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第六章 情報家電の競争力を支えるソフトウェア

※本プロジェクトは、終了しております。

【はじめに】

情報家電分野における「メイドインジャパン」のブランド価値を支える信頼性が、ソフトウェアの不具合によって生じた製品の回収や販売停止、度重なるソフトウェアのアップデートの要請によって揺らいでいる。言い換えれば、品質面における「家電・携帯電話のパソコン化」が進展しつつある。その帰結は「情報家電とは、定期的なソフトウェアのアップデートを行わないと満足に作動しないものである」との消費者のパーセプションの確立である。情報家電がそのような製品としてカテゴライズされることは、この分野における我が国企業の競争力の確保という観点からプラスに働くことはないであろう。
単純で容易な解決策はない。開発工数の指数的増加と開発期間短縮の要請強化が進む状況下では、人海戦術による努力だけでは限界がある。付加価値を生まない部分についてのプラットフォームの共通化と、工学的な生産手法の導入がキーとなるが、特に前者については、共通化されたプラットフォームについて、その提供者に不要なレントが発生する仕組みに陥らないよう、注意を払うことが必要である。

<目次>

1. 問題の所在

(1)総 論
情報家電では、ほぼ例外なく組込型のソフトウェアが利用されている。消費者ニーズの高度化に伴う製品機能の複雑化により、組込みソフトウェアによって様々な製品の差別化を図る傾向が強まっている。
その結果、組込みソフトウェアは規模が増大し、より複雑なものへと変貌している。特に、組込みソフトウェアの場合、制御対象となるハードウェアデバイスやMPU、リアルタイムOSなどのプラットフォームの多様性など従来のソフトウェアにはない様々な制約事項が存在し、これが組込みソフトウェアの開発を一層難しいものとしている。また、こうした製品では、より早期の市場投入がより大きな利益を生み出すため開発期間も短くなる傾向がある一方 1 で、これらの製品を利用するユーザーの眼は超えてきており、従来以上に高い品質が求められることも少なくない。この結果、我が国製造業の競争力を維持・強化するためには「より複雑で規模の大きいソフトウェアをより短い期間でより高い品質を維持しながら開発する」ことが不可欠となってきている。

(2) 最近の事例
ソフトウェアの不具合に起因する携帯電話・情報家電の販売中断等が発生した事案として、ここ半年に報道・発表されたものだけでも、以下の例がある(新聞等で報道されたもの、各社の発表資料を基にしているが、必ずしも網羅的なリストではない)。

(ア) 携帯電話
(1)平成16年5月18日、DDIポケットは、14日に十四日に発売した新端末「AH―K3001V」(京セラ製)にソフトウエアの不具合が見つかったと発表。アドレス帳の登録作業中に正常な操作ができなくなる場合がまれにあるとして、販売は一時中断。専用ホームページ( http://ah-k.kyocera.co.jp/ )で修正用のソフトをダウンロード可能として対応。
(2) 平成16年3月30日、ツーカーグループ3社は、同月12日に発売した携帯電話の新機種「TK41」(京セラ製)のソフトウエアに不具合が見つかり、一時販売を停止すると発表。メール作成時に「送信履歴」からあて先を選ぶと、相手の名前が間違って表示される場合などがある。発表時点で既に約1万1千台を販売済み。
(3) 平成16年3月29日、KDDIは、携帯電話「au」の「A5503SA」(三洋電機製))にソフトウェアの不具合が見つかったと発表。無償でソフトの改修を実施。対象は約25万8千台。
(4) 平成16年3月3日、NTTドコモは、2月6日に発売した第三世代携帯電話端末「FOMA F900i」のソフトウエアに不具合が見つかり、販売を一時停止したと発表。折り畳んだ状態でメールが受信できないなどの事象が発生。ソフトを修正の上、販売を再開。既存の利用者は、データ通信機能を使ってソフトを更新することによって対応。
(5) 平成16年2月4日に、KDDIの「au」が発売した携帯電話「A5502K」(京セラ製)に深刻なソフトウエアの不具合が見つかった。本体中のデータをメモリーカードにコピーする際、著作権保護のために複製を禁じたデータまでコピーできてしまう。インターネットの掲示板にもこの事実が書き込まれる騒ぎとなり、同社は同月13日、同機種の販売を停止した。
同社は18日に同機種の販売を再開し、販売済みの2万1500台もau販売店でソフトを修正して対応。

