独立行政法人における組織アイデンティティ確立への課題 -独立行政法人通則法施行1年を迎えて-

藤本 昌代
ファカルティフェロー

独立行政法人通則法が施行されて1年を迎えた。独立行政法人とは「国が自ら主体となって直接に実施する必要のないもののうち、民間の主体にゆだねた場合には必ずしも実施されないおそれがあるもの又は一の主体に独占して行わせることが必要であるものを効率的かつ効果的に行わせること」(独立行政法人通則法、第2条第1項)を目的として設立された組織であり、国とも民間とも表わしにくい組織である。公務員型と非公務員型が存在するが、公務員型を選択した組織においても、「民」の法律が適用される事項もある。

さらに、この制度は「事前に『箸の上げ下げ』まで強く統制してしまうこれまでの行政組織等の運営を改め、自発的な効率化や質の向上を図るためのインセンティブアップを図ることをねらい」(政策評価・独立行政法人評価委員会)として、自律的運営を基本精神としている。

国立大学が独立行政法人化されることが決定した現在、その先達として独立行政法人化された旧国立研究所の運営が注目されている。この新しい取組みには、当該組織の「親離れ」だけではなく、行政の「子離れ」や「公」と「民」の二重規制に対する解決策の提示など、今後もさまざまな方策が必要である。本稿は国立研究所の独立行政法人化における諸問題点に焦点を当て、公式には初めての試みである「公」と「民」の中間的位置づけにある独立行政法人の今後の課題について考える。

科学技術に対する経済効果への期待

IMD(International Institute for Management Development)によると、1991年~1993年に1位であった日本の国際競争力は、2001年には26位と大きく後退した。政府は平成7年の「科学技術基本法」において、国の科学技術研究機関に対して欧米追従型からフロントランナーへの展開、科学技術における経済効率向上というミッションを明確に示した。これにより研究機関は、研究投資額に対する成果を問われることとなった。このような状況の中、行政改革に伴い、効率的な研究成果を生み出すことを目指したシステム設計が行われ、2001年4月に多くの国立研究所が独立行政法人化された。

国立研究所への批判

国立研究所は1960年代の科学技術会議の答申によれば、「国立試験研究機関は民間では実施することが困難な試験研究を重点的に推進する機関」と位置づけられ、試験研究所としての役割が明示されている。しかし、1980年代の答申では、「科学技術のフロンティアを開くような基礎的・先導的研究」を指向することになり、「高リスク、高負担、長期的視点などの指標で定義付けられる研究等の実施機関」として位置づけられている。そして、1990年代の答申では、「国際共同研究への積極的な取り組み」を指向し、「基礎研究による知的ストック(国際公共財)に関するわが国公的機関の貢献拡大」という役割を期待されるに至っている。しかし、近年、国立研究所に対する期待は必ずしも高いとはいえず、類似研究の乱立、恒常的予算による研究上の競争意識の低下、国立研究所の大学化による社会的ニーズからの乖離など、多くの批判が挙がっている。

自律的運営への期待

国立研究所が抱える問題点には、いくつかの要因が考えられる。その1つとして行政による統制が研究者の自律性を奪い、研究体のガバナンスに対する責任感を喪失している事が大きな問題として捉えられた。そこで、機動的、自律的な研究機関のガバナンスを実現するために、行政から実施部門を分離させる独立行政法人法が制定されたのである。独立行政法人は、主な運営費を行政から提供されており、行政と密接な関係にある研究体として、行政官が組織管理者として配置されている。当該組織は自らグランド・デザインを示し、自律的に運営することを求められるが、行政、当該組織の意識、行動がそれぞれ自律性を重視したものでなければ独立行政法人化の意味がない。この制度による両者の意識、行動は、「看板の架け替え」に過ぎない所での影響は小さく、大幅に組織改革を行った所での影響は大きいと予測される。大幅な改革を行った組織が、不確定条件の多い適応期に、失敗を恐れて前身の慣習を継承したガバナンスを行えば、定着期には制度導入前と類似した組織になる可能性があり、さらには、組織構造が変化している中での慣習の継承は、組織効率の低下につながる恐れもある。当該組織が、一人歩きに対するリスク感から、いつまでも「親」の後追いをしていては「親離れ」したとはいえない。また、当該組織による挑戦的、試行的行為に対し、「子離れ」の時期として行政の寛容な姿勢も重要である。青年期のアイデンティティ確立における「親離れ」「子離れ」は、自律的個人の確立に大きな影響を与える。この若い組織にも同様のことがいえるのではないだろうか。独立行政法人通則法は研究者に刺激を与えるだけでなく、科学技術研究機関のガバナンスについて、研究体自身の展開に大きく影響を与えるものである。この改革が機能するか形骸化するかは、基本精神の内面化、解釈により決まるだろう。

