大学病院にこそDRGに基づく競争原理を

川渕 孝一
コンサルティングフェロー

はじめに

現在、世界中で、大学病院のあり方が問題になっている。その理由は、大学病院は(1)教育機能のみならず、(2)臨床機能、(3)治験・研究開発(R&D)機能を有しており、当該病院が変わらないと医療制度の変革も困難だからである。つまり、教育病院の変革がヘルスケア・リフォームの成功の鍵の一端を握っているのである。わが国でも規制緩和が最も後れている分野として大学と病院がよく引き合いに出されているが、これが正しいとすると大学附属病院は前近代的な組織の最たるものと言える。皮肉にも最も"知的な人々"が集まるとされる医科・歯科大学およびその附属・関連病院が長い間の慣習と「密室性」に守られ、相当歪んだ構造を呈しているのである。

大学附属病院とは

そもそも大学付属病院は、大学設置基準により、医・歯学部の教育研究に必要な施設として置くこととされている。より具体的には、大学付属病院は、学生の臨床教育、研究活動および医師の卒後研修の場として機能するとともに、医療法上の病院および健康保険法上の保険医療機関として、患者に対する診療を行うという役割も果たしている。このため、患者の診療を通して学生の臨床教育や研究活動を行うことを主たる使命としている。また、次代の医学・医療の形成に大きな役割を果たすとともに、それぞれの地域において最も高水準の医療を提供していることから、地域の指導的な医療機関としての役割も果たしている。戦後、新制大学としての医学部・歯学部が発足してから、新たな医科・歯科大学の設置は行われてこなかったが、1965年(昭和40年)以降、医療需要の増大と全国的な医師・歯科医師不足が問題となるに至り、既設の医学部・歯学部の定員増に加えて、新規に医科・歯科大学を設置する政策がとられた。その結果、現在医科大学(医学部)は79校、歯科大学(歯学部)は29校となり現在に至っている。(なお、これ以外に防衛医科大学が74年から医学生を受け入れている)。

経営発想ゼロの国立大学附属病院

こうした中、大学病院関係者の最大の関心事は、平成16年度から実施が予想されている国立大学の独立法人化である。これによって、これまで病院経営など全く意識しなかった国立大学付属病院がどう変化するかが注目されている。つまり、わが国の大学病院にも医療制度改革の嵐が押し寄せているわけである。現在、国立大学附属病院の管理運営に係る経費は、国立学校特別会計によって経理されており、国立大学附属病院関係の歳入歳出規模は、平成9年度決算で7,405億円となっている。

歳入7,405億円の内訳をみると、病院収入が5,077億円、一般会計からの受入れが1,554億円、財政投融資からの借入金が772億円、受託調査試験等収入が2億円であり、一般会計からの繰入率は21.0パーセントとなっている(平成11年度行政監察年報)。また、借入金の残高は年々増加傾向にあり、平成元年度に4,909億円であったものが、平成9年度では8,853億円となっており、3,944億円(80.3ポイント)の増加となっている。 旧文部省は、現行の厳しい財政状況を踏まえ平成6年9月の国立大学附属病院の運営改善に関する調査研究協力者会議(文部事務次官の諮問機関)の報告「国立大学附属病院の運営改善に向けて」等を受けて、教育・研究および医療に支障を及ぼさないよう配慮しつつ、病院運営の改善を進めていくこととしている。

DRGを使って大学病院は他流試合をすべき

問題は、どうやって病院運営の改善を進めるかである。ここで提案したいのが、大学病院の診療報酬体系を変えるということである。現行の出来高払い方式から「努力するものが報われるような体系」にシフトするのである。具体的にはDRG(Diagnosis Related Group)に基づく支払方式を導入してはどうだろうか。DRGとは、「国際疾病分類で約14,000ある病名コードをマンパワー、医薬品、医療材料などの医療資源の必要度から、統計上で意味のある500~1,000程度の病名グループに整理し、分類する方法」をいう。米国は1983年から65歳以上の老人保険制度(メディケア)の支払方式に利用したが、その元来の目的は、病院の運営の無駄を省いて生産性をあげるためのマネジメント手法の開発であった。具体的には、患者に使った(1)マンパワー、(2)薬剤、(3)医療材料、(4)入院日数、(5)コストなどのデータをできるだけ多くの病院から集め、一定の疾患ごとに分析することで、それぞれの病院の改善点を明確にすることが主たる目的であった。換言すれば、DRGは一般産業界のQC(Quality Control)活動と同じ目的で始まった研究プログラムの成果なのである。

DRGを用いれば、医療資源の利用状況やコストを「プロダクト・ライン(製品ライン)」の観点からみることができる。それによって、製造業で一般に用いる品質管理や会計管理などの管理ツールを病院マネジメントに適用することができる。また、DRGを支払方式に採用すれば、患者の重症度を評価した支払がなされるので、国公立大学附属病院と私立大学附属病院との間のイコール・フッティングが進むと期待される。さらに、DRGは医療界における「世界的な共通言語」になろうとしているので、諸外国の大学病院とコスト・パフォーマンスを競うこともできる。まさに、DRGは大学病院間で他流試合をする上で好都合な道具なのである。幸い、大学附属病院については、医療者側も保険者側も新しい診療報酬体系を構築することに賛成している。あとは、現在大学附属病院に支払われている1.6兆円の医療費と補助金をどう再配分するかである。

表1は、米国の大学病院におけるCMI(Case Mix Index=DRG別コストの加重平均値)の一覧表である。1998年についてはスタンフォード大学付属病院が、この中では最も手間のかかる患者を抱えていることがわかる。米国では、こうした情報が一般市民にも公開されている。わが国でも、こうした情報を国民に公開すれば、医療費や一般会計からの繰入が妥当に分配されているかどうかを知る道しるべになると考える。

表1 米国の大学病院におけるCMI
University of Chicago Hospitals1.66
University of California- San Francisco1.84
University of Michigan1.83
Stanford1.91
John's Hopkins1.71
University of Minnesota1.78
2001年6月12日
文献
  • 川渕孝一著「DRG/PPSの全貌と問題点-日本版診断群別包括支払方法の開発は可能か」(薬業時報社.1997年)
  • 川渕孝一著「DRG/PPS導入の条件と環境-求められる日本版診断群別包括支払方法のインフラ整備」(薬業時報社.1998年)
  • 川渕孝一著「医療保険改革と日本の選択-ヘルスケア・リフォームの処方せん」(薬事日報社.1997年)

2001年6月12日掲載