『携帯電話はパソコンと比べ、取り込んだコンテンツを複製しにくい点を売り物に してきた。「着うた」の大ヒットで販売好調なKDDIのau。だが、その一方で、利用者とコンテンツ供給会社からの信頼を失いかねないやっかいな問題を抱え込んだといえそうだ。』(平成16年2月16日 日経産業新聞)

(イ) デジタルカメラ
(1) 平成16年5月19日に、オリンパスは、一部のCAMEDIA C-770 Ultra Zoomにて撮影した、音声付き動画のデータをカメラ上で再生している最中に「クイックビュー」ボタンを押すと、動画再生が停止し、カメラが一切の操作を受け付けなくなるという現象が確認されたと発表。対応ソフトウェアのダウンロード又はサービスステーションへのカメラを持参又は送付により対応。
http://www.olympus.co.jp/p/support/cs/DI/Info/c770uz/info_0405.html
(2) 平成16年4月9日、富士フイルムは、ソフトウェア(ファームウェア)の不具合により、「FinePix F710 で動画を撮影した後に、その動画を消去してもう一度、動画撮影をすると途中で止まってしまう」等の問題が生じることが判明したと発表。サービスステーションでのファームウェアの修正の無償実施又はソフトウェアのダウンロードにより対応。
http://www.fujifilm.co.jp/fxf710info.html
(3) 平成16年12月11日、ソニーは、高級ブランド「クオリア」シリーズの小型デジタルカメラ「016」に不具合が見つかり、無償で回収・修理したことを明らかにした。対象は9月末までに販売した133台。一定の条件下でフラッシュが発光しない場合があり、ソフト変更と部品交換を実施した。クオリアはすべて受注生産で、「016」の価格は38万円。
(4) その他、「ファームウェア変更」という形でソフトウェアのダウンロードを可能とし、事実上の不具合の修正をユーザーが行うことを可能としている例がある。
(例) キャノン: http://cweb.canon.jp/drv-upd/eosd/farm.html
例えば撮影データの誤表示の修正を可能とするソフトウェアが提供されている。

(ウ) それ以外
(1) 平成16年5月13日、松下電器産業は、2004 年4月下旬に出荷した、DVDレコーダー「DMR-E95H」において本体内部の番組管理ソフトのバグにより、録画・再生できなくなる場合があることが同社の検証にて判明したと発表。顧客に対し、本体のソフトウェアのアップデートを行うよう依頼。修正方法は、アップデートディスクの配布か、顧客によるアップデートソフトのダウンロードとされている。
http://panasonic.jp/support/dvd/faq/e95h/idex.html
(2) 平成16年4月11日、シャープはデジタルハイビジョンレコーダDV-HRD2、DV-HRD20 について、「ソフトウェアのバージョンアップ」を実施すると発表。各種設定内容・予約リストが消えたり予約番組が録画されていないことがある場合等の改善を実施。具体的には2004 年4月12日~8月29日の間に、衛生ダウンロード(BS デジタル放送衛星から当該レコーダーにソフトウェアを送信)を実施。バージョンアップを行うには、BS デジタル放送のアンテナが接続され、受信できる状態になっていることが必要。
http://www.sharp.co.jp/support/anounce/dvhr2.html
(3) 平成16年1月26日、ソニーはPSXの内蔵ソフトを無償で「アップグレード」すると発表したが、外部接続した機器により、ダビングができない点の修正など、ソフトウェアの不具合の修正も含まれていた。3月31日にも、同様の「アップグレード」を実施しているが、この際にもソフトウェアの不具合の修正を同時に実施している。
http://www.psx.sony.co.jp/support/upgrade.html
(4) 平成16年1月9日、ソニーは<コクーン>チャンネルサーバー「CSV-EX11/EX9」において、スカイパーフェクTV! 用チューナーと接続して使用中に、ソフト不具合により、電子番組表(EPG)が取得できなくなるという症状が生じる可能性があることから、搭載されているソフトウェアのアップデートを実施すると発表。ネットワークへの接続をされていない顧客については、製品を預ってアップデートを実施。
http://www.sony.co.jp/SonyIno/News/ServiceArea/040109/index.html
(5) デジタルテレビの不具合
「(昨年)十二月から三大都市圏で始まった地上デジタル放送。放送業界の関係者が打ち明ける。『ある家電メーカーのデジタルテレビは、年末までに延べ十二時間、ソフトウエアの修正版を配信することになっている』デジタルテレビに組み込んだソフトにバグと呼ばれる不具合があり、修正が必要なためだ。NHK総合・教育の二チャンネルを使い、深夜に修正ソフトを配信。
利用者が気づかないうちに修正する。同様の作業を予定する家電メーカーは十社近いという。(平成15年12月19日 日本経済新聞朝刊)

