「三位一体」の地方分権論議に欠けている視点

喜多見 富太郎
コンサルティングフェロー

盛り上がりを欠く地方分権論議への国民世論

地方分権改革論議が大詰めを迎えてきた。報道によれば、去る4月1日の経済財政諮問会議において、補助金、交付税、税源移譲の「三位一体」改革について、早急に各論の「たたき台」を作成するとの方針が示されている。しかし、地方自治体の権限・財源が強化されても、それだけで効率的な地方行政が実現される保証はない。仮に地方行政のコストパフォーマンスが国のそれを下回る場合、地方分権は全体としての行政コストを増大させる結果となるだろう。

確かに、今回の「三位一体」の分権論議において、総務省からも財務省からもアウトソ-シングや電子化を通じた地方行政効率化の必要性が主張されてはいる。しかし、アウトソ-シングや電子化をすれば、地方行政は一体どの程度効率化されるのか、また現行の、法令による自治体規制が地方行政の効率化を阻害しているのではないかといった点について、十分に掘り下げた検討や対応策が示されている訳ではない。

国・地方を通じて700兆円もの累積負債を抱えている現在、分権によって行政のあり方がどのように良くなるのかがきちんと示されなければ、分権論議は、国民の目には単なる国と地方の財源争いにしか映るまい。財源論にフォーカスされた最近の「三位一体」の地方分権論議がいまひとつ世論の盛り上がりを欠くのは、この点が明確に見えてこないことにその原因があるように思われる。

地方行政のイノベーションをいかにして創発するか

近年、ニューパブリックマネジメント(NPM)や電子政府といった行政事務の効率化に関わる手法の導入が本格化している。ただ、現時点で見ると、これらの手法は内部管理業務や調達、バックオフィス分野といった行政の周縁部で採用されている段階であり、行政事務のコアであり都道府県事務の6割を占めるといわれる法執行事務(law enforcement)については、申請・届出-許認可-調査・命令といった、明治以来の旧態依然とした行政行為論的手法によって処理するのが一般的である。

その原因は法律がこのような手法による事務執行しか認めていないからである。しかし、法の機能が政策目的に従った社会的事象のコントロール下にあるのであれば、情報通信等の技術革新に伴い、法執行事務のイノベーションが図られて然るべきである。例えば、重要情報が内部者にロックインされがちな分野では、届出や官による行政調査といった手法によるよりも内部通報者保護制度や責任免除規定(レニエンシープログラム)といった民による民の抑制を図る方が効率的な場合がある。また、インターネットを通じた申請・届出情報の官民共有化により、官によるチェックに加えて同業者やNPO等によるチェックが有効に機能する分野もあるだろう。さらに、行政の裁量基準を客観化・透明化することにより、権力行政分野であっても形式的・定型的な作業として機械化やアウトソーシングが可能となる領域を作り出すことが可能である。

こうした法執行事務のイノベーションは、法律によって一定の規制方法を固定化し、強制するところからは生まれるはずもない。国民の予見可能性の確保という観点からは安定的なルールの予告は重要なことであるが、そのことは多様なルールメーカーによる競争と試行錯誤によりイノベーションを創発させていくことと矛盾しない。法律による全国画一の規制方式を条例による多様な規制方式に転換することで、地方分権は法執行事務をはじめとする行政事務のイノベーションを創発させるための制度的基盤となりうるのである。

地方行政のイノベーションをいかにして創発するか

平成12年の地方分権一括法は、機関委任事務を廃止して新たに自治事務と法定受託事務を創設し、自治事務については原則として条例制定を可能とした。このことは、法執行事務のイノベーションを可能とする制度的基盤となりうるものであったが、実態は、自治事務についての条例は「法令に反しない限り」においてしか制定することが認められていないため、地方公共団体が条例によって法執行事務の効率化を図る余地はほとんど塞がれている。

一例をあげよう。歯科衛生士法という全52条からなる法律は、歯科衛生士の免許や試験、登録といった事務を厚生労働大臣が行うことを詳細に規定しているが、唯一、2年に一度の歯科衛生士の氏名、住所等の届出のみは、自治事務として都道府県知事に対して行うこととされている(同法第6条3項)。しかし、都道府県からみれば、このような断片的かつ下請的な業務(しかし業務量は少なからずある)を自治事務とされても、条例を制定して事務を効率化するすべがない。

