「過剰」債務問題をいかに理解するか:負債による規律vsデット・オ-バ-ハング

宮島 英昭
ファカルティフェロー

近年「過剰」債務問題がさまざまな角度から注目を集めている。これが問題視される理由は、単に本来淘汰されるべき企業が何らかの理由で温存されていることを示すからばかりではない。「過剰」債務が日本企業の投資低迷の一因と考えられているからである。高い負債比率は、近年デット・オーバ-ハングとして注目されているように、金融面から投資を制約する。しかし、それが常に社会的に見て悪影響を及ぼすとは限らない。成熟した企業では、負債の存在が企業の過剰投資を抑える機能を果たすことが知られている。このように等しく企業の投資行動が負債によって抑制されている場合であっても、過少投資が発生しているケースと過剰投資を抑制するケースの両方が存在する。では、現在の日本企業では、どちらが支配的な現象なのか。

分散の広がる負債比率

まず、資産価格バブル崩壊後の上場企業の負債と投資の動きを確認しておこう。東証1部上場非金融事業法人の負債比率((借入+社債)/総資産時価)は、表1の通り1990年代に入って平均的には安定しているものの、特に97年以降企業間の分散が急速に拡大した。負債比率の第1四分位と第3四分位の格差は、製造業では、90年の15%から00年には23%に拡大し、非製造業でも、同期間に21%から34%に拡大した。デフレが進行する中、一部の企業が負債削減を急速に進める一方で、逆に負債比率の上昇する企業も増加していることがうかがえる。

表1(別ウインドウが開きます)

もっとも、高い負債比率が、ただちに「過剰」な負債を意味するわけではない。そこで、近年注目を集める純有利子負債キャッシュフロー倍率((有利子負債-現預金)/キャッシュフロー、以下、負債CF比率)の動きを見ると、非製造業では、資産価格の低下が明らかとなった1993年には、早くも負債CF比率のメディアンが5.8倍、第3四分位の閾値が20.8倍まで上昇し、その後99年にはメディアンは8.6倍、第3四分位の閾値は23.9倍以上に達した。他方、非製造業に比べれば、はるかに負債CF比率が低かった製造業も、1997年末の金融危機以降、第3四分位の閾値が、8倍を超えることとなった。2000年時点の同様の数字が示すのは、収益に比して「過剰」な負債を抱える企業が増加しているということである。

そして、こうした負債比率の分散の拡大と平行して、投資比率の低下が発生している。製造業・非製造業ともに投資比率は、90年の20%前後から、金融危機後にはその半分以下に落ち込んだ。「過剰」債務の存在は、新規の資金調達を困難とすることによって(デット・オーバ-ハング)、現在の投資低迷の有力な要因の1つになっているかにみえる。

しかし、成熟した経済では、負債の存在が企業の過剰投資を抑える機能を果たす可能性があることにも注意する必要がある。特に正の収益を生む投資機会を持たないため、事業活動から生み出される収益が余剰資金化する(フリ-・キャシュフロ-と呼ばれる)可能性の高い場合、その機能を果たす。実際、1980年代のアメリカ企業のデータを用いて、この負債の規律付け機能を実証的に確認した研究もある。もし負債が、日本でもこの規律付け機能を果たしているのであれば、現在の高い負債水準をあえて「過剰」負債として問題視する必要はない。従って、「過剰」債務が問題化している現在の日本企業に対する適切な政策的対応を考える上で、債務の存在が企業の過少投資を引き起こしているのか、あるいは過剰投資を抑制しているに過ぎないのかを実証的に検証することが重要な課題となる。

負債による規律VSデット・オ-バーハング

われわれは、この課題に接近するために、1990年代の東証1部上場金融事業法人を対象に「ト-ビンのq」を説明変数とする標準的な投資関数に負債比率、及び負債CF比率を追加したモデルの推計を試みた。その分析結果の詳細[PDF:212KB]は、コ-リン・メイヤ-オックスフォード大学教授のコメント[PDF:48KB]とともに、RIETIアカデミック・コンファランス概要報告のページに掲載されているが、このコラムではそのエッセンスを紹介しておこう。分析の背後にある基本的な考え方は、直感的には、図1に示される。

図1(別ウインドウが開きます)

非対称情報などの摩擦がまったくない教科書的な世界では、企業の投資水準は、そのビジネスチャンス(ト-ビンのq)によって決定され、負債比率によって影響されることはない。投資はI*の水準で決まり、負債比率DAとは無関係、つまり横軸とは並行である。しかし、現実の世界で観察される投資水準は、ほぼ例外なく負債比率に負に感応し、この結果実際の投資Iは、I*から乖離する。もっとも、その乖離は、最適水準に対して過小・過剰いずれの方向でも起こりうる。第1のケ-スは、エージェンシー・コストや倒産コストのために、負債比率が高いと、新規の資金調達が制約され、その結果、実際の投資が最適値を下回るケ-スである。図1のI*の下側で表現され、高い投資機会を持つ企業群で観察される。