(3) 背景
(ア) 情報家電分野におけるソフトウェアの特徴
従来の家電製品は、商品固有の機能主体で、それぞれが単独の機器として存在し、共通性がみられなかった。必要とされるソフトウェアも、機器制御が中心であった。
情報家電では、デジタル化、ネットワーク化に対応するため、デジタルAV処理機能、通信機能、情報処理機能といった共通機能がどの商品にも組み込まれ、また相互に接続されるようになってきており、必要なソフトウェアとしても、デジタルAV 処理機能、情報処理機能、通信機能が加わってきている。

家電のデジタル化・ネットワーク化の流れ
家電のデジタル・ネットワーク化の流れ
拡大図

(イ) 特に携帯電話について
携帯電話は、通信プロバイダ(国内の場合は、NTTドコモ、KDDI、VoderPhone)による強力な仕様策定が推進され、各機器メーカーがその実現を行う構造が存在し、市場での機器価格についても、他の商品と異なる構造を持つものである。機能についても、基本である通信機能については、世界レベルで多くのプロトコルが存在する。機器開発メーカーとしては、その対応地域に応じた開発が要求される。また、重要な基本機能の1つとして連続使用時間に影響を与える消費電力制御の課題があり、これは、LSIを中心としたハードウェアとソフトウェアの強い連携により解決されないとならないものである。
ネットワーク機能を搭載する以前の携帯電話ソフトウェアは、通信プロトコルと消費電力制御に注力されたいわゆる普通の組込み機器ソフトウェア開発であった。しかし、ネットワーク機能が搭載されることにより、急激に多機能化し、Javaなどの実行環境の搭載が要求され、少ないハードウェアリソース環境上で、PC環境とほぼ同等なネットワーク環境が実現されている。最近では、デジタルカメラ機能搭載により静止画像の扱い、AV機能、各種PDA的な機能を搭載して、今までのモバイル機器が個別で保有した機能を統合化している。
短期間に急増した要求機能を実現するため、ソフトウェアの開発量も急激に増大した。通信プロバイダが求める機能をより早く搭載することが大きなコアコンピタンスとなるため、開発期間の短縮化の要請も、他の分野にも増して強かった。それに伴い、前述したようなソフトの不具合の発表も、他の分野に比して著しく多くなっている。

(ウ) 大規模・複雑開発/短期間開発要請の増大
家電産業は、これまでバーティカルな製造体制によりバリューを保ってきた。家電分野のソフトウェアについても、OSからアプリまで「自社だけのバーティカル(クローズ垂直)な製品作り」により対応してきた。しかしながら、消費者ニーズの高度化に伴う製品機能の複雑化により、情報家電に必要とされるソフトウェアの規模は増大し、より複雑なものへと変貌してきた。 また競争の激しい市場環境を反映し、短期間での開発が常態となっている。

【TV用ソフトウェアの開発規模の変化】
(エ) 制約条件
情報家電に組み込まれるソフトウェアでは、ソフトウェア単独の世界ではなく,周辺のハードウェアデバイスやプラットフォームの多様性など様々な要因をその開発の中で考慮することが求められる。また様々な機器制御などを司るシステムではリアルタイム性を始めとする性能ファクターも重視される。これらが従来のビジネスアプリケーションソフトウェアにはない様々な制約となって組込みソフトウェアの開発を難しくしている。
また近年の組込みソフトウェアはより多機能化が進み, 制御的な側面と情報処理的な側面を併せ持つものも増加しており 2 , 従来のような一人の専門家ではカバーしきれないほどにその裾野が拡大しており、これもまた新たな課題として浮上してきている。

脚注
  • 1 経済産業省の調査によれば、組込ソフトを利用する製品の平均的な開発期間は、1年未満が62.2%であり、組込ソフトそのものの開発期間は1年未満が80.9%となっている。
  • 2 デジタルテレビなどに代表される情報家電のソフトウェアは,制御的な要素と情報処理的な要素がほぼ半々となっている。携帯電話で利用されるソフトウェアは,通信プロトコルに関する部分とユーザインタフェースに分けることができるが分量的には後者の分量が極めて大きくなっており,近年の携帯電話ソフトウェアは情報処理ソフトウェアとしての色合いが強くなっている。

