郵政改革の論点

小林 慶一郎 研究員

経済財政諮問会議で、郵政民営化の議論がいよいよ始まった。郵政三事業(郵便事業、郵便貯金、簡易保険)は昨年4月に国から独立し、郵政公社に分離された。しかし、公社をどのようにして民営化するのか、決まっていないことは多い。

郵貯の圧迫を受けている銀行業界もさっそく対案を公表した。現在公開されている郵政民営化案を比較検討する。

何のための郵政改革

そもそも、なぜ郵政民営化をしなければならないのだろうか。次の4つの論点から考えると分かりやすい。

第一は、「競争による効率化」だ。民営化して民間と競争するようになれば、無駄なコストがなくなり、国民負担が減る。民間と競争のない国営事業では、緊張感がなく、無駄なコストが膨らむ。これは、郵政事業に限らず、道路公団など、小泉政権が民営化の対象とした特殊法人などに共通する問題である。

第二は、「郵便局ネットワークの有効利用」だ。全国2万5000カ所におよぶ郵便局ネットワークは、僻地、離島を含む全国の利用者に高い利便性を提供している。郵便局のネットワーク自体は一種の公共財であり、これを有効利用すべきだ、という点で、多くの論者の意見は一致している。

第三は、「公的金融の肥大化」の問題だ。国の信用をバックに、郵貯と簡保には、国民から合計350兆円以上もの巨額の資金が集まっている。この資金の多くは、国債や財投債に投資され、国の赤字財政や財投機関(特殊法人など)の非効率な経営を助長している。これほど巨額の資金が郵貯・簡保という公的金融を経て配分されているという状況は、諸外国に例がなく、異常だ。民間の資金の流れをゆがめている大きな原因だ、とも長年指摘されてきた。民間経済界が郵政改革に積極的なのは、この公的金融の肥大化に危機感を募らせたからだ。

第四は、「国債市場への影響」だ。バブル崩壊後、十数年の景気対策の出費と税収不足で、大量の国債が発行されている。郵貯・簡保は国債の重要な引き受け手になっており、もしこれらを一挙に廃止すれば、国債が投げ売りされ、国債暴落(金利急騰)が発生する。そうなれば、日本経済は深刻な不況に陥る可能性が高い。郵政改革では、こうした影響も考慮しなければならない。

民営化諸案の比較

平成14年9月に小泉首相の私的懇談会「郵政三事業の在り方について考える懇談会」(首相官邸)が、3つの民営化案をまとめた。これらが、今後の議論の出発点となるので、前記の4つの論点から検討しよう。

まず、1)は、郵政三事業を一体として特殊会社とし、その会社の株を政府が保有する、というものだ。
この案では、「郵便局ネットワークの有効利用」はできる。また、「国債市場への影響」を抑えることもできる。しかし、「公的金融の肥大化」を是正することにはならない。むしろ、特殊会社が自由に経営すれば、郵貯・簡保がいっそう肥大化する可能性もある。また、株を政府が持ち続けるため、「競争による効率化」も期待薄だ。つまり、この案では、現状とあまり違いがないばかりか、公的金融が一層肥大化する危険をはらんでいる、ということになる。

次に、2)は、郵便・郵貯・簡保を維持しながら完全民営化し、株は市場で売却するというものだ。
この案では、民間株主による規律がはたらき「競争による効率化」は進むかもしれない。ネットワークの有効利用もできるだろう。しかし公的金融のゆがみは是正されないし、むしろ肥大化するおそれがある点は、1)の案と同じだ。

さらに、3)は、郵貯と簡保を段階的に廃止し、民営化会社の業務は郵便事業に集中するというものだ。
この案では、「公的金融の肥大化」を是正するという経済的な目標は達成できる。また、郵貯・簡保の廃止を段階的に行うことで「国債市場への影響」も緩和できるはずだ。しかし、問題は、郵便事業だけで採算がとれるかどうかだ。民間との「競争による効率化」は進むだろうが、郵貯・簡保からの収益がなければ、現状の郵便事業は大赤字だ。総務省も郵政公社も、郵便事業だけでは採算はとれないと強調している。

また、「郵便局ネットワークの有効利用」についても、この案は不明確だ。郵便局のネットワークは、郵便事業だけのことではない。全国の郵便局の窓口で、少額の貯金や送金などの決済サービスを受けることができるのも、大きな機能だ。もし、郵便局が決済業務を行わなくなると、それはネットワーク機能を大きく損なうことになる。郵便局ネットワークを有効利用するためには、送金などの決済業務も残すことが望ましいといえる。

しかし、だからといって「郵貯・簡保をこのまま残すべきだ」とはならないということにも注意が必要だ。
利用者が受ける利便性は、全国各地の郵便局で、入出金や送金などの決済サービスが受けられることだ。たとえば、郵便局から民間の銀行口座に入出金や送金ができれば、郵貯(郵便局がお金を運用するシステム)は、必ずしも必要ではない。それに、郵便局がお金を運用することが、「公的金融の肥大化」を招き、弊害をもたらしているのだ。
郵政民営化を考える際には、郵便局のネットワークが行う決済サービスと、お金の運用の問題(公的金融の肥大化)とを区別して考慮する必要がある。

たとえば、全国銀行協会が出した案は、3)に近いが、決済サービスに必要な最低限度の郵貯(約55兆円)を残し、定額貯金などを廃止するとしている。これは、郵貯の決済サービスは維持しながら、定額貯金の弊害(公的金融の肥大化)を是正しようとする案である。

単純民営化の陥穽

4つの論点についてまとめよう。

民営化の直接の効果は、「競争による効率化」だ。また、「郵便局ネットワークの有効利用」として、郵便だけでなく、決済業務(入出金、送金など)も含むことは、多くの論者で一致している。

日本経済全体を考えれば、「公的金融の肥大化」を是正し、郵貯・簡保を経由して運用される資金の残高が縮小する方向で改革を進めることが必要だろう。
ただ、急激な変化は「国債市場への影響」をもたらし、経済を混乱させるので、郵貯・簡保の縮小には時間が必要だ。

最後に指摘したいのは、郵政三事業を単純に民営化するだけでは、日本の経済システムがより一層ゆがんだものになる危険がある、という点だ。

たとえば郵貯や簡保を単純に民営化して、完全に自由な経営を許せばどうなるか。巨大な民営化会社が有利な商品を作って、もっと巨額の資金が郵貯・簡保に集中する。さらに、運用が自由になって、郵貯が企業への貸出などをやりはじめれば、慣れない仕事で不良債権の山を築くことになりかねない。

郵政民営化は、適切な制限や段階を設けながら、日本全体がおかしくならないように注意深く進める必要がある。

2004年4月20日

2004年4月20日掲載

この著者の記事