しき「産業政策化」は絶対に避けるべきである。

利用者の利便性についての十分な議論を

以上のような認識の下で、ポスト不良債権問題処理の中で最も重要な課題は、(国内の)利用者の利便性への配慮である。バブル崩壊以来、10年以上にわたる不良債権問題や金融安定化への対応がなされてきた中で、銀行業に生じた大きな変化は、金融機関の破綻、合併・統合といった再編を通じた市場構造の寡占化である。金融機関数は、主要行の4メガバンク・グループへの集約化、地域金融機関、特に、信金・信組の大幅な再編・淘汰を受けて相当減少してきている。

こうした寡占化の進行で利用者の利便性が損なわれてはいないであろうか。利用者からみれば、利用できる金融機関の数が少なくなれば選択の余地も狭まる。また、銀行も競争相手がいなければ「お客の顔」を見て商売しようとは思わないであろう。さらに、合併・統合による支店の統廃合は、銀行側からすれば重要なコスト削減策であるが、利用者側からみれば利便性の低下につながる。個人的な印象かもしれないが、メガバンク統合以降、窓口やATMでの待ち時間は長くなったように感じられるし、各種手数料の値上げも行われてきた。合併によるシナジー効果やコスト削減効果が金融サービスの価格低下または質向上という形で利用者に還元されない限り、こうした寡占化は一義的には利用者にマイナスの影響を与える可能性があることに留意する必要があろう。

外国の銀行のデータを使った分析をみると、銀行合併の貸出金利や預金金利といった価格に対する影響については、利用者にとって相当な悪影響を示すものから、あってもその影響は小さいとするものまでさまざまである。しかし、(1)合併は長期的には効率性向上による好影響があるものの、短期的には預金金利を引き下げる(注1)、(2)マーケットが重なる銀行同士の合併(in-market or horizontal mergers)は、寡占化を強めるため、そうでない合併(out-of-market mergers)とは異なり、預金金利を引き下げる(注2)、(3)銀行合併の消費者ローンと自動車ローンの貸出金利への影響をみると、前者はマーケットが分断化されていることもあって上昇するが、後者はマーケットが大きく、ノンバンクとの競争もあって低下する(注3)、という最近の実証結果もある。つまり、合併からのタイミング、合併の形態、金融サービスの種類の違いで、合併による寡占化の悪影響が明らかに出やすいケースがあるのである。その意味では、現在、政策的にも進められている地域金融機関の合併はセグメントされた同じマーケット内での合併なのでその利用者への悪影響が懸念される。また、大きな銀行同士の合併の場合、通常、効率性向上効果が出やすいと指摘されているが、その効果が出てくる時期の目安である3年程度の経過を迎え、効率性向上効果の実現について検証することも重要である。

金融行政の最重要課題が金融システムの安定であったときは、銀行や預金者のモラルハザードなどの副作用があるにもかかわらず、金融機関の合併・統合が政策的に志向されてきた。しかし、「危機時」から「平時」のモードに金融行政を転換させていく時には、これまで目をつぶっていた寡占化による利用者への影響を真正面から取り上げることが是非とも必要となってくる。今後、年末に向けて「金融重点強化プログラム」が策定される過程で、利用者の利便性について、利用者からの声の取り込みも含め十分な議論が行われ、それに配慮した政策が盛り込まれることを強く望みたい。

2005年1月11日
脚注
  • 注1: Focarelli, D. and F. Panetta (2003), "Are mergers beneficial to consumers? Evidence from the market for bank deposits", American Economic Review 93(4), pp 1152-1172
  • 注2: 注1論文および Prager, R. and T. Hannan (1998), "Do substantial horizontal mergers generate significant price effects? Evidence from the banking industry", Journal of Industrial Economics 46(4), pp 433-452
  • 注3: Kahn, C., G. Pennecchi, and B. Sopranzetti (2000), "Bank consolidation and consumer loan interest rates", mimeo

2004年11月30日掲載

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