しかし、実際の投資が負債に負の感応を示すのは以上のケ-スのみにとどまらない。第2のケ-スは、投資機会の乏しい企業群で観察されるケ-スである。そこでは、フリ-キャッシュフローの存在のため、投資水準が最適水準から上方に乖離する傾向があり、負債はこの過剰投資を抑制する機能を果たす。図1のI*の上側で表現される関係であり、ここで負債は、経営者に対する適切な規律付けとしての役割を演じていることになる。

多様な負債の影響

1990年代の日本企業における投資と負債水準との関係が、図1のI*の上、下いずれに近似できるのか、これが投資関数の推計を通じて解明を試みた問いであった。その結果、次の事実が確認できた。

第1に、1990年代における製造業と非製造業における投資と負債の関係は対照的であった。93-00年の製造業の投資は、一貫して期初の負債に負に感応した。それに対して、驚くべきことに、非製造業企業の同期の投資は、負債に有意ではないが正に感応しており、期間・部門をさらに分割すると、バブル崩壊直後の期間(93-96年)、部門としてはとりわけ建設・不動産・流通部門の投資は、期初の負債水準に有意に正に感応していた。先の図に即していえば、I*の上側の破線に示される関係が確認できたのである。これは、資産価格の低下に直面するなかで、負債比率の高い企業が、成長機会が低いにもかかわらず、さらに拡張的な投資を行って事態の打開を図るというある種のギャンブルを試み、その行動を銀行部門が支えたこと(ソフトな予算制約と呼ばれる)を示唆する。現在の非製造業における高い負債CF比率は、1993-1996年のこうしたモラルハザ-ド(資産代替)をともなう企業の投資行動と、銀行の適切なモニタ-の欠如の結果発生した可能性が高い。

第2に、それに対して、製造業の企業の投資は、1990年代一貫して期初の負債に負に感応し、その感応度は、金融危機の発生した97年以降に目立って上昇した。推計結果によれば、金融危機以前(93-96年)に、2標準偏差の負債CF比率の上昇は、平均10.1%の投資比率を1.8%引き下げたのに対して、金融危機後(97-00年)には、平均9.1%の投資比率を、2.7%も引き下げた。投資の負債感応度は1.5倍程度上昇したのである。

そこで焦点はこの投資と負債水準の負の関係が、負債による過剰投資の抑制なのか、過剰債務にともなう過少投資の発生と理解できるかにある。われわれは、サンプルを推計期間の期初における成長性から、成長機会の乏しい成熟企業と、成長性に富む企業に分割し、この両サブ・サンプル間の推計結果から、負債が過剰投資を抑制しているのか(I*の上方か)、それとも過少投資を引き起こしているのか(I*の下方か)を識別した。

この結果、1990年代の日本の製造業における投資の負債に対する負の感応のうち、金融危機以前のそれは、主として負債による規律の結果として発生した面が強いと解釈できるのに対して、金融危機以降には、負債による規律、あるいは、負債による投資の制約のいずれか一方が発生しているわけではなく、むしろ両者が並存していることが明らかとなった。つまり、97年末の金融危機以降強まった負債の投資に対する影響は、成熟企業における過剰投資の抑制のみならず、成長企業における負債による投資抑制による結果としても発生したのである。

複雑な課題に直面する産業再生機構

以上のように、近年「過剰債務」として注目されている事態の性格は多様であった。一方で、現在問題視されている企業の中には、たしかに収益に比して「過剰」の負債を抱えている企業が存在する。しかも、この「過剰」債務の多くは、資産価格の低下局面で、過度なリスク負担をともなう投資を負債調達を通じて試みた結果でもあった。こうした高い負債CF比率を長期に示す企業の多くは、本来早期に清算されるべきであるにもかかわらず、何らかの理由で温存されている可能性が高い。従って、これに対する必要な政策的対応の焦点は、円滑な撤退を促進する適切な制度設計となる。

他方で、高い負債比率は、現代日本企業では、成熟企業の過剰投資を抑える機能を果たしている点も見逃されてはならない。こうした企業群で必要とされるのは、速やかな事業の再構築であり、負債はそれを促す。したがって、ここで債権放棄など通じて負債を事後的に削減する必然性はなく、むしろ安易な負債削減はモラルハザードを誘発することとなろう。

しかし、今回の分析は、負債の存在が、現在の日本企業にあって、以上のいわゆる創造的破壊のプロセスを促進するばかりでなく、「過剰」な負債として企業の投資機会の実現を抑制しているケースもあることを示唆している。これはとくに1997年末の金融危機の発生以降に妥当した。これまで主として中小企業部門について指摘されてきたこの制約(デット・オーバ-ハング)が、金融危機以降には、上場企業へも波及している可能性が高い点は強調されてよい。部分的な債権放棄や、デット・エクィティ・スワップなどの過剰債務の削減、あるいは政府系金融機関の資金供給などの対策は、これらの企業に対してこそ不可欠である。

一言で、「過剰」債務といわれる事態のなかにも、以上のように多様な性格の問題が含まれている点に、金融危機以降の日本企業の直面する問題の複雑さがある。したがって、まもなく発足予定の産業再生機構の活動においても、企業間で多様化する負債の役割を的確に識別し、それに整合した政策手段を適切に選択することが切実な課題として要請されよう。

2003年3月18日

2003年3月18日掲載

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