ダイエー再建に向けて:産業再生機構は厳密な資産査定と市場メカニズムに則った支援を

鶴 光太郎
上席研究員

10月13日、ついに、ダイエーが産業再生機構に支援要請を行った。主要取引銀行であるUFJ、みずほ、三井住友(およびその背後にある金融庁)が金融支援の打ち切り、法的整理も辞さないという強硬なスタンスを貫き、あくまで民間による自主再建にこだわるダイエーとその監督官庁である経済産業省を寄り切る形で、機構の活用を受け入れさせた。しかし、これまで「機構送り」に消極的であったのはむしろ貸し手である銀行側であったはずだ。また、監督官庁が同じ「官」である再生機構を排除し、「民のことは民で」と訴えたことは、部外者から見れば奇異に映らざるを得ない。本稿では、それぞれの関係当事者の複雑な立場を解きほぐしながら、ダイエー再建を検討する産業再生機構のあり方について論じてみたい。

ダイエーの支援を再生機構が検討することの意味

まず、主力行の立場である。ここに至るまでにも当然、ダイエー処理に再生機構を使う機会はあったはずである。しかし、銀行は、特に大口案件において機構の活用に消極的であり、「機構送り」はなんとしてでも避けたいというのが基本的なスタンスであった。これが、再生機構がこれまで手がけた案件は地方企業を中心に「小粒で数が少ない」との批判を受けてきた背景と考えられる。それでは、銀行はなぜ機構の関与を避けたがるのか。それは、借り手の企業価値・資産に対する銀行の評価が甘いことが明らかになるためである。たとえば、債権放棄は担保でカバーされていない範囲で負担されることになるが、銀行の甘い担保評価に対し、再生機構が厳しい評価を行えば、当該銀行の債権放棄額は再生機構が関与しない場合に比べて大きくなってしまう。したがって、銀行は「痛い腹」を探られたくないし、銀行経営を揺るがす規模の債権放棄になりかねない大口案件は、銀行主導の先送り型再建計画になりやすいのである。

このように銀行が再生機構の関与を避けたがることは、とりも直さず、再生機構が支援の決定に当たって厳しい資産査定を行ってきていることを示す証拠でもある。筆者は、再生機構の制度創設が決まった後、銀行に損をさせないような割高な価格で債権を買い取れば、国民の最終負担を増加させるだけの「国家的なモラルハザード」を生み出す機関になりかねないという懸念を表明した(「国家的モラルハザード:産業再生機構がもたらすダメージとは」週刊エコノミスト2003年1月14日号)。その後、実際の再生機構の活動をみる限りは、そういった市場からの懸念も配慮され、たとえ支援件数を稼ぐことはできなくても、高値買取りのような市場メカニズムを歪めるような支援だけは行わないという立場が重視されているようにみえる。

主力行が「機構送り」を避けるという状況が一変したのは、金融庁による業務改善命令等が、ダイエーのメイン・バンクであるUFJを「リングのコーナー」、つまり、大口融資先の不良債権問題をこれ以上先延ばしにできないところまで追い込んだことが大きい。ダイエーの処理が待ったなしであり、それなりに債権放棄を行わなければならないのなら、不良債権を「正常債権」に格上げでき、来年3月末までの不良債権比率半減目標にも資する再生機構の活用は、ぎりぎりまで追い詰められた銀行にとっては願ったりかなったりであったのである。また、3度目になる債権放棄に当たり、株主代表訴訟を恐れる経営陣にとっては、民間よりも再生機構のような公的な機関の関与(「お墨付き」)を是非欲しかったという面も大きい。

一方、このように「外堀」がほとんど埋められているにもかかわらず、最後まで、自主再建を主張していたダイエーを支えていたものは“too big to fail”(大きすぎてつぶせない)という「おごり」であり、「開き直り」であった。その姿は、2002年の秋、「金融再生プログラム」の策定に際し、当時の全銀協の会長行であったUFJが先頭に立って反論していた姿と重なるものがある。しかし、主力行が2度目の金融支援を行った2002年時点に比べ、景気や小売業界の状況が好転しているだけにそのような「おごり」は今回まったく通用しなかった。また、ダイエーに最終的に再生機構行きを決断させる引き金を引いたのは、「主力行からの金融支援継続が前提とならないならば中間決算は認められない」とした監査法人といわれており、りそな銀行の実質国有化の経緯とも共通する。

「たとえ公的機関といえども市場メカニズムを歪めるような企業の支援や債権の買取りは行わない」とする産業再生機構の姿勢は当初、不良債権の「飛ばし」や「塩漬け」機関になるのではないかとの懸念を持った者からみれば高く評価できる。しかし、その分、大型案件が少なく、地方企業が支援の中心になったことは否めない。マネジメントの人材不足が深刻な地方企業に対し、再生機構から人材を派遣し、共同で企業を再生させていく手法は新たなビジネスモデルの提示として興味深い。しかしながら、産業再生機構の評価を考える際に逃れることができないのは、「なぜ公的な機関でなければいけなかったのか」という問いである。これにポジティブに答えるためには、やはり、地方企業だけではなく、全国区レベルの外部効果の大きい企業がもっと支援対象になるべきなのである。破綻した場合、当該企業のみならず多くの取引先などに影響が及ぶという負の外部性を持ちうるということが、公的関与を正当化させるためである。また、公的な存在として最も重要な産業再生機構の役割は、多数の債権者の利害調整を行うことである。メインバンクへの「信頼」が大きく崩れてしまった90年代後半以降、企業の再建の道筋をつけるためにメインバンクに代わって多数の債権者の利害調整を公平・中立的な立場から行う仲介者の存在が不可欠になっている。その点からも、多数の債権者が絡み、日本の不良債権問題の象徴ともいえるダイエーの支援を再生機構が検討することは大きな意味がある。

再生機構は政治的介入を断固排除していくべきである

産業再生機構の債権買取りの期限は来年3月末であるので、支援決定までに資産査定を行う時間は非常に限られている。これまでの案件に比べはるかに膨大な作業を必要とする中で、どれだけ厳密な資産査定ができるかどうかが大きなポイントになる。それが当初懸念されていた「国家的モラルハザード」を回避できるかの運命を決めるといっても過言ではない。もし、資産査定の結果、支援に値する企業でなければ撤退することも十分視野に入れておくべきであろう。また、ダイエーのような大型案件の場合、これまで扱ってきた地方の企業にくらべても、その利害関係者の多さや影響力の大きさから、資産査定、債権買い取り価格、再生計画において将来の国民負担につながるような政治的な介入がなされる可能性が高いかもしれない。その意味からも、再生機構は撤退オプションを維持しながら、政治的介入を断固排除していくべきである。

ダイエー再建の成功の鍵は当然ながらその再建計画にある。その意味で、主力行が再生機構を推したのは、それが他の民間スポンサーに比べて優れた再生計画を提示できるということよりも、先にみたように主力行の経営陣の「保身」が影響していることに留意する必要がある。バブルに乗じた多角化が経営失敗の根幹であった以上、大胆に本業を絞り込むことが再建のポイントであろう。これまでの店舗閉鎖→経営悪化→店舗閉鎖という負のリストラ・スパイラルを断ち切り、本業の収益性を高め、将来の債権等の売却(イクジット)を確実にするようなビジネス・モデルの提示、適切なスポンサーの選定など課題は多い。これまでの数々の批判を乗り越えて、産業再生機構が市場メカニズム重視の大原則の下、ダイエーの再生に力を発揮していくことを期待したい。

2004年10月26日

2004年10月26日掲載

この著者の記事