「護送船団方式」の復活?:1年後に迫るペイオフ完全実施に向けた「決済性預金」導入の評価

鶴 光太郎
上席研究員

2005年4月からのペイオフ完全実施まで残すところ1年を切った。定期預金などは既に2002年4月から定額保護(元本1000万円+利息等)に移行したが、残された普通預金等も来年の4月から定額保護に移行することになる。一方、決済機能の安定確保を図るため、金融機関は、全額保護の対象となる「決済性預金」を新たに預金者に提供することができることになっている。「決済性預金」の選択的導入が決まった2002年12月の時点で、筆者は既に「決済性預金」導入に関わる問題点を指摘した(Economics Review No. 11、「預金者による銀行選別と預金保険のあり方」)。本稿では、「決済性預金」の導入を巡り、当初の懸念が現実となっている現状を再度批判的に検討してみたい。

「決済性預金」導入の問題点

「決済性預金」とは、決済サービスの提供、要求払い、無利子といった条件を満たす預金を指す(当座預金はこの条件を満たすが現状では基本的に信用力の高い法人に利用が限られている)。「決済性預金」の問題点は、新たに導入する銀行にとって大きなコストがかかることである。こうしたコストはシステム導入や顧客への周知徹底に要する費用だけではない。全額保護される「決済性預金」を提供する銀行は、他の部分保護の預金に比べて高い料率の保険料を預金保険機構に支払わなければならないからだ。このような負担は中小の金融機関にとっては重いため、金融審議会でも導入の一律的義務付けは適当ではないとされたのである。

しかし、こうした選択的導入は、政策的にみれば「自殺行為」である(Economics Review No. 11)。これだけのコストをかけて「決済性預金」を導入しようとする金融機関はペイオフ完全実施後も預金者を安心させたい、逆に言えば、自らの破綻リスクが高いことをクレディブルにシグナルしていることになるからである。つまり、預金者に向かって自ら「危ない銀行です」と宣言しているようなものである。優良な銀行であれば、逆に、「決済性預金」を扱わないことでその安全性をアピールできるであろう。 さらに重要なのは、銀行が導入のためにかけたコストの一部は預金者に転嫁される可能性があることである(口座維持手数料など)。そうなれば、預金者側からすれば、できるだけ優良でつぶれない銀行を選んで、部分保護でも利子の付く普通預金を選ぶ方が賢明といえる。今後、金利が上昇してくれば、預金者のこうした銀行選別へのインセンティブはますます高まることになろう。これでは、銀行側も「決済性預金」の導入に及び腰にならざるを得ない。その意味で、4月20日に全国の金融機関に先駆けて「決済用預金」を先行導入した第二地銀の八千代銀行は例外的なケースといえる。 こうした状況の下、「決済用預金導入、全金融機関に要請へ・金融庁」との報道もなされている(5月2日付け日経)。報道の真偽はともかくとしても、4月に全国銀行協会の新会長に就任した三井住友銀行の西川頭取が自行の「決済性預金」の取扱いを就任記者会見で表明したことを考え合わせると、それぞれの金融機関の自主性や判断の尊重から、金融行政がいつかきた道である「護送船団方式」に逆戻りしているという印象をぬぐい切れない。一部の中小金融機関にペイオフ完全実施延期論がくすぶっているといわれており、金融当局はこうした動きを「決済性預金」導入の「行政指導」でけん制したいという思惑もあるのであろうが、それでは当初の選択的導入の趣旨と大きく矛盾してしまう。 もちろん、来年4月からのペイオフの全面解禁は断行すべきであるが、こうした矛盾に満ちた「決済性預金」の導入は再検討されるべきであろうし、少なくとも、時限的な措置ということを新たに明確化させるべきである。金融当局が「行政指導」に成功してすべての金融機関が「決済性預金」の制度を導入したとしても、優良な銀行は自ら高い保険料率を払わなければならない「決済性預金」を預金者に積極的に勧めようとはしないであろう。これでは導入のために大きなコストがかかるだけで、新しい制度がまったくの「絵に描いた餅」になりかねない。

来年4月からのペイオフ完全実施は預金者からの銀行選別・規律付けを機能させるための絶対条件

諸外国をみても、金融危機が起こった時に、預金者の動揺を抑え、銀行の取り付けを阻止するため、緊急避難的に政府が預金の全額保護を行うことは珍しいことではない。しかし、通常は金融システムが安定すれば、部分保護に移行しており、日本のようにあるカテゴリーの預金の全額保護を恒久的な措置として実施する、さらには、銀行間の決済の一部(仕掛かり中の決済資金である「特定決済債務」)まで保護するという仕組みは世界的にみても例がない。

たとえば、OECD諸国をみても、スウェーデン、フィンランドは92年に全額保護を導入したが、それぞれ、96年、98年に部分保護に移行している。98年に全額保護を導入した韓国は2001年初から部分保護に移行し、その後全額保護を続けていた無利子の決済性預金についても2003年末をもって全額保護を打ち切っている。OECD諸国中で日本以外に現時点で全額保護を続けている唯一の国であるトルコも2004年7月から部分保護に移行することが決まっている。 このように、日本の現状をみると、依然として世界の常識からかけ離れ、狭い「金融村」の中で政策が決められているという現実に直面せざるを得ないのである。銀行業のガバナンスのあり方を考える場合、新しいBIS規制にも盛り込まれているように、金融当局の規制・監督だけではなく、預金者も含めた市場からの規律付け(market discipline)が重要であるとの認識が世界的なコンセンサスになっている。したがって、来年4月からのペイオフ完全実施を死守することは、預金者からの銀行選別・規律付けを機能させるための絶対条件である。その上で、金融当局は「決済性預金」の導入を個々の金融機関の判断に任せるべきだ。導入するメリットがないと判断する金融機関が他におもねることなく正々堂々とその旨を公表することができるかどうかが、日本の銀行業が真に「護送船団方式」を卒業できたかどうかの「試金石」になると思われる。
2004年5月25日

2004年5月25日掲載

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