こうした自治事務の権限が断片的で、主要権限は国に留保されているために条例による法執行事務のイノベーションの障害となっている例は枚挙に暇がない。また、法令が条例制定の隙間がないほどに濃密な方法規制を置いている場合も同様である。これに加えて、行政事務を効率化しても、しなくても、国による一定の財源保障が行われる現行の地方交付税制度をはじめとする地方財政制度が、行政事務のイノベーションにとってディスインセンティブとして機能している面も見逃してはならない。

こうした法令による地方自治体の活動規制、いわゆる官官規制や地方財政制度を見直し、地方自治体が知恵を競い、地域の実状に応じた効率的な法執行を行える環境の整備が急がれる。

それも地方分権一括法制定の際の膨大な議論をもう一度やり直すといった迂遠な方法ではなく、例えば、自治事務に関しては「法令に替えて条例でその方式及び内容を定めることができる」といった条例による法令の上書き(オーバーライド)を認める通則規定を置くなどの抜本的な法整備が必要である。併せて、地方交付税制度や地方債制度が地方独自の財源確保努力や経営的観点からの事業選択に対するディスインセンティブとなっている点も改める必要がある。

地方分権改革推進会議が幼保一元化や農業委員会など難度の高い課題に果敢に取り組んでいる姿勢は、高く評価できる。しかし、いま地方分権論議に必要な戦略は、個別課題の叢に分け入るより、改革を横串で貫く国民にわかりやすい目標を高く掲げることではなかろうか。それは端的に、分権により行政事務がいかに効率化され、どのように国民に還元されるかを具体的に示すことである。それによって分権論議への世論の関心と後押しも生まれるだろう。

「住民によるガバナンス」を回復し、分権論議を国民のものに

地方分権論の古典に「足による投票」という議論がある。いまや形骸化している投票箱を通じた住民のガバナンスを補完するため、多様な行政サービスの競争を通じて、住民が自らの判断で自治体を選択できる環境を整備することが、新しい住民によるガバナンスの回復につながる。

このような意味での住民によるガバナンスを回復させていくためには、(1)官官規制などの制度的な障害が除去されれば、地方行政はイノベーションを通じてどの程度効率化されるのか、(2)地方行政のイノベーションに取り組んだ自治体とそうでない自治体を住民はどのようにして評価することができるのか、(3)地方行政のイノベーションへのインセンティブを地方財政制度の中にどのようにビルトインしていくべきか、といった問題に答を用意する必要がある。

これらの問いに答えるため、筆者は「地方行革総棚卸表」という資料を作成した。以下、その概要を紹介したい。

地方行革総棚卸表とは、一言でいえば、標準的な地方公共団体の行政コスト計算書と簡易ABC分析を組合わせ、地方自治体における標準的な行革目標を個別事業ごとに提示した表である。

地方行革総棚卸表は、次の3つのステップで作成されている。

第1ステップは、地方自治体が標準的に行っている事務事業(都道府県で220事業、市町村で107事業)について個別事務事業ごとにフルコストで原価計算する作業、喩えて言えば個々の施策に値札を付けていく作業である。フルコストの原価計算であるので、直接・間接部門の人件費や公債費などの間接経費も含まれる。ただし継続費や債務負担行為などは含めていない。

第2ステップは、こうして値札のついた事務事業が職員のどのようなタイプの活動によって実現されるのか、すなわち事務事業ごとに活動基準原価計算(Activity-Based Costing)分析を行う作業である。ただし、本格的なABC分析を行うと膨大なコストがかかることから、各事業の予算費目の構成や所管法令などから一定の推計式を用いて試算している(簡易ABC分析)。

第3ステップは、簡易ABC分析に基づいて、電子化、アウトソーシング、規制緩和といった手法による経費節減効果を試算する作業である。すなわち、行革で施策の値札をどこまでディスカウントできるかを試算する作業である。

地方行革総棚卸表の作成方法は以上であるが、その最大の特色は、データとして地方交付税算定の基礎となっている標準団体(都道府県で人口170万人規模、市町村で人口10万人規模)の事業積算に依拠していることである(このデータは「地方交付税制度解説(単位費用編)」として毎年公刊されている。なお、地方行革総棚卸表は、当該データと各府省が公表している手続電子化アクション・プランのデータのみで作成されている)。これは、次の3つを意味する。

第1に、行革による経費節減効果を全国自治体トータルで把握できるということである。
地方交付税の積算は、地方財政計画がベースになっているが、地方行革総棚卸表において積算している事務事業は、基本的にこの地方財政計画に盛り込まれている事務事業項目と一致している。したがって、地方行革総棚卸表により試算した行革節減効果額から、全国自治体ベースでの行革節減額を容易に導き出すことができる。逆にいえば、地方財政計画の歳出項目を変えることなく、仕事の仕方を効率化するだけで地方財政計画上の歳出規模、ひいては地方交付税の総額をどれだけ縮減できるかの目標を得ることができる。