旧国立研究所の存在意義

国立研究所は国内でトップクラスの研究者を擁する先端的研究者集団であり、基礎シフト後、学界で承認される研究への指向が強かった。しかし、産学連携が強く求められている今日、産業界は連携できる研究機関に期待している。旧国立研究所の研究者数は約1万人であり、大学の研究者数は約25万人である。産業界と大学の連携が華々しく伝えられる中、独立行政法人化された旧国立研究所が存在意義を示すためには、社会的ニーズの取り入れに対する組織成員、管理者の意識、行動の変革が求められる。研究者は所属組織より外部の専門職集団に準拠するといわれており、研究体に対するコミットが低くなりがちである。このような成員が多い組織が自律性を活かしつつ研究成果向上を図るには、共有されるグランド・デザインの明示と研究者集団として力を発揮するための強力なリーダーシップが大きな役割を果たすといえよう。

「公」と「民」の狭間で

現場は、この一年間、初めての制度による諸問題への対処に奔走している。そこに表出した問題は、当該組織に付与された「自由」に伴う「責任」の受容という点だけに留まらず、「公」と「民」のそれぞれを対象とした規制と役割への期待に対するジレンマという問題でもあった。たとえば、予算の問題では、単年度予算のみであったものが繰り越せるようになるという自由度の拡大がある。しかし、公的立場として与えられる運営費交付金への依存から、民的立場として参加できる公募での研究資金の獲得を期待される独立行政法人において、受託研究の出資先が国である場合、単年度予算の制限を受ける。民的立場により競争的外部資金獲得機会の増加は予算の繰越しという自由度を逓減させる影響もある。また、単年度予算の制限を受けない民間企業からの出資金を多く受けることは、研究体として予算上の自由度増加と産業界からの信頼獲得という意味を持つが、「公」として付与された役割から遠のく危険性もある。また、制度的な問題では、公務員型の場合、総定員法の規制を受け、人的資源の確保が困難な状況に陥る。さらに、完全な国の機関ではないため「民」が受けてきた規制(たとえば、安全管理法や労働法など)と同様の対応が求められる。ここには同じ業務を行っていても「民」だけに施行されてきた規制に対し、国の機関は対象外にされてきたという別の問題が存在するが、これに関する議論は他の機会に述べたい。

科学技術研究機関における独立行政法人の組織アイデンティティ

アイデンティティは社会からの承認、ことに、同調したり基準としたりする集団(個人を含む)に承認されてこそ確立すると考えられる。集団の解体はアノミー状態(秩序の崩壊)を起こし、アイデンティティの拡散や地位の不整合に伴うアイデンティティの競合を引き起こす。では、誰に認められることによって組織アイデンティティが形成されるのだろうか。旧国立研究所にとっての重要なアクターは、最終目的である国際競争力強化の牽引役である民間企業、独立行政法人の外部評価者、研究を承認する学界、行政などがある。「公」と「民」の狭間で揺れる組織のアイデンティティ確立は、これらのアクターによる承認が大きな影響を与える。旧国立研究所が期待される研究機関として運営できるかどうかは、役割の取得、専門職の提供するサービスの位置づけ、評価基準などによるだろう。巨額の研究費を投じて「科学技術創造立国」を目指す日本では、研究機関のガバナンスに対する本格的な取組みは必須である。政策施行後、独立行政法人化された研究機関を取り巻く環境整備は、自律の名のもとに放置されるべきではなく、今後も改善され続けることが望まれる。

2002年4月9日

2002年4月9日掲載