不良債権問題は2年以内には終結しない

藤原 美喜子
客員研究員

最近の動き-市場に底打ちの期待感を与えない不良債権処理加速案

7月末、小泉首相はぺイオフの実質延期を指示した。9月に入り日銀は銀行保有株の購入を発表した。大臣や日銀総裁がいかに「金融危機でない」と発言しても、市場はペイオフを実施できない程、そして中央銀行が株を買入れなければならない程日本の金融機関のバランスシートは悪化していると読む。当然トレーダーは銀行株をショートする。銀行株は今年も売られ続けている。9月30日の内閣改造で小泉総理は金融業界で「経済の専門家ではあるが、金融は今ひとつ」といわれている竹中経済大臣に金融大臣を兼務させた。国民から選ばれた国会議員の中にも金融の専門家はいる。しかし小泉総理は同じ政党の彼らにチャンスを与えることはしなかった。着任早々の竹中大臣には「不用意な発言」が目立った。株は続落した(みずほホールデングの株価は10月1日から11月11日現在で40%以上下がった)。その竹中大臣が不良債権処理加速策を盛り込んだ総合デフレ対策を発表した。総合デフレ対策は不良債権処理と産業・企業再生とを一体化して進めようとする方向性がはっきりと示されている。不良債権処理の加速化案は引当方式にディスカウントキャッシュフロー導入を義務づけている。当然のことだ。しかし総合デフレ対策だけで不良債権問題が2-3年以内に終結しないのは明らかだ。この政策実施で銀行の不良債権処理のオフバランス化は少しは加速するだろう。しかし日本経済が再生するかは疑問である。残念ながら市場に底打ち期待感を与えるまでの対策ではない。

日本の銀行経営にのしかかる不良債権増加と株価の下落

資本主義経済の下では高格付けの民間優良銀行の存在が欠かせない。銀行は信用力の高さで仕事をする。その信用力がなくなり、国際金融市場でカウンターパーティーとなりうる日本の銀行は今や2行しかない。日本の銀行は不良債権の増加と株価下落という「二重の重荷」で経営体力をなくした。

1)新規不良債権の増加
大手銀行は不良債権処理に業務純益をほとんど使いきり、ここ数年は赤字を続けている。日経新聞によると、全国銀行137行の2001年度不良債権最終処理額は6.5兆円。新規発生不良債権は8.6兆円。不良債権残高は資産デフレのため前年同期より2.1兆円増えて32.5兆円となった。一方、金融庁は先週大手銀行の不良債権は金融庁査定で47兆円(銀行査定32兆円の35%増)と発表した。不良債権が増大する状況下で銀行経営者が新規貸し出しリスクを積極的に取っていくのは難しい。銀行自ら新規事業に進出するのも不可能である。

2)会計ルールの変更
2001年9月から導入された時価会計の影響(ルールの変更)により、株価が下落するたびに大手銀行の保有株式の含み損は拡大する。大手行で2001年9月期の含み損は5兆円を超えた。公認会計士協会が日本の会計基準のグローバル化を推進し保有株式に時価会計を導入するのを受け入れた結果である。以後、銀行経営者は9月末と3月末に株価がどうなるか気が気でない。彼らの経営手腕とは別の問題でバランス・シートが大きく左右されるようになった(含み損の60%が自己資本より引かれる)。同じく保有株を持つフランスとドイツは時価評価を受け入れていない。「売買を目的で買ったわけでない保有株を時価評価するのは誤り」とフランスの金融機関の幹部は主張する。彼らは簿価を使い続けている。自国の株価指数が40%も下がった今年度、彼らはきっと胸をなでおろしているだろう。時価評価を導入した日本は、今から簿価に戻ることは難しい。筆者は金融の時価評価導入に反対ではない。しかし何にいつ時価を導入するかについてはもっと慎重に検討してから決めてもよかったかもしれない。この「ルールの変更」により、不良債権処理で経営が悪化している大手行に新たな重荷が加わったのは事実である。

