無線インターネットに「鎖国」する日本

池田 信夫
上席研究員

先日、久しぶりにシリコンバレーを訪ねた。インターネット・バブルが崩壊し、死んだように静まり返っているかと思ったら、各地に新しいベンチャーが登場していた。その主役は、無線LAN(IEEE802.11b)である。2年前にはほとんど存在もしていなかったユーザーが、昨年1年で全世界で1000万人(日本では200万人)を超え、2006年には2億人を超えるとも予想されている。まるで1993年にウェブ・ブラウザ「モザイク」によってWWW(ワールド・ワイド・ウェブ)が登場したときのような爆発的な勢いは、「第2のインターネット革命」ともいわれる。

無線インターネット以外の無線インフラはすべて「負け組」になる!

デビューが地味で、最初は本命と見られていなかったのも、WWWによく似ている。10年前に「マルチメディアの本命」として注目され、各国の政府や電話会社が巨額の投資をしていたのはビデオ・オンデマンドだった。今これに相当するのは第3世代携帯電話(3G)やデジタル放送だろうが、歴史の教訓に照らせば、もう勝負はついたように思われる。おそらくほどほどに共存することもなく、無線インターネット以外の無線インフラはすべて「負け組」になるだろう。

その理由は簡単である。無線LANは、従来の無線インフラに比べて桁ちがいに安いからだ。無免許なので、基地局(無線ルータ)を電気屋で買ってくるだけで誰でも使えるし、国際標準だから全世界で数千万台も売れ、量産効果が大きい。通信速度は11Mbpsと3Gの30倍だが、無線ルータの価格は1個3万円と3Gの基地局の1/3000以下だから、公衆無線に使えば料金も格段に安くできる。NTT東日本は、早くも毎月500円でつなぎっぱなしという無線LANサービスを打ち出した。

さらに5GHz帯を使う次世代の高速無線LAN(802.11a)は最大54Mbpsと、データ量も光ファイバー並みだ。米国政府は5GHz帯を「無免許全米情報インフラ」(U-NII)として戦略的に位置づけ、すでに300MHzを無線インターネットに開放した。FCC(連邦通信委員会)は今後、5.1~5.9GHzをすべて無線インターネットに開放する方針だという。欧州も無線LAN(HiperLAN)に580MHzを開放する予定だ(図)。無線LANは広い帯域にデータを拡散して送るので、道路と同じで道幅が広いほど渋滞(干渉)が起きにくい。300MHz以上あれば、ほぼ全国民が数十Mbpsの通信を行うことができるので、FTTH(Fiber To The Home)も不要になるかもしれない。無線LANの動向は、通信インフラ全体にも大きな影響を及ぼすのである。

各国の無免許帯への周波数割り当て計画

日本の無線機器技術は世界の第1級。「日本版U-NII」を創設すべき

ところが日本では、5.25~5.35GHzは使用が禁止され、5.15~5.25GHzも室内用のみとなった。5.8GHz帯は高速道路のETC(自動料金収受システム)に割り当てられたが、利用者がほとんどなく、かえって渋滞の原因になっている。その埋め合わせのためか、4.9GHz帯が強い制限つき(免許制)で無線LANに利用が認められ、航空無線用の5.03~5.09GHzが暫定的に使えることになったが、屋外で使えるのはこの60MHzだけだ。これでは5GHz帯は、公衆無線に使うことはできないだろう。

おまけに総務省は、来年の世界無線通信会議で、まだ割り当ての確定していない5.35~5.65GHzもレーダー(無線標定)に割り当てるようITU(国際電気通信連合)に求める「暫定見解」を公表した。各国が長期的な戦略のもとに競って無線インターネットの帯域を広げようとしているときに、日本だけがこんな「鎖国」をしたら、ブロードバンドで立ち後れるばかりでなく、IT産業も大きなハンディキャップを負うだろう。私は、これを批判するパブリック・コメントを出した。

周波数を用途別に細分化する電波政策は、アナログ時代の遺物であり、インターネット時代にはなるべく広い帯域をコモンズ(共有地)として開放することが重要である(林・池田編著『ブロードバンド時代の制度設計』第5章参照)。今こそ日本は、無線インターネットに対応する省庁を超えた戦略を立て、「日本版U-NII」を創設すべきだ。日本の無線機器技術は、世界の第1級である。4.9~5.9GHzをすべて無線インターネットに開放すれば、日本がブロードバンドで世界の最先端に躍り出ることも不可能ではない。

2002年5月28日

2002年5月28日掲載