2. 必要な戦略

(1) 外部調達・再利用・プラットフォームの共通化の進展
情報家電では、今後、製品の価値に占めるソフトウェアの重要性は、益々高くなってくる。当該分野の組込ソフトでは、今後は、共通機能部分の比重が増し、自社だけでソフトウェア全体を開発することが期間的にもコスト的にも難しくなり、ソフトウェア部品の外部調達、再利用が進むと予想される 3 。すでに、ソフトウェアの外部調達が容易になるよう、Linux 等の標準的なOS の採用、検討が始まっており 4 、付加価値を有するソフトウェア部品を搭載するプラットフォームの共通化が重要な戦略課題となっている。また、再利用性に優れたソフトウェア部品のコンポーネント化技術が、益々重要となってきており、これを欠いては、スピード、コストの競争に勝つのは難しくなる。

プラットフォームの共通化は、競争力の差異化要因にならない部分において進展すると考えられるが、この部分のコストは可能な限り低減化することが望ましく、また共通プラットフォームであっても、そのプラットフォームの提供が寡占的な態様で行われることが想定される場合には、付加価値を提供するアプリケーション部分の戦略にも不必要な制約が生じるおそれがあるので、プラットフォームは、オープンソースないしオープンなアーキテクチャーのものを採用することを第一義に考える必要がある。

(2) 機能分化を前提としたプロジェクト管理技術の重要性の増大
従来の機器制御主体のソフトウェアでは、ソフトウェア開発が製品開発に占める割合が相対的に低く、ソフトウェア開発技術は、さほど重視されていなかった。これに対して、情報家電では、大規模化・高機能化が進んでいる。従来のように全体の動作を把握した設計手法では手に負えず、機能毎に部品化し、部品間の関連を疎に作りこむ必要が生じる。また、大規模・複雑化に伴い、プロセス管理等のソフトウェア工学手法の適用 5 が開発プロジェクトの成功に大きなウェイトを占めるようになってきている。しかし、現場では、有能なエンジニア、管理者は常に不足しており、一定のスキルを有するエンジニア、管理者を効率的に育成するためのスキル標準及びキャリアパスの明確化を通じた人材育成、組織的な取組によるソフトウェア工学手法の定着の有無が、組込みソフトのコスト、納期、品質、ひいては最終製品の競争力を左右することとなる。

(3) 特に携帯電話について
携帯電話は、今までにも加速度的に新しい機能を搭載して、市場に投入されてきた。一方で通信プロトコルは発展途上であり、各国でも異なっている。このような携帯電話市場特有の市場環境を背景として、携帯電話ソフトウェアの開発に際しては、多くの要求仕様が、通信プロバイダによって策定され提示されるという点が特徴として挙げられる。この要求仕様の策定品質によって、携帯電話ソフトウェア開発推進に大きな影響が発生する。したがって、携帯電話に求められる要求を、早期から、明確に記述して、プロバイダと機器ベンダー、ソフトウェアベンダーの間で共有することが重要となる。さらには、接続性向上や機能互換性など各機器メーカーや通信プロバイダの枠を超えた協業や、標準化されたアーキテクチャやコンポーネントの流通の仕組みの構築も、我が国全体の重要な課題となる。

脚注
  • 3 経済産業省の調査によれば、組込ソフトウェア開発の外部委託を行っている日本企業の割合は、現在でも75.7%に及び、米国の46.6%、欧州の34.5%と比べて相当高い。日本企業が外部リソースを使う理由は、上から順に、社内ではリソースが不足しているため(53%)、自社に技術がないため(15%)、開発スケジュールを縮めるため(13%)となっている。
  • 4 典型的な例が、ソニーと松下が結成したCE Linuxフォーラム( http://www.celinuxforum.org/ )。その背景は、顧客にとって差別化されることのメリットがないものについては、共有・オープンなプラットフォームとし、ユーザーインターフェースを含むアプリケーションの分野で本当の差別化競争をすべきとの認識に基づく。すなわち、リナックスカーネルの部分については、競争せず、業界で1つのモデルを作った方が効率がよく、消費者を含めたあらゆる人にとってメリットが増すとの考え方に基づく、グローバルな業界横断的なプロジェクトとなっている。
  • 5 具体的には、ソフトウェア品質向上技術、開発管理技術、ソフトウェアプロセス技術等の実践が優先度の高い課題となると考えられる。

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