3)BISの自己資本比率維持からくる制約
海外で事業展開している日本企業にとって日本の金融機関の海外支店との取引は重要だ。それゆえ大手行がBIS規制の8%基準を維持することは大事である。しかし8%という根拠が何なのか今ひとつはっきりわからない。わかることは、右肩下がりの経済環境では銀行経営者はこのルールに縛られ、自己資本比率を下げない選択を強いられる。つまり分子である自己資本が減少するため分母である総資産を圧縮するのである。つまり、自己資本が必要で不良債権拡大につながりかねない企業貸出をおさえ、リスクウェイトが0で自己資本が不要な国債投資を加速するわけだ。国債に対する銀行の投資額は98年の2倍以上の80兆円を突破した。中小企業への貸出が減っても配当を欲する株主がそれで納得した場合、当局はストップを掛けにくい。しかし政府は事実上の筆頭株主なのだから、株主としても意見をいって民間企業に対するフローを確保すべきだ。

今、政府がなすべきこと

政府関係者は「さすが短期間で世界第二の経済大国になった日本は違う」と頷かせる政府が一体となったグランドデザインをなかなか作れないでいる。たぶん失業と産業再編成をともなう所謂、「痛みを伴う改革」になる危険性を含んでいるからだろうが、日本再生のためにはリスクをとって行動しなければならない。

1)まずは、デフレ不況の深刻さの事実認識をする
バブルが崩壊し日本の土地総額は90年の2400兆円から2000年までに1500兆円と900兆円下がった(国民経済計算)。株式総額も89年の900兆円から日経平均が1万円で約300兆円と600兆円下がった。両方合わせてGDPの3年分である1500兆円の資産が失われたのだ。このバブル崩壊による不況を日本が始まって以来、おそらく世界でも例のない100年に一度と起こるか起こらないかの深刻なデフレ不況と認識すべきである。土地・株を担保にして融資していた金融機関が損失を被ったのは当然だ。この結果出てきた不良債権を民間銀行だけで処理させるのは難しい。土地総額は今も毎年70-80兆円下落している。その一割が不良債権化すると仮定すると7-8兆円の新規の不良債権が発生することになる。この深刻なデフレ経済下で不良債権処理を2年で終決することは不可能である。

2)供給サイドのオーバー・キャパシティーを調整する
不良債権は建設・流通・不動産業界に集中している。建設業界にはAランクゼネコン50社、業者56万社、日本の労働人口の10%相当である雇用者数650万人がいる(労働経済白書)。他の先進国に比べ建設業界の労働人口は極端に多い(英国:建設業界雇用者数、114万人、労働人口の4%)。今後公共事業は減少傾向にあり建設業界の再編成は急務である。ゼネコンの過剰債務問題は単に債権者と債務者の問題では終わらない。失業を最低限に押さえるためにも小泉総理が中心となり官邸主導で産業再生委員会を設定し金融庁・経済産業省・国土交通省それに有識者が一体となり取り組まねばならない産業再生の問題である。現在のマクロ経済に見合った建設・流通・不動産業界の需要曲線を想定し、それに見合った供給規模を割り出し、業界の過剰設備を削減していかなければならない。産業再生委員会により産業界の構造改革のグランドデザインが作成された後(産業再生の対象企業は政治家や役人が決めてはいけない)は、企業の再生・整理を専門とする民間の専門家集団に各々の会社の再生プランを委ねればよい。これらの企業の債権は銀行のバランスシートからはずし、竹中プランにある再生機構に移すべきだ。

3)銀行の数減らし
金融庁はオーバーバンキング問題に取り組み、銀行の数を減らすべきだ。経済規模が縮小しているにもかかわらず、90年代民間金融機関の貸出は98年まで減少しなかった。オーバーバンキングのため、リスクに見合ったリターンを取るのが難しく、銀行の利鞘は低水準で推移してきた。また過度の銀行間競争により債券市場における企業の利回りよりも極端に低い金利で同じ企業に融資が提供される場合も度々あった。合併などにより銀行数が減ることにより各々の銀行の利鞘は改善されるだろう。なお銀行再編の際は経営陣の若返りや、商品の差別化、顧客中心のサービス提供(午後3時以降や週末営業の実施)も考慮すべきである。銀行経営者はデフレ経済の下でどう収益を上げていくのかについて、明確な経営戦略を打ち出すべきである。トヨタ、リコー等の大手企業の経営者はデフレ不況下でも業務純益を会社が一丸となって上げ続けている。
不良債権処理を促進させるため、政府は99年以降税効果会計を認めた。現在大手行の自己資本の4割がこの繰延税金資産である。大手行はここ数年赤字で今後も赤字が予想される。課税所得が見込めない状況下で税効果会計を使い続けてよいものだろうか。はたして税効果資産に資産性はあるのだろうか。銀行経営者と銀行の監査法人は次の株主総会でこの点を指摘されるだろう。銀行経営者は株主に経営責任を追及されるかもしれない。
コーポレートガバナンスの強化を求めている竹中大臣は米国の税効果会計基準を持ち出す前にこの点を大手銀行経営者に問いただすべきであった。

4)申請なしでの公的資金導入
BIS規制の8%を達成しているから資本注入の必要はなしと金融庁と銀行の経営者は主張している。しかし資産性のない税効果資産の計上で自己資本が過大評価されているのも事実である。銀行の過小資本は深刻化し不良債権処理が停滞してきた。事業会社の過剰債務処理に積極的に政府が取り組むためにも、銀行の申請なしでも、公的資金を再注入し、銀行の不良債権処理を加速させるべきだ。

5)需要創出対策
政府がゼロ金利を導入してかなり経過するが個人消費は依然として伸び悩んでいる。不良債権処理も大事であるが処理をしたから急に需要が伸びるわけではない。90年代に政府は景気対策として13回の補正予算を組み計120兆円使った。この政策は失敗し日本の財政赤字を悪化させた。国民は一時的な需要創出のための財政出動は無意味であることを知った。持続的な需要を創出させるため、人口を増やす政策に予算の一部を使ってみてはどうか。補正予算を日本の未来を作る若者のために使ってみてはどうか。道路行政のためではなく子作り子育て支援予算(一時金)として補正を使ってみるべきではないだろうか。国全体が暗く沈んでいる現在“子供の誕生”は国民を明るくしてくれるだろう。人口が増えることは経済学的には持続的な消費を生むことになる。

6)エコノミストの養成
金融庁・財務省には法律・財政・税の専門家は多い。しかし経済・金融・会計の専門家は海外の財務省・大蔵省・金融監督当局に比べれば極端に少ない。このことが金融改革を遅らせてしまったのかもしれない。外資系のエコノミストの話を参考にするのもいいが、そろそろ自前でエコノミストやアナリストを育てあげてもいいのではないか。エリート中のエリートを採用している官庁でエコノミストを養成することが難しいことだとは思えない。

戦後「良い物を安く売る」をモットーに日本企業は成功し、わが国は1970年代に経済大国の仲間入りを果たした。しかし90年以降わが国の経済は迷走している。「日本経済は低迷しているが、日本は米国の最大債権国である」と自慢する政府要人の発言を耳にすることがある。日本経済を立て直すためにも小泉総理主導で政府が一体となって不良債権問題に取り組まねばならない。そのためには米国債保有ナンバーワン国の地位を失うことになるかもしれないが、経済再生のために払う付けとしてはさほど大きなものではない。われわれは失った自信を取り戻し米国を意識しすぎずに行動すべきである。ソニーやキヤノンのように右肩下がりの経済情勢でも生き残れる戦略と組織を今こそ金融セクター・産業セクターでつくるべきである。

2002年11月12日

2002年11月12日掲載

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