第2に、全国3300自治体の事務執行のパフォーマンスを横断的に比較するベンチマークになるということである。
地方公共団体の予算書は、基本的に標準団体の予算書の縮小又は拡大コピーという性格を持つため、標準団体を物差しとして各地方公共団体における同一事業のコストパフォーマンスや単独事業を通じた多様化努力などを横断的に比較することが可能となる。これにより、住民が地方自治体を評価するためのベンチマークを作成することが可能となるが、その手法についてはさらに検討をすすめているところである。

第3に、地方における行革努力を地方交付税の配分等にリンクさせることができるという点である。
地方における行革努力を促すためには、行革努力が地方交付税の配分に反映されるような制度設計を組み込むことが有効であるが、地方行革総棚卸表は地方交付税の算出方法と同一の資料を用いて作成しているため、行革努力と地方交付税を架橋する手法となる。その詳細についてもさらに検討をすすめている。

ここでは地方行革総棚卸表に基づき、地方公共団体が電子化、アウトソーシング、規制緩和といった行革に取り組んだ場合の効果の試算を簡単に紹介する。

試算によれば、都道府県については、職員数が法令で定まっている警察及び学校教育を除いて、都道府県で6490億円の経費節減が見込まれるという結果が出ている。これは移転的経費を除く経常費の17%に相当する。ただし、この数字は電子化やアウトソーシング等による節減効果を控えめに見積もった数字なので、地方公共団体の創意と工夫でさらに節減効果を上げることが可能である。

また、警察法施行令や「公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律」(標準法)によって定数が定まっている警察事務や教育事務について法令による定数の縛りを撤廃し、一般行政事務と同様の行革を行うなら、トータルで2兆8221億円の節減効果がもたらされるという試算結果が得られる。

また、市町村については、都道府県と比べて直接事業を実施する部門が多いためさらに大きな効率化が見込まれ、消防事務を除いて1兆8814億円(移転的経費を除く経常経費の10%に相当)、消防事務を含めると2兆3346億円の経費節減が可能という試算結果となっている。

要するに、法令による地方規制を緩和し、地方自治体が電子化やアウトソーシングによる事務の効率化に積極的に取り組むならば、都道府県、市町村合計で、警察・消防・学校教育を除き2兆5300億円の経費節減が可能となる。これは、消費税を1%地方に税源移譲した額に相当する。また、警察・消防・学校教育を含めた抜本的な規制緩和を行えば5兆1600億円の節減が見込まれるが、これは片山プランで提案されている国から地方への税源移譲額を上回る額となる。

以上は、ミクロベースでの積上げ計算によるものであるが、これをマクロベースで評価してもこの試算額は決して過大ではないと思われる。例えば、バブル期を挟んで地方交付税の単位費用(物価調整後)は約1.44倍に増嵩しているが、税収の自然増が続く中で交付税総額が大きく減少しないように、単位費用(行政単価)をあえて水増ししたことが強く疑われるところである。こうした地方財政計画の水脹れ構造という背景のもとで、行政単価の水準や事務事業の必要性の見直しまで含めて考えると、試算よりもさらに大きな経費節減が可能ではないかと思われる

これらの試算結果は、作業仮説として一定の係数等を設定しており、今後、地方自治体の業務実態に合わせてこれらの設定等の見直しを行う必要がある。しかし、こうした制約にもかかわらず、これらの結果は地方への財源移譲を検討する前に、地方自らが知恵を競い合い、創意と工夫で行政のイノベーションを創発できる環境整備を行うことが必要であることを強く示唆しているといえよう。

地方分権論議を、一部省庁や自治体関係者のものでなく真に国民のものとするためには、「三位一体」という財源論に偏した分権論議だけに終始していては不十分である。住民によるガバナンスの回復という観点からの、国民の目に見える地方行政改革の政策論を早急に提示していくべきである。

2003年5月6日

地方行政総棚卸表

脚注
  • 「地方行革総棚卸表」の本文については、下記を参照のこと。なお、「地方行革総棚卸表」は、当研究所における「パブリックガバナンス研究会」の第1回研究会において事務局より提出し、各委員から有益なアドバイスを得た。また、資料の作成に当たり当研究所リサーチアシスタントの石田三成氏に多大の協力を得た。ここに感謝の意を表したい。

2003年5月6日掲載

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