多様な存在としての中小企業に相応しい金融システムの構築を~2003年中小企業白書の分析から~

安田 武彦
コンサルティングフェロー

土地担保主義の終焉と金融「新」時代

厳しい経済情勢が続く中、不良債権の迅速な処理が経済改革の第一の課題とされ、それ無しでは毀損した金融システムの回復と経済再生はあり得ないものとされている。しかしながら、不良債権処理が完了しさえすれば日本の金融機能は回復するのだろうか。もちろんそうではない。金融を巡る環境変化は単に不良債権によるものだけではなく、(1)金融機関に対する保護行政の終焉、(2)土地担保主義の終焉といった従来の金融秩序を変化させる動きも金融機関に新たな対応を迫っているからである。

注意すべきことは、こうした動きは金融自由化がもたらしたものでも、一時的な不況によるものでもなく、経済構造の大きな変化と結びついているものだということである。たとえば、土地担保主義の背景には、土地という生産要素が稀少な日本では、資本蓄積とともにその価値が上昇するという点があったが、製造業の海外進出を通して外国の工場用地が「輸入」されると土地が価値保蔵手段として機能しなくなり、土地担保主義は維持し得なくなる。さらに、土地の担保価値が下落した経済では不良債権を抱えた金融機関を潰さないという政策は費用面で困難なものとなる。つまり保護行政と土地担保主義の2つの「終焉」はともに経済構造変化に起因するものなのである。

こうした新しい環境の中で金融が機能し続けるためには、金融機関が担保に頼らずともよいように企業の真の実力を診る能力(「審査能力」)を身につけることが、今まで以上に求められる。ところが現実は逆方向に進んでいる。図(別ウインドウ)は金融機関が中小企業向融資で重視する点を見たものだが、多くの金融機関が債務償還能力と並び、信用保証協会の保証をあげている。これはバブル崩壊以降10年、土地担保融資がウエイトを減らし(92年度28.4%→2001年度20.9%)、その分、保証付融資のウエイトが増加したこと(同じく29.7%→38.9%)とも符合する。どうやら土地担保主義の終焉は新たな「協会保証主義」の時代という皮肉な「新」時代の幕開けとなったようである。

中小企業融資の審査の困難性をどう克服するのか

それでは、金融機関側はどのようにして、企業そのものを診ることができるだろうか。その実現に当たっては、中小企業に対する金融機関の審査には大企業にはない困難な点があることを指摘しなければならない。それは中小企業のパフォーマンスが個々の企業毎に多様であり、その多くは創業者の属性といった数字に表れにくい要素によって決定されるということである。つまり、中小企業向け融資では「数値化できない要素」による企業のパフォーマンスのばらつきを克服しなければならないのである。 こうした「見えにくい要素」を見るために、着目されるのが貸し手と借り手の緊密な関係を重視する「リレーションシップ・バンキング」の考え方である。企業と金融機関が普段から情報交換等を通じて緊密な関係を形成していれば「従業員の志気の高さ」とか「社長のリーダーシップ」といった数値化できない企業情報が融資に勘案されることとなり、円滑な資金調達が進むというものである。また、企業と金融機関の緊密な関係を重視するリレーションシップ・バンキングの下では、客観的な数値以外のさまざまな情報が融資判断に取り込まれるようになるため、多様な存在としての中小企業に対応した多様な融資のあり方が可能となる。

こうしたリレーションシップの構築は、金融機関のみの努力で可能なものではない。中小企業の側も金融機関に対して企業の現状や将来方針についての情報を積極的に開示しなければならない。現状では従業員20人以下の中小企業の半分は1年に1回、企業の財務等の資料をメインバンクに提出するにとどまっているが、これでは金融機関の側も企業の潜在力に期待した融資を行うことは困難である。リレーションシップの構築に向けて中小企業自身も考えなければならないことである。

現下の金融問題への対応と金融の新しい担い手

日本以外の先進国の企業金融研究ではリレーションシップ・バンキングの考え方は広く受け入れられている。しかしながら、我が国では、現在、歓迎されなくなっているようであり、現実はそれとは反対の、つまり、財務といった数値化しやすい情報で企業が測られる方向に進みつつある。しかし、健全性の基準が財務という1つの切り口で画一的になればなるほど、金融機関が多く存在してもそれらの行動は単一的になり、貸し手の資金は一部企業のみへの集中と金融機関相互の「過当」競争という事態が生じてしまう。

さらに、こうした「過当」競争を解消するための金融機関の合併が進んでいることも心配である。欧米の研究から見ると、合併は組織の肥大化、複雑化を通じて企業の定型化できない情報の伝達を阻害する効果がある。それ故、金融機関の合併はリレーションシップを壊す可能性を秘めている。加えて、金融機関の合併により審査基準の統合が図られると中小企業についての多様な見方も否定される。中小企業白書の分析でもメインバンクが合併した企業の方がそうでない企業に比べ、借入れ申し込みがとおりにくくなっている。

このように、現在起こっている動きはリレーションシップを崩し、少数の画一的金融機関が一部の借り手に殺到し、オーバーバンキング的競争を繰り広げる金融システムへと向かっている。こうした状況を抜け出すにはどうしたらよいのか。

ひとつの手がかりになるのは取引関係のある企業間信用供与のルートの活性化である。たとえば、前回の金融不況時、一部のメーカーや建設会社、商社は取引相手の中小企業に対して資金を融通した。こうした企業間信用は実物の取引に裏打ちされ、融資先企業の技術水準等の非定型化情報も貸し手が把握している点でリレーションシップ・バンキングの延長線上にある。

また、こうした企業間信用の特徴は金融機関の中小企業融資再生にとって必要なものが何かを教えてくれる。企業間信用にあって金融機関には無いもの、それは借り手企業の技術、産業の事情等の実物経済についての詳細な知識である。

金融機関についても同様に、リレーションシップに基づき入手した企業情報を実物経済についての詳細な知識に基づき咀嚼していくことが必要であろう。さらに、金融システムの再構築に当たっては、健全な中小企業金融システムとは、中小企業の多様性に対応したさまざまな見方をする金融機関が存在することであるという意識をより強く持つことが必要であろう。

2003年6月3日

2003年6月3